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いつだって突然
大学が終わり、啓吾とりっくんに連れられて帰路に着く。
なんだか、門の辺りが騒がしい。嫌な予感がする、なんて思っていたら的中してしまうんだよね。
遠目からでも分かる。人混みの先に居るのは八千代だ。
車に詳しくないから車種は分からないけれど、スポーツカーってヤツなのだろう。速そうだしカッコイイ。その横に立つ八千代がまた、カッコイイのなんのって。普段は着ないジャケットなんて着てるから、女子がうようよと集まってきている。
啓吾とりっくんは、そんな八千代から僕を隠すように歩く。しかし、八千代はサングラスを少し上にずらして僕を見つけた。
エスコートと言うより、半ば誘拐だ。『乗れ』と言われ、有無を言わさず助手席に押し込まれた。
「で、ぁんでお前らも乗ってんだよ」
「「は?」」
不機嫌さを隠さない啓吾とりっくん。偉そうにふんぞり返って、長い足を組んで座っている。態度の大きさは御曹司っぽい。
「当たり前でしょ。なんで2人で行けると思ってんの?」
「あ。朔、コンビニから出てきた。莉久、詰めて」
「デート··、できないね」
僕が、あまり残念そうな顔をしないからだろう。八千代が不満を撒き散らす。だって、皆で車なんてワクワクするんだから仕方がないじゃないか。
どこへ行くつもりかは知らないが、朔が乗り込むのを待ちいざ出発だ。
と思ったら、八千代がシートベルトを締めてくれる。肩に手を添え、視線はベルトにだけ。スマートに、カチッと締める。きっと、女の子がこんな事されたらイチコロだよ。
「ねぇ····、我儘言ってもいい?」
僕は、恥ずかしさのあまり俯いて、それでも我慢できないから皆にお願いする。
「んぇ!? なになに? めっちゃ言って」
「僕以外、助手席に乗せないでほしいな····って。あっ、でも仕事とかだと仕方ないよ──」
「「乗せねぇ」」
食い気味に、朔と八千代が声を揃える。八千代は発進の準備をしつつ、僕に目配せをする。分かりきった事を言うな、とでも言いたげに。
「俺がゆいぴ以外助手席に乗せるわけないでしょ? そもそも、助手席はゆいぴ専用なんだから。心配する必要ないよ」
「俺は乗せるよ」
りっくんたちの言葉で得た安心感を打ち消すように、啓吾がサラッと言った。
「えっ····」
「桃ちゃん」
なんだ、母さんか。僕は、ホッと胸を撫で下ろす。
「それ以外は乗せない。絶対な」
後ろから、僕の頭をポンポンと撫でて言った。
「なぁ、おい。桃ちゃんって誰だ」
朔が棘を持って聞く。慌てて僕が返す。
「僕の母さんだよ」
そう言えば、啓吾以外知らないんだった。実は、啓吾が泊まりに来た時、サラッと“桃ちゃん”と呼ぶ許可を母さんから得ていたのだ。
「お前、嫁の親を····。そんな馴れ馴れしく呼ぶヤツがあるか」
「えー? 桃ちゃん本人がいいよって言ってくれたんだけど」
「いつの間にそんな仲良くなったのさ。俺、いまだに“おばさん”って呼んでんのに····。今度“お義母さん”って呼ぼ」
「お、それ俺も呼んでみてぇな」
「テメェら揃いも揃ってアホばっかかよ」
余裕をかます八千代。だって、八千代は泊まりに来た時から『桃花さん』って呼んでるもんね。それぞれ、好きに呼んでくれて構わないんだけど、車内で騒ぐのは程々にしてほしい。
わいわいしながら出発して、目的地を教えてくれないまま走り続ける。
「寒くねぇか?」
「うん、大丈夫だよ。八千代、運転上手だよね」
「そうか? 普通だろ」
片手でゆったりと構えて運転している。僕なんて、両手で運転してても不安で前のめりになるのに。
僕は、合宿の時から予々 思っていた疑問をぶつけてみる。
「あのさ、正直に教えてね」
「なんだよ」
「免許とる前に乗ったことあるでしょ」
「······さぁ」
「なんで正直に言ってくれないの!?」
「ははっ、嘘だよ。まぁ、中坊ン時にちょっとな。杉村が車買ったっつぅから試乗してやったんだよ」
めちゃくちゃ不良 じゃないか。八千代はこういうエピソードを小出しにしてくるけど、毎度の事ながら驚かされる。
敷地内だったとはいえ、中学生で車に乗るなんて、僕には想像もしえない世界だ。いつも思うけど、八千代とは経験値が違いすぎる。
また暫く走っているうちに、僕はふと気になった事を、ポロッと口にしてしまった。
「これって、いつの間に借りてきたの? 八千代も最後までコマあったよね? え、レンタカー··だよね?」
