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頑張ってやる
僕を不埒な輩から守る事と、皆のキャンパスライフを満喫する事。両立したいが、難易度はなかなか高い。
それでも僕は、皆に“僕離れ”を提案した。だって、1度しかない大学生活、少しでも多く楽しんでもらいたいじゃないか。僕の所為で、それを阻むなんて嫌なんだ。
なのに、どうも話の方向がズレてきている。僕がヤキモチを爆発させるまで何日か····だって?
かくして、皆の“僕離れ”を、僕がどれだけ耐えられるかという実験が始まった。
初日。いつも通り、八千代と朔はほぼ別行動。正直、この2人はあまり心配していない。僕が関わろうが関わるまいが、対人関係に難アリなのだから。
問題はこっちだ。今日、りっくんとは同じ講義を受けるが、午前中だけ啓吾と別行動になる。いきなり啓吾と離れるなんて、正直不安しかないや。
なんて思っていたけれど、絡まれたのは僕たちのほうだった。
りっくんと2人で廊下を歩いていると、綺麗なお姉さんが2人、僕たちの前に立ちはだかった。おそらく先輩だ。チラシを持ってサークルの勧誘に来たらしい。けど、待ち伏せなんて怖いよ。それに、軽音だなんて僕たちの柄じゃない。
りっくんがさらっと躱そうとしてくれるけれど、なかなか手強い勧誘に逃げきれない。それに、いつの間にかサークルの話より、りっくんと連絡先を交換しようとしているじゃないか。
さらに、このまま遊びに行かないかと誘ってきたり、もうこの人達の目的が見えない。
僕とりっくんが対処に困っていると、たまたま通りがかった啓吾が声を掛けてくれた。
「あれ? お前ら何やってんだよ。次始まんじゃねぇの?」
僕たちの様子を見て、状況を察した啓吾が助け舟を出してくれたのだ。にも関わらず、お姉さん達は引かない。
それどころか、啓吾まで巻き込みこの後遊びに行こうと言い出した。そして、予想外な返事をする啓吾。
「いっすよ。俺ら3人でいいの?」
なんという事だ。あっという間に連絡先まで交換してしまった。4時に駅前で待ち合わせらしい。僕がいなければ、啓吾は本来こういう感じなのだろう。そう、これでいいんだ····。女の人とっていうのは不本意だけども。
それに、腹が立つのは僕抜きでってところ。正直なお姉さん達は、啓吾とりっくんを指名した。
そりゃ、2対2の方がいいよね。僕なんて邪魔だよね!
3人になると、不機嫌だったりっくんが啓吾に何かを耳打ちした。僕の方をチラチラ見ているから、きっと僕の為に怒ってくれているのだろう。
啓吾は、へらへらと『ま〜ま〜、いいじゃん』と言って行ってしまった。
待ち合わせの30分前、僕は朔に預けられ、啓吾とりっくんを見送る。本心がどうあれ、僕が言い出した事なんだ。笑顔で見送らなくちゃ。
りっくんは後ろ髪引かれる思いなのだろう。僕に視線を送りながら、啓吾に引っ張られて行く。
そんなこんなで僕は、朔を連れて尾行を開始した。浮気を疑っているわけではない。押しの強いお姉さん達に、2人が襲われないか心配なだけだもん。
すぐに合流した八千代は、冷ややかな目をして『アホか、帰んぞ』と言った。けれど、鳴ったスマホを見るなり、何故だかついて来てくれる気になったらしい。
僕は『バレるから、マナーモードにしてね』と注意を促した。
目立つ2人を連れ、目立たないよう距離を置いて見守る。
待ち合わせ時刻になり、お姉さん達がやって来た。すぐさま、どこかへ向かい歩き始める。啓吾は、綺麗系なお姉さんにスマホの画面を見せながら、仲良さげに並んで歩く。マップを見ているようだけど、それにしても近い。
りっくんは、可愛い系のお姉さんに絡まれているが、とんでもない無表情で対応している。対応していると言うか、あしらっているようにしか見えない。
