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見ちゃった

 呆けている僕を、八千代と朔が心配してくれている。僕はそれよりも、いつもと様子の違う啓吾が気になって仕方なかった。  僕は探偵気取りで、啓吾たちの部屋を覗く。後ろで壁に寄り掛かって『アホらし····』と漏らした八千代。ついて来なくていいって言ったのに。  やっぱり啓吾、歌上手いなぁ····なんて、聞き惚れている場合じゃなかった。歌っている啓吾の太腿に、お姉さんが手を添えている。少し体を寄せ、胸を押し当てているようにも見える。  ダメだ。突入なんてしちゃいけないんだ。  覗くのを一旦やめ、八つ当たりの様に刺々しく八千代に突っかかる。 「啓吾ったら、僕を妬かせるためにワザと女の子からの誘いに乗ったんでしょ? 八千代も面白がってついて来たって。朔から聞いたよ」 「まぁな。つぅか、アイツもお前レベルでアホだからな。今更だけどよ」 「ねぇ、喧嘩売ってるの? ····まぁ、だからだよ。まだ僕が妬いたって言ってないから、これからもっと妬かせる為に何するか分かんないでしょ!?」 「あー··、だな。ンっとに、揃いも揃ってアホだな」  八千代は、僕をジトッと見てくる。その目が、あまりにも僕を憐れんでいるようで、凄く悔しかった。 「うー····。そんなの分かってるもん」  何と言われようが、心配なものは心配なのだ。少し動向を探るだけだから。  そう言って、僕は再びガラスの扉から少しだけ覗く。低い位置だから、きっとバレないはずだ。  そこで僕は、胸を痛めてしまう光景を目の当たりにした。  歌っている啓吾に、綺麗系なお姉さんが擦り寄る。そして、そのお姉さんの腰に手を回した。  僕以外に触ってるじゃないか。あの言葉は何だったんだよ。    見ていられなくなり、僕は立ち上がって八千代の手をキュッと握る。部屋へ逃げ帰ろうと思ったのだ。  しかし、握る手に力を込めると、その手を引いて背後から抱き締められた。そして、意地悪く耳元で囁く。 「ンな嫌がんなら、さっさと降参しとけよ」 「····し、しないもん。浮気じゃないなら別にいいもん」  あぁ、また意地を張ってしまった。 「あっそ。後悔すんなよ」 「······しないもん」  嘘だ。絶対する。むしろ、もうとっくにしている。  けれど、啓吾は僕を妬かせる為に、ワザと女の子からの誘いに乗ったのだ。その上であんな行動をとっている。きっと、あれも僕を妬かせる為にやっているのだろう。  だって、僕が覗いている間、八千代は時々スマホと睨めっこしていたんだ。どうせまた、啓吾に連絡していたのだろう。  そんな狡い事をするなら、僕だって負けていられない。ここで折れたりしないんだから。  僕は、八千代を振り切り部屋へ戻る。朔にも『もうやめたらどうだ』と言われたが、僕だって軽い気持ちで提案したんじゃないんだ。  今は皆、僕を降参させる事に躍起になっているようだが、本来の目的はそこじゃない。もう一度、ちゃんと言わなくちゃ。  僕は、そこで尾行をやめ、3人で八千代の家へ行った。  そして、断固としてえっちは拒否する。ちゃんと話を聞いてほしいと言うと、2人とも渋々了承してくれた。  啓吾とりっくんには、明日話そう。なんて思っていたのだが、僕が話を始める前に帰ってきた。 「え、なんで?」 「結人が尾行してないんだったら、別に遊ぶ意味ねぇもん」  啓吾が、サラッと言う。これで、一旦は僕の勝ちだ!  って、そうじゃないんだった。 「俺は最初から嫌だって言ったじゃん! ゆいぴに嫌な思いさせてまでする事かよ」  りっくんはまっすぐ僕の元へ来て、力一杯僕を抱き締める。 「りっくんも香水くさい。やだ」 「····っ!! ご、ごめんね!? すぐシャワー浴びてくるから待ってて!」  そう言って、りっくんは足を滑らせるほど慌てて駆け出した。啓吾も着替えに行き、2人が戻るのを持って話を始める。 「あのね、僕が提案したことだけど、正直今日で心が折れそうになったの。でもね、それは啓吾と八千代の企みだったのが分かったから耐えれたんだけど····ちょ、りっくんやめてよ」  啓吾の服を着たりっくんの胡座に収められているのだが、首や肩、耳へのキスが止まない。話しにくいったらないんだけど。 「ごめ··でも、あんな知らない女と接近させられた挙句、ゆいぴと過ごすはずの時間を浪費させられたんだよ? だからね、ちょっとだけ··許して」  先に許しを乞うたりっくんは、首の付け根にヂュッと吸いついた。見えそうな所に痕を付けられると困るんだけどな。 「分かったから··んっ、ぁ、落ち着い····やんっ」 「ありゃ相当だわ。