「んゃ、買った。近くのパーキングに止めてたんだよ」
「····買った······」
僕は一瞬間を置いて、驚きが跳ね上がった。
「「「買ったぁっ!!?」」」
僕と同時に、りっくん啓吾も声を上げる。
「うおっ····。お前らなぁ、運転してんのにデケェ声出してんじゃねぇぞ」
それは悪かった。けど、突然車を買っただなんて、そりゃ驚くよ。少し、金銭面の感覚を共有する必要がありそうだ。
いちいち相談しろとは言わないけど、買ったのなら教えてほしい。そう伝えると、『言ったらサプライズになんねぇだろ』とド正論で返された。もう、途端にどうでも良くなる。
そして、別の事に気づいた僕は、嬉しくなって笑みを零した。
「ぁんだよ」
「これ、5人乗りでしょ? んへへ。皆でいっぱいお出掛けできるね」
ちゃんと5人乗りを買ってくれた事が嬉しかった。デート用だとか言っていたのだから、全員で乗れない車を買っても不思議ではないのだ。
けれど、八千代は5人乗りを選んでくれた。その事実だけで、僕の心は満たされてしまう。
僕が腑抜けた顔を晒していると、信号待ちで止まった時にデコピンされた。今日のは痛い。照れ隠しだろうけど、ちょっと強すぎるんじゃないかな。
僕が涙を浮かべおデコを押さえていると、八千代が『もうすぐ着くぞ』と言った。1時間近く目的地をはぐらかしてくれたが、一体どこへ向かっていたのだろう。
山間部のトンネルの合間に見えたのは、海だった。
「なんで海なんだよ。流石にもう入れねぇだろ。寒いじゃんか」
「クラゲも凄そうだよねぇ。なんで今頃海なの? もっと他にあったでしょ」
啓吾とりっくんが言いたい放題だ。八千代はそれに、しれっと返した。
「あ? ドライブデートつったら海だろ」
「「テンプレかよ」」
「うるせぇ! 置いて帰んぞ」
まったく、デートらしくないデートだ。僕たちらしい、賑やかで少しおバカな。僕は、この上なく満足だけど。
浜辺で足だけ海に入る。靴も靴下も脱ぎ捨て、ズボンの裾を捲り波を踏み荒らす。啓吾と2人で、バシャバシャと遊んでると、りっくんにクラゲに気をつけるよう言われた。
僕たちは『はーい』といい返事をして遊びに戻る。
「寒 ぃんじゃなかったんかよ」
「足だけなら大丈夫でしょ。全身は流石にもう無理だろうけど」
りっくんと八千代は僕たちを見守りながら、波打ち際に座ってコーヒーを飲んでる。
「あったりまえだわ。つぅか新車にずぶ濡れで乗せっかよ」
「あぁ、やっぱ新車なんだ。これだから金持ちは····ホントやだな〜」
「あ? 何がだよ」
「なんでもないよ。あ、ほら。ゆいぴが呼んでるよ」
りっくんが僕を指さして話を逸らす。
「ねぇ、皆は来ないの?」
「俺は薬局行ってくる」
朔は僕たちの怪我が心配だからと、絆創膏や薬を買いに行った。朔は、取り越し苦労で終わればいいと言っていたが、まさか、それが役に立ってしまうとは····。
全然見えなかったから油断してたんだ。僕だけ、がっつりクラゲに刺されてしまった。右足首が蚯蚓腫 れになっている。
啓吾が、お姫様抱っこで浜辺まで運んでくれた。そっと下ろして、傷口を見る。
「ぅわー····すっげ腫れてんね」
「踏んだみたい。気持ち悪かった····。あと痛い」
「見せろ」
八千代が適切に処置をしてくれる。触手が残っているからと、優しく海水で洗い流し、朔が買ったばかりの薬を塗ってくれた。
「んぁっ····」
「滲みるだろうけど我慢してろ。エロい声出してんじゃねぇ」
理不尽な注意を受けた気がする。けれど、痛みでそれどころじゃない。
八千代はテキパキと処置を終え、早々に帰路へ着く。
「悪かったな。海なんか連れてきたからよ····」
八千代が、流れていく道路を見つめて言う。その横顔が、思いのほか落ち込んでいるように見えた。
「僕、楽しかったよ? クラゲに刺されたのは僕が悪いんだし、八千代が気にする必要ないよ」
とは言っても、八千代が気にしないワケがない。なんとか元気づけようと、赤信号で止まった時に僕からキスをした。シートベルト外して、しっかりと唇を重ねる。
恥ずかしいから、すぐに座って無言でシートベルトを締めた。
「おま──」
「ほら、信号青になったよ」
窓の外を見ていると、運転している八千代が映る。景色より、八千代を眺めてるほうがいいや。
虚像の八千代に指を乗せる。へへっと綻んだ顔を、皆に見られないように隠す。今度は誰の助手席に座れるのだろう。楽しみだなぁ。
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