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僕たちの噂
学校で、僕たちが噂になっているらしい。
モテ男4人が、一向に彼女を作らず僕にばかり構っているからだ。その上、女子を近づけさせない、と。そして、矛先は僕に向く。僕が女で、皆を侍らせているのだとか。
その噂を教えてくれたのは、香上くんだった。
香上くんとは体育祭の未遂事件以降、あまり関わらないようにしていた。けれど、僕が男女共に狙われていると知り、わざわざ声を掛けてくれたのだ。やっぱり根は悪い人じゃないんだよね。
それよりも、僕が狙われているとはどういう事なのだろう。それも、男女からだなんて、理由が検討もつかない。
「女子はやっかみだな。武居が女なら、とりあえず邪魔って感じらしいよ。けど、“カワイイ系男子”だと思ってる一部の女子からは普通に狙われてるっぽいな」
それを聞いて、皆の表情が険しくなる。ちなみにここ、学食だから凄い見られてるんだよね。もう少し場所を選んでほしかったな。
「で、男からはなんで狙われてるんだ?」
「あぁ、そっちのが厄介そうよ。女だったら食いたいってヤツがわんさか。で、男でも食えそうっつぅのも聞いた事あんのよ。言っとくけど、彼ピらは普通に女子から狙われてっかんな。何にしても、お前ら目立ちすぎ」
香上くんは歯を軋ませるような顔で、僕たちをピッと指さして言い切った。
て言うか、彼ピって何だ····? ともあれ、皆が狙われているのは嫌だな。そして、香上くんは途端に真剣な顔をして言った。
「なぁ、高校ン時みたいに言わねぇの?」
「隠すつもりはないんだよね。けど、タイミングっていうか、変な噂広めるだけになったら逆効果かなって。今ある噂に尾ヒレがつくだけになるかもでしょ? 結構難しいんだよね」
りっくんがテーブルに肘をつき、気休めにラテを啜る。
「俺も気ぃつけといてやるけど、早めに対処しろよ。特に、男連中はヤバいよ。先輩とかも狙ってるっぽいから、下手したら面倒になんぞ」
「マジか。でさ、香上はなんでそれを俺らに教えてくれてんの?」
啓吾が訝しげに問う。また何か、疑っているのだろうか。
「別に··。まぁ罪滅ぼしっつぅか、さ。お前ら普通に面白そうだから、絡んだり飲みに行ったりしたいとは思ってるし」
「香上くん····。僕たちまだ未成年だよ。お酒は20歳になってからだからね?」
「あ〜、わーってるわーってる。んな悪い事しないって。武居は相変わらずだなぁ」
そう言って僕の頭を撫でようとした。その手を、八千代とりっくんに弾かれる。
「わ、わりぃ····つい····」
「“つい”で人の嫁に触ろうとしてんじゃねぇよ。情報提供にゃ感謝すっけどな、お前も結人に手ぇ出したら····高校ン時みてぇなヌルい報復じゃ済まねぇぞ」
「八千代! せっかく色々教えてくれたのに、そんな風に脅しちゃダメでしょ! もう、僕の事になるとホント見境ないんだから。香上くんは、もう友達なんだからそんな心配しなくていいの! わかった?」
「いつ友達になったんだ。俺ら知らねぇぞ」
すかさず朔がツッコんでくる。何故か機嫌が悪そうだ。
「え、高校の時からだよ? なんで?」
「あんな事あったのにぃ?」
「だって、あの後謝ってくれたし、僕たちの事隠してる間も味方でいてくれたんだよ? むしろ、なんで友達じゃないと思ってたの?」
皆には、香上くんが敵に映っていたらしい。なるほど、臨戦態勢なわけだ。
互いの齟齬をすり合わせ、僕たちは改めて“友達”になった。なんだか、言葉にするとこそばゆいな。
次のコマまで、まだ少し時間がある。僕はりっくんとデザートを買いに席を立つ。
たんまり買い込んで席に戻ると、女子が4人話し掛けてきた。どうやら、香上くんと仲の良い人達らしい。 どう考えても、僕じゃなく皆狙いだ。
いつもは学食で食べていても人が寄り付かないのに。八千代が、寄り付くなってオーラをムンムン出しているからだろうけど。