カラオケでもすぅーっげぇ機嫌悪かったもんな」  軽口を叩く啓吾を、りっくんが睨む。本当に、相当機嫌が悪いようだ。 「啓吾だって機嫌悪かったじゃん。ホンット、ゆいぴ煽るとか言って、自分が機嫌悪くなってんたんじゃ世話ないよね」 「ちょ、バカ! なんで言うんだよ」  僕が感じた啓吾の不機嫌さは、勘違いじゃなかったらしい。けど、どういう事なのだろうか。  僕が尋ねると、ご機嫌ナナメなりっくんが、ペラペラと白状してくれた。  僕を妬かせる為に遊びに行ったまでは良かった。尾行に気づいていた啓吾は、女の子との距離を詰めていく。そうしたら勿論、女の子は脈アリだと勘違いして接近してくる。それが鬱陶しかったんだとか。自業自得じゃないか。  途中、僕と触れ合った所為で、すぐにでも帰ってイチャつきたくなったらしい。けれど、傍に居たのは僕じゃなくて女の子だった。それが気に食わなかったんだそうだ。  で、僕が帰ってしまったから、自分たちもさっさと帰ってきたのだとか。彼女達には凄く失礼な話だけど、『つまんないから帰る』とか言ったんだって。啓吾は、遊ぶ理由が無くなったのだから仕方がないと言い張った。  それにしたって、自分で誘いに乗ったくせに結果イラつくなんて、きっと僕よりおバカだ。····いや、変わらないか。  僕の肩を甘噛みしながら話していたりっくん。八千代の家(ここ)に着くまで、言い出しっぺの啓吾がずっと愚痴っていたから、りっくんは余計に腹が立っていたらしい。  そして、話し終えるや、本気で噛み始めた。痛いんだけど。 「んぅ゙っ··りっくん、痛いぃ····」  ガブガブ噛まれ、軽イキが止まらない。 「ん、だって(らっへ)ゆいぴ(ういひ)美味しいんだもん(ほぃひぃんはほん)」 「いあぁっ····んんっ··やぁっ」   このままじゃ、流されてえっちをして話ができなくなってしまう。でも正直、もっと思い切り噛まれたい。  話なんて、明日でも良くなってきた。けどダメだ、アレだけは絶対に言いたい。 「りっくん、待って。僕ね、啓吾に言いたい事あるの」 「へ、俺? 何?」  僕は、すぅっと息を吸い込んで、ずっと我慢していた思いをぶつける。 「啓吾のバカァ! 女の子の腰抱いてるの見たんだからね!」 「あぁ、アレ? だって結人が覗いてたからさ、もうちょっと妬かせてみようと思ったんだよ。飛び込んでくんの期待してたんだけど」  あんなにコソコソ覗いていたのにバレていたなんて。やはり、八千代が報せていたのだろうか。 「八千代、覗いてたの言ったの?」 「あ? 言ってねぇよ」 「可愛いゆいぴね、丸見えだったよ。つぅか、俺らがゆいぴに気づかないわけないでしょ」 「えぇー····で、でも、だからってあんな····腰抱いちゃってさ! 僕にしか触りたくないって言った直後にだよ? すっごく嫌だった····」 「お前、泣きそうな顔して逃げ帰ったもんな」 「もう、八千代! なんで言うの!?」 「ははっ、わりぃ」  僕が八千代に怒っていると、啓吾がりっくんから僕を奪い取った。 「ちょ、なんでだよ!」 「ごめん、莉久。もう我慢できねぇ」  そう言って、啓吾は僕をベッドへ寝かせ、全身にキスの嵐を降らせる。承知していないりっくんも、僕を追ってベッドに上がる。  2人がかりでキスや甘噛みを繰り返し、あっという間にヘロヘロになってしまった。 「結人、ごめんな。ちょろーっと妬かせて、やっぱ“結人離れ”なんかしなくていいって言わせたかったんだよ。けど、ちょっとやり過ぎたよな」  啓吾はいつだって狡い。僕よりも辛そうな顔をして言うんだもん。そんな顔をされたら、これ以上怒れないじゃないか。 「俺、マジで結人以外に触りたいとか思わねぇから。信じて?」  真っ直ぐ僕を見つめ、苦しそうな声で言う啓吾。信じていないわけじゃない。もう、皆を疑う要素なんて何処にもないのだから。  僕は、啓吾の首に手を回し、ゆっくり抱き締めて言った。 「信じてるよ。僕、皆のこと信じきってるんだから。····だからね、凄く嫌だなって思ったんだよ」 「うん、だよな。ごめん」  僕の頭を抱き締め、啓吾は誠意を込めて謝ってくれた。その言葉を疑う余地なんてない。 「裏切られたなんて思ってないから大丈夫だよ。ただね、すっっっごく妬いただけ。······だから、罰を与えます」 「え、なに急に。キャラ分かんないんだけど。つぅか罰って何?」  僕の頭を離し、再び僕の顔を見つめる啓吾。とても不安そうな顔をしている。  さて、それじゃぁ素直な気持ちを罰に乗せてみようかな。

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