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愛おしさの狭間
指でイかせて僕を起こす八千代。寝起きに見る、八千代の甘い雄顔が脳裏に焼きつく。思わず、抱かれたい····と、漏らしかけた口を真一文字に閉じた。
顔を洗って、しゃんとして食卓へ着く。さっきまでが嘘のように、紳士的な振る舞いを見せる八千代。僕の親の前でだけは、別人の様に妙な物静けさを感じる。
印象を良くしようと頑張っているのだろうか。いや、それとは少し違う。いつだったか、こんな八千代を見た事がある。それも、一度や二度ではない。
「場野くん、コーヒーのおかわりは?」
「いただきます」
「結人は? ココア飲む?」
「うん。······あぁっ!!」
「な、なぁに? 急に大きな声出して····」
「あ、ごめんね。気になってた事の答え、思い出せたからスッキリしたの」
そうだ。八千代が入れてくれたココアを飲んでいる時だ。僕がほっこり飲んでるのを眺めている時の雰囲気。それに、僕がお腹いっぱい食べた時とか、えっちの後に頭を撫でてくれる時。
とても優しい気持ちで満たされる瞬間の、心が穏やかに和んだ八千代のそれだ。それを、僕の両親にも向けてくれているなんて、どれだけ愛されているのか実感せざるを得ない。
途端に大人しくなった僕を、八千代が気にかけてくれる。
「どした? なんか困り事か?」
僕が『大丈夫だよ』と言っても、八千代は半信半疑な目を向ける。たぶん、後で白状させられるのだろう。恥ずかしいから、言うのは嫌だなぁ。
案の定、八千代の家に着くなり尋問が始まった。これって、八千代も少し恥ずかしがったりするのかな。
そう思った僕は、巻き込んでやれとあっさり白状した。すると、予想以上に照れる八千代。りっくんと啓吾が、物凄くニンマリしている。朔が、とても穏やかな目をして『幸せそうで何よりだな』なんて言うから、余計に八千代が熱くなってしまった。
そして、僕は八千代から理不尽なお仕置を受ける。こんなの、ただの八つ当たりじゃないか。
けど、八千代がご機嫌だから何も言えやしない。やっぱり、僕だって皆に甘いのだ。
「んぅっ、八千代 ····僕ね、ひゃぁっ··待っ····んあぁっ」
話そうとしているのに、意地悪に奥をコツく。奥を貫かないよう、際どい強さで押し上げる意地の悪さにキュンとする。
そして、八千代は僕の後頭部を持ち、自分の耳元へ引き寄せた。
「ぁんだよ。言いたい事あんならここで言え」
「ひゃぅ····あ、あのね、八千代 が幸 しぇそうらとね····僕も幸 しぇらよぉ」
フォローしたつもりではなく、付き合い始めた当初から思っていた事だ。皆が嬉しそうに笑ってくれると、僕までつられて笑顔になれる。皆が幸せそうに微笑むと、僕の心まで温かくなるんだ。
それを伝えたかっただけなのだが、どうやら何かのスイッチを入れてしまったらしい。
「ゆいぴっ、俺は!?」
「んへへ、皆もらよ。皆 が幸 せそうなのね、見るの大好きぃ」
「すんっげぇふわっふわじゃん。めっちゃ可愛い〜」
「おい。場野が歯食いしばってんぞ」
「あーあ。そりゃまぁ、結人に耳元であんなん言われたら俺でもあーなるわ」
「耳元で言わせたの場野だけどね。バッカじゃない?」
「おい場野、結人潰すなよ。俺らまだなんだからな」
「······今日はわかんねぇ。まぁ、善処するわ」
(((絶対する気ないな····)))
結局、僕は八千代に抱き潰され、おやつの時間まで眠ったままだった。
りっくんと八千代が揉めている声。呆れて『ゲームで騒ぐな』と言う朔。極めつけは、ほんのり香ばしい匂いで目が覚めた。
「ほっ····と、けーきぃ··?」
「ふはっ、すげぇな。おい、結人が匂いで起きたぞ」
朔がキッチンに向けて言うと、啓吾がひょっこり顔を覗かせた。僕があげたエプロンをしていて可愛い。えらく気に入って、料理をする時は必ず着けてくれている。