今日は、僕を真ん中に皆が並んで座り、香上くんは対面に尋問を受けているかの様な雰囲気で座っている。傍 から見たら、誤解されかねない配置だ。
そこへやってきた女の子たちは、しれっと香上くんを挟んで座った。まるで、合コンみたいじゃないか。
「初めましてぇ」
中心核っぽい女の子が口火を切る。
「はーい、初めまして〜」
啓吾が軽快に答える。チャラ男全開の笑顔だけど、心から笑っていないのが分かる。
女の子達が自己紹介を終え、いよいよ合コンっぽくなってきた。そして、自己紹介したがらない八千代と朔の所為で、香上くんが僕たちをまとめて紹介する。八千代は、それすらも不服そうだ。
「えー、真ん中の子、男の子なの? 女の子だと思ってたぁ。カワイ〜」
口々に僕を可愛いと言う。いたたまれなくなってきた。そして、話は矢庭に核心へ。
「ねぇ、皆彼女いるの?」
きた。皆、なんて返すのだろう。僕は、ドキドキしながら返答を待つ。
「チッ······ハァ。これ」
そう言って、八千代が僕の頭に手を置いた。まさかのド直球でいくらしい。
女の子たちは響動 めき、香上くんが溜め息を漏らす。
「ごめんねぇ。俺ら皆この子のだから、君らに構ってあげらんないの」
りっくんは僕の肩を抱いて言った。それを聞いた朔が立ち上がり、『もう行っていいのか?』と聞いた。女の子たちは言葉を失い、次々と立ち上がる僕たちを見上げる。
「じゃ、そういう事だから」
啓吾が手を振って挨拶をする。あの状況で置いていかれる香上くんが、何よりも気の毒でならない。
僕は、皆にあれで良かったのかと尋ねた。
「他になんて言やいーんだよ。お前のこと隠して、彼 女 は 居ねぇつったらよかったンか」
「ゆいぴに当たんじゃねぇよ。もっと優しく言ったげろって」
僕のキョドった様子を見て、りっくんが庇ってくれる。それに気づいた八千代は、慌てて僕の頭を撫でる。
「あー、わりぃ。“彼女がいねぇ”つったら、お前のこと否定してるみたいで嫌だったんだよ。俺はアレ以外に答えなんかねぇから」
八千代の不器用な愛情表現だったのだ。それが分かれば、何も不安に思う事はない。
「けどさっきのが広まれば、周りの様子も出方も変わってくるだろうな。場野は何か考えがあるのか?」
「ンや、もうなーんも。敵が現れりゃ潰しゃいいし、問題が起きりゃ片っ端から片づけりゃいいだろ」
「高校ン時に悟ったよな。アレコレ策立てても無駄だって。ハプニングだらけだったもんなぁ····。変に構えるよか、柔軟に対応したほうが得策じゃね?」
啓吾が遠い目をして言う。
「一応考えはしたけどねぇ。これまでの事考えたら、隠さないでいいやって事くらいしか····ねぇ」
りっくんが啓吾と顔を見合わせる。悟りの境地みたいな顔をしているけど、相当頭を悩ませてくれたのだろう。その結果、多分諦めと疲れが出たんだね。
確かに、予定通りに進む事なんてあまりなかった気がする。それどころか、悪い予感はことごとく引き寄せていた。いっそ対策しない方が、事はスムーズに運んでいたかもしれない。
そんなこんなで、無策のまま周りの出方を窺う事にした。
「皆····って言っても、啓吾とりっくんはほぼ一緒に居るけどさ、八千代と朔はね、その····女の子から声掛けられたりしないの?」
「初日は凄かったぞ」
「んえぇ!? 聞いてないんだけど····」
「言ったら無駄に心配するだろ。まぁでも、場野が蹴散らしてくれたから問題なかったぞ。それ以来、同じ学科の女子からは怖がられてるみたいだしな」
一体、何をしたのだろう。僕に怒られるからと、頑なに教えてくれなかった。今度、香上くんに探りを入れてみようか。
兎に角、朔と八千代は言い寄られる心配はなさそうなので一安心だ。2人は、僕の頭を優しく撫でてから、次の講義へと行ってしまった。
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