あれが、噂の塩対応なのだろうか。僕が居ないとあんなに冷たいんだ。まさか、こんな形で見られるとは思っていなかったよ。
駅前にあるカラオケに入った4人。僕たちも、少し時間を置いて入る。隣の部屋に腰を落ち着け、音楽の音量を落とし耳を澄ませる。
「お前、よくそれで俺たちにキャンパスライフ満喫しろとか言えたな。どういう精神状態で言ってたんだ? 尾行するくらい心配なのに、自分を追い込むような事言うもんじゃねぇぞ」
朔が呆れた顔で言った。そんなの、誰より僕が思ってるよ。
「うぅっ··それは····だってぇ····」
「どうせまた心にも思ってねぇ事ばっか言ってたんだろ。本心はどうなんだよ。マジで俺らに他所で遊んでほしいと思ってんのか?」
「お··思って····ない。ずっと僕だけ構っててほしい····。僕ね、皆が男友達と遊んだりしたらいいのにって思ってたの。女の子と遊ぶのなんてヤダよ。でもさ、“僕離れ”が必要なんじゃないかなって思ってるのも本当なんだもん」
八千代と朔は、深い溜め息を落としてコーヒーを啜る。掛ける言葉もないのだろう。勝手な事ばかり言って、申し訳ないとは思っている。
僕だって、どうするのが正解なのか分からないのだ。心がぐちゃぐちゃで、本当は今すぐにでも啓吾とりっくんを連れ戻したい。だけど、そういうワケにもいかない。
ダメだ。何もかも投げ出して、我儘を喚き散らして、みんなで揃って八千代の家に行きたくなってきた。そして、いつものように甘い時間を過ごしたい。
ホント、何やってるんだろ。自分の馬鹿さ加減に涙が出そうだ。
「結人、そんなに辛いんなら連れ戻してきてやろうか? アイツらだって、お前を泣かせてまで遊びたいわけじゃないだろ」
「そ、そんなの····」
「まぁ、コイツがどこまで強がってられんのか見てようぜ」
八千代は、スマホを弄りながら言う。直後に朔は、着信音の鳴ったスマホを確認するなり八千代に同意した。
なんだか2人様子がおかしい気がするけど、隣の楽しそうな声が聞こえてそれどころじゃない。もやもやが爆発しそうだ。まだ初日なのに····。
僕は堪らず、ジュースのおかわりに席を立つ。もれなく、朔が付き添ってくれる。
ドリンクバーのコーナーに行き、ボヤッとしながらカルピスを注ぐ。
「ねぇ朔····。啓吾とりっくん、今楽しいのかな」
「それは女と遊んでって意味か?」
「····うん。絶対ないって分かってるんだけどね、やっぱりちょっと不安になっちゃうんだ····」
「そんな無理してまで、俺らに遊べって言わなくて良かったんじゃないか?」
僕はグラスを見つめ、振り返れないまま朔の言葉に言い訳を返そうとした。
「でも──」
「結人の言いたいことは分かるけどな、それなら結人も一緒に楽しめる相手を見つけるのが得策じゃないか? わざわざ、お前から離れる必要はねぇだろ」
それでいいのかな。それじゃダメだと思ったから、骨肉を裂く思いで提案したのに。
けど、本当に“女の子と遊んでおいでよ”なんてつもりで言ったんじゃないんだ。てっきり、男友達と遊んだりするのかなって思ってたんだもん。
今回は、流れでたまたま女の子と遊んでいるだけかもしれない。だけど、これはこれで啓吾にしてみれば今まで通りなのだろう。
だから、特別意味のある事じゃないんだよね。そう、自分に言い聞かせる。
「それじゃ今までと変わらないでしょ。皆が僕に構いすぎてるから変な噂も立っちゃうし····。それに、僕が皆を縛りつけて独り占めしてる所為で、皆に自由がないなって思ったんだもん」
僕は、自分の気持ちばかり考えて、我儘で皆を振り回してきた。そういうのを、やめなくちゃと思ったんだ。でも、皆の気持ちと言うなら、僕と居るほうがいいのだろうか····。
