252 / 384

怒らないから言って

 八千代と朔は、次の講義があるからと行ってしまった。僕たちも次の部屋に向かいながら、念の為に聞いてみる。 「りっくんと啓吾は何にもない····ない····よね?」  聞きながら気付いたのだが、講義によっては片方としかいない時があるんだった。これは油断していられない。 「「····ないよ」」  2人とも、分かりやすく目を逸らして言う。絶対に何かあるじゃないか。 「正直に言って。怒らないから」  僕が迫ると、2人は顔を見合わせ、観念したように白状した。 「ゆいぴと居ない時にね、先輩に声掛けられたりは····まぁ。サークルの勧誘とかもさ、たま〜にね。でも全部断ってるから! 連絡先も教えてないよ」  慌てふためいて弁明するりっくん。なんだろう、これって····。 「俺も1人ん時に連絡先渡された事あるわ。断り続けてたら、わざわざ書いて持ってきてさ。あっ、当たり前だけど連絡してないかんな! 渡された紙もすぐ捨てたし。講義終わった瞬間捕まって、遊びに誘われたりサークルの勧誘とかもされる事あるけど、興味無いし断ってんの。だから(なん)もないよ。別に言っても心配掛けるだけかなぁって思って言わなかっただけで、隠してたとかじゃねぇからな」  こちらも饒舌に弁明する啓吾。よくもまぁ、そんなに舌が回るものだ。  それより僕、凄く面倒臭い彼女みたいじゃないか。束縛してるみたいで嫌だな。でも、女の子と遊びに行かれるのも嫌だ。  自分が我儘すぎて、段々申し訳なくなってきた。そりゃ皆には、大学生らしい交流だってあるよね。皆の人生が、僕の周囲だけで完結するはずがないんだ。それは僕だって然り。それでいいと思っている節はあるけれど。  僕の我儘で振り回しちゃいけないんだ。僕だって、強くならなきゃ。 「サークルとか····入らないの? 友達作ったりしてさ、僕以外の人とも遊んだりしなくちゃ。僕なら、大丈夫だから」  強がりを言った。シャツの裾を握って、表情を崩さないように平静を装う。 「なにそれ。なんでそんな我慢しながら言うの?」 「お前なぁ、まーたしょうもない事考えてんだろ」  あっさりと見透かされている。このままじゃ、また僕の所為で皆が自由に行動できない。なんとか誤魔化さなくちゃ。 「そ、そんな事ないよ。だって、大学生だよ? キャンパスライフ楽しむぞって、啓吾も言ってたじゃない····」 「それは“結人と”ってことだろ? お前、ホント俺らのこと分かってねぇのなぁ。んな泣きそうな顔して言われてもだわ。そもそも俺ら、結人中心に生きてんの。そんくらいハマってんの。ったく、何回言わせんだよ」 「そうだよ。俺なんか、ゆいぴと一生家に篭もりっぱでもいいくらいなのに。ゆいぴ以外の誰かと居るなんて、マジで時間勿体ないんだけど」  なぜだか怒られてる。皆にキャンパスライフを満喫してほしいだけなのに。僕の所為で、窮屈になってほしくないんだ。 「で、でも··でもね、なんか僕、束縛してるみたいでヤだなって。僕の所為で、皆の交友関係とか縛るのダメだなって····。だから、頑張って言ったのに····ひくっ····なんで僕が怒られてるの?」 「「えぇー····」」  耐えきれず、涙ぐんでしまった。これじゃ、困らせるだけじゃないか。 「だって、すげぇ寂しそうな顔して言うんだもん。んな可愛い嫁放って他所(よそ)見とかできるわけないじゃん。つぅか無理して言ってんの分かったらイラッとした」  俯く僕の顔を覗き込んで、啓吾が愛おしそうな顔で言う。前髪を指で攫って、優しい目を見せてくれるんだ。  まったく、表情(かお)と言葉が合ってないんだよ。 「泣かないで、ゆいぴ。ゆいぴにゆいぴ愛ぶつけてもだよね。ごめんね」 「泣いてない····」 「いや、結人への愛は結人にぶつけろよ。何言ってんの」 「はぁ? 俺がどれだけゆいぴを想ってるか理解してくれない人にぶつけんの! ゆいぴに愛情ぶつけるわけないだろ。優しく包むんだよ!」  なんで2人が揉めてるんだろう。言い合いの内容も()る事(なが)ら、杞憂で感情を揺るがしていた事がバカバカしくなってきた。 「ね、揉めないで····。僕の所為でごめんね」  2人はハッとして、僕そっちのけで揉めた事を謝ってくれた。それにしたって、なんだかイラついているように思うんだけど、気の所為だろうか。    八千代の家へ行ってからも、会話らしい会話もなくそれぞれにレポートを纏めたりしている。いつもなら、啓吾あたりが『だりぃ〜』とか騒ぎながらしているのに。  なんだか空気が重い。