お祭りの時にくじ引きで引いた、水色のギンガムチェックに、大きなひよこの絵が描かれた愛らしいエプロン。啓吾にしか着こなせないと思っていたが、予想以上に似合っているのだ。
「マジで? 結人、腹減ってない?」
「お腹··空いたぁ」
「おやつ焼いてっから、もうちょい待ってな〜」
「ホットケーキ?」
「ん、正解☆ 流石だな。クリームと苺も乗っけるからね〜」
「場野の苺が実ったんだって。健気だよね〜」
りっくんが、八千代からコントローラーを奪いながら言う。応戦する八千代は、りっくんにチョークスリーパーを掛けながら答える。
「うるっせぇ。余計な事言ってんじゃねぇぞ変態がッ」
「もう····んふふ、八千代の苺、楽しみだなぁ」
「····お前、大丈夫か? いつまでふわふわしてんだよ」
咳き込むりっくんを床に転がし、八千代が心配そうに聞く。腑抜けたニヤけ面を晒す僕を、りっくんも気にかけてくれる。
「ゆいぴ、まだふわふわしてんの? 大丈夫?」
「んー····ふわふわって言うかなんかねぇ、すーっごく幸せだなぁって」
そう言うと、朔が僕を抱き締めに来た。横にコロンと寝転がり、僕を包んでくれる。気持ち良くて、また眠ってしまいそうだ。
朔の腕の中でウトウトしていると、啓吾がおやつを持って戻ってきた。フワフワのホットケーキにクリームをたっぷり乗せ、その上にツヤツヤで真っ赤な苺が鎮座している。形も良く、心が踊るほど美味しそうな苺。
八千代が丁寧に育ててくれたんだ。そう思うと、食べるのが勿体ないや。
「ぉら、口開けろ」
「え、待ってよ。最後にとっとくの」
「んな事言ってお前、食うの勿体ねぇとか思ってんだろ」
「うっ····なんで分かるの?」
「顔に書いてんだよ。食わねぇほうが勿体ねぇからな。ほら、冷たいうちに食え」
そう言って、フォークでぶっ刺した苺を僕の口に押し込む。少し酸っぱい。けど、口の中に溢れる果汁がクリームと混じり合い、少し甘味 を残して喉を通る。
「んっ、甘酸 っぱい」
美味しさと嬉しさが相まって、思わず頬に両手を添えた。そして、酸味にかまけてキューッと目を瞑る。いくらなんでも、あざとかっただろうか。狙ってやった仕草ではないだけに、恥ずかしさが込み上げた。
「お前····チッ··クソ可愛いな」
八千代の言葉に、目をパチクリさせた。舌打ちされて褒められた? 八千代の感情が、どうなっているのか分からない。
「可愛····くないもん」
よく分からないが、否定してしまった。ふいっと顔を逸らすと、隣に座ったりっくんが、口端に付いたクリームを指で拭ってくれた。そして、それを舐める。
「あっま。ねぇ、最近また甘いの食べさせすぎじゃない?」
「お前らがだろ。結人見かける度に何か食ってるぞ」
朔が呆れ顔で言う。確かに、講義の合間などで時間が空く度に食べ物を貰っている気がする。それに加え、八千代の家に来れば、こうしておやつを作ってくれる。
大学に入ってから、体重が3キロほど増えた。お腹もぽちゃっとしてきた気がする。このままでは、おデブ街道まっしぐらだ。
「ぼ、僕····太っちゃう」
僕は、心のままにお腹を摘まんで言った。
「お前は元々ひょろすぎっからしっかり食え。つっても、確かに甘いもんばっかは良くねぇな」
八千代が僕の頬を摘まんで言った。誰よりも食べる僕に、何を言っているのだろうか。問題は食べる量ではないのだ。
思うに、体質なのだろう。父さんも細身だもん。会う度に、雄くんや真尋を妬ましく思う時期もあった。
筋肉はつかないし、大学生になっても幼児体型に近い僕。かと言って、少しお肉がついたところで、柔らかそうな女の子の様でもない。
そう考えると、一体、僕の身体のどこに欲情しているのだろう。
「皆····僕のどこ見て勃つの?」
「「「「····は?」」」」
しまった。心の声が漏れた····。
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