もう、どうするべきなのか分からない。分からないまま、焦って勢いだけで動き始める、僕の悪い癖だ。
「大人になって、あの時もっと遊びたかったなぁとか、そういう後悔してほしくないの。僕の所為で、皆の青春を邪魔したくないんだよ····」
「青春って····。お前と楽しんでる今を青春って言うんじゃないのか? 少なくとも俺は、結人と過ごしてる今を、大人になって振り返った時に青春だと思うだろうな」
僕との思い出が青春だなんて、そんな都合が良くて良いのだろうか。
「まぁ、なんにせよだ。結人が良かれと思って言った事だろ。その結果、遊んでみてどうなのかは本人に聞いてみるんだな」
「え?」
朔の言葉の意味が分からず、僕はパッと振り向く。すると、朔の隣には、腕組をして柱に寄り掛かる啓吾がいた。
「そうだなぁ〜。やっぱ、結人が居ないと楽しくねぇなぁ〜」
「えっ? け··、啓吾!? え、なんで?」
朔曰く、八千代から連絡がいき、後ろからこっそりついて来ていたらしい。そして朔は、僕のカルピスを持って先に部屋へ戻ってしまった。
どうやら啓吾は、僕たちが尾行していた事も知っていたようだ。八千代へ、“結人に見せつけて妬かせるからついて来いよ”とメッセージを送りつけていたのだとか。
それで、八千代が急について来る気になったのか。結局、また僕は踊らされていたんだ。
啓吾は手をポッケに突っ込み、ガラ悪く僕に迫ってくる。ちょっと怖いけど、それ以上にカッコイイのが狡い。
「俺らが遊びに誘われんのなんかさ、大概女の子だよ? 男友達なんかそんなホイホイできねぇし」
「そ、そうなの?」
「俺はね。まぁ、俺以外は男友達ですらいないっぽいけど。で、結人はこういう感じでいいの?」
「こういう··感じ?」
やれやれといった表情 で、僕を壁際に追い込む。片手をポッケに突っ込んだまま、少し前屈みになり壁に腕をつく。
こんなところでキスをされるのかと思い、キュッと目を瞑る。
「可愛いけど、ここではしねぇよ」
そう言いながら、袖口にスルッと手を忍ばせてくる。二の腕を撫でるように触れられると、肌がざわつきそこから快感が広がる。反対の手で腰を抱き寄せ、首筋に唇が触れる。触れ方が全て柔らかくて焦れったい。
いつもはこんな触れ方しないのに、『ホント可愛いね』なんて言いながらさわさわと撫で続ける。なんだか変な感じだ。
「むぅ····。啓吾、香水くさい」
あの人達のものだろう。いつもと違う刺激的な香りに包まれ、どうにも気分が悪い。
まさか、もう何かされたり····もしかしてシたり····。ううん、そんな事あるわけないもん。
「あー、はは。ごめんごめん。隣に座ってた子のだわ。もしかして疑ってる?」
「······ううん」
「うそ。すげぇ心配そうな顔してる。泣きそうじゃん」
「泣かないもん」
「なぁ、帰ってきてほしい?」
おデコをくっつけて、甘えるように言うなんて卑怯だ。でもここで、『帰ってきてほしい』なんて言ったら、初日で負け確定じゃないか。
だけど、意地を張る必要もない。このまま、素直になっていいのだろうか。
「俺は、結人と居るほうが楽しいんだけどな」
耳元で喉を鳴らしながら囁くから、熱いものが腰からぶわわっと這い上がる。僕は慌てて耳を覆い隠した。
僕の反応を見て、啓吾はニッと笑った。そして、『俺が触りたいのは結人だけだよ』と言うと、僕を部屋まで送り八千代に渡すように放り込んだ。
僕の扱いが雑なのに加え、笑顔の下に何かを隠しているようだった。それに、どことなく機嫌が悪そうなのは気のせいだろうか。
呆けている僕を、八千代と朔が心配してくれている。けれど、僕はそれよりも、いつもと様子の違う啓吾が気になって仕方なかった。
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