けど、例の如く僕には内緒なんだ。 「僕····また何かしちゃった?」 「あぁ、違うぞ。香上に聞いた事、ずっと考えてた。お前が男からも狙われてるって聞いたから、流石に放っとけねぇと思ってな。皆もそんな感じだろう」  示し合わせた訳ではなく、それぞれに思うところがあって口数が減っていただけなんだそうだ。僕がやらかしたわけじゃなくて良かった。  けど、対策の立てようがないから、成り行きに任せるって話じゃなかったっけ。僕が首を傾げていると、八千代がぶっきらぼうに言った。 「無策だからってお前を守らねぇワケじゃねぇんだよ。気合い入れねぇとなって思い直してるだけ。だから(だぁら)あんま気にすんな」  そう言って、八千代は僕の頭を撫で回す。まったく、不器用なんだから。 「ひとつだけ、ね。ゆいぴは何もしなくていいから、絶対に俺らから離れないでほしいな。あんまり言いたくないんだけどさ····。ホントに俺らマジで嬉しいんだよ? すっごく嬉しいんだけどね、ゆいぴが良かれと思ってやる事、大概裏目に出ちゃうでしょ?」  そんなにフォローしようとしなくたって、ちゃんとそういう自覚はある。だから、嫌味だなんて思わないのに。  けど僕だって、まったくヘコまないわけじゃない。不甲斐なくて、それで落ち込んでしまうんだ。必死なりっくんは、可愛いし面白いけれど。 「そうなんだよなぁ〜。気持ちはマジで嬉しいんだけどねぇ。予想の斜め上行く言動には焦る時あるよな」  どうやら、僕も学習能力をフル活用しなければならないらしい。大人しく、余計な事はしない。これが重要なんだ。 「わかった。僕、皆の横でお口チャックしてるね」 「うぇ〜ぃ、お口チャック〜。ナニソレめっちゃ可愛いんだけど」 「え、幼稚園の時とか言われなかった?」  どうやら、僕とりっくんの通った幼稚園でしか使われていないらしい。思わず出たフレーズで恥ずかしい思いをしてしまった。  啓吾のレポートが終わるのを待ち、僕は啓吾とりっくんにした話をぶり返した。と言うのも、やはり僕にばかり構っているのは良くないと思ったからだ。  僕だって、サークルや新しい友達に興味が無いわけじゃない。何より、僕が皆を狭い世界に縛っちゃダメなんだ。 「あのね、サークルの見学とか行ってみたいんだ」  あんな話の後なのに、僕が行動的な発言をしたものだから、皆は返答に困っている。  けれど、これ以上先延ばしにしたら、本当に僕たちだけの世界で大学生活を終えてしまいそうなんだもの。それだけは阻止しなくちゃ。 「1人でじゃねぇよな? どこか気になってるトコとかあるのか?」 「うん。実はね、同好会なんだけど、気になってるのがあるの」 「俺らも一緒に行けそうなとこ?」 「あー····っとねぇ、どうだろ」 「ハァ····。アレだろ、大食い同好会」  八千代に、ズバリ言い当てられてしまった。と言うか、皆、僕がいつ言い出すのかと思っていたらしい。けれど、1人になるのは確定だから、極力触れなかったのだとか。  デカ盛りメニューに挑戦したり、安くて沢山食べれるお店の情報交換をする。と、掲示板の隅っこに貼ってあったポスターに書いてあった。  僕は先週くらいに気づいて、ずっと気になっていたのだ。だけど、皆と一緒には厳しいだろうから言いあぐねていた。  そんな折のこの状況だ。危ないかもしれないけれど、皆の僕離れも兼ねて、いい機会だと思った。 「無理じゃん! ねぇゆいぴ、話聞いてた? 俺らから離れないでって言ったよね?」 「聞いたよ。でもね、やっぱり皆にもっとキャンパスライフを満喫してもらいたいの。僕にばっかり構ってちゃダメなんだよ」 「なんでダメなんだ? 俺は結人以外に興味ねぇから、他つっても困るんだけどな····」 「ンなもん俺ら全員そうだろ」 「もう····。そういうのがダメなんだって。皆、ホントに僕しか見てないんだもん。そういうのって、社会に出た時とか困るんじゃないかなって思うんだ」 「まぁ、そうかもだけどさ。でも、寂しいのとか妬くのとか我慢してまでする事じゃなくね?」 「だな。絶対(ぜってぇ)すぐにヤキモチ爆発させんだろ。目に見えてるわ」 「あぁ、火を見るより明らかだな。3日」 「流石のゆいぴでも1週間は頑張るんじゃない?」 「んや、初日から妬き散らかしてんだろ」 「え〜、んじゃ俺5日。頑張ってもそこが限度だと思うな〜」  待て待て、何か賭け事のようになっているぞ。また良からぬ事を言い出しそうな雰囲気だ。  案の定、皆の“僕離れ”を、僕がどれだけ耐えられるか試される事になった。なんてこっただ。

ともだちにシェアしよう!