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自由な職場

 僕は、コソッと啓吾にレンズを向ける。バレないように──  カシャッ──  予想外の大きな音に、僕はもちろん皆ビクッと身体が跳ねた。ご丁寧にフラッシュまで。即バレだよ····。  啓吾がバッと顔を上げてこちらを見る。不審なシャッター音にイラついているのだろうか。だけど、敵意を向けた怪訝そうな顔もカッコイイや。  そして、僕を見るなり、いつものおどけた雰囲気に戻った。 「んぇっ、結人!? なんで? あっ! おい、冬真だろ。なに勝手に結人連れて来たんだよ」 「暇だったから〜」  なんだか揉めている。来たらマズかったのかな。 「あのっ、勝手に来てごめんね。僕、帰るから喧嘩しないで」 「あーっ、違う違う! 来てくれんのは嬉しいから大丈夫だよ。けどなんつぅかさ、その····真面目にやってるとこ見られんのちょっと恥ずかしいつぅか····。結人には特に··な」  啓吾は毛先を指で摘まみ、クルクル弄りながら言った。照れているようで可愛い。  けれど、どうして僕には特に恥ずかしいのだろう。頑張っている姿は、とてもカッコイイと思うんだけどな。働いていると芽生える感情なのだろうか。  僕が思案していると、啓吾が畳んでいた服を置いた。そして、僕の頭をポンポンとして、入り口に向かって叫んだ。 「店長ぉぉ、嫁来たからちょっと抜けるぅぅ」 「あ? お前自由すぎんだろ! なるはやで戻れよ〜」  入り口付近にあるレジの下から声が聞こえる。そこに居たんだ····。入ってきた時、全然気づかなかった。 「へーい」 「え、軽くない?」  りっくんが驚いて聞く。確かに、そんな簡単に仕事を抜けていいのだろうか。 「うち基本こんなもんだよ。この店、店長と俺しかいないし。休憩も客いない時に自由だし」 「ちょいちょ〜い、俺ら客じゃねぇの?」 「お前は客じゃない。駿哉と結人しか認めない」  啓吾はジトッと冬真を見て、刺々しく言い放った。僕と猪瀬くんだけ、という事は── 「おいこら。俺は?」  ムッとしたりっくんが問う。  りっくんの『おいこら』は全然怖くないや。むしろ可愛い。なんて言ったら、余計に機嫌を損ねそうだから黙っていよう。 「なんか買いに来たの?」 「ううん。ここ趣味じゃない。神谷に連れてこられただけ」 「だろ? 客じゃねぇじゃん」  その定義でいくと、僕と猪瀬くんもお客じゃないんだけどな。ややこしくなりそうだから、とにかく黙っていよう。  りっくんと冬真がブーブー文句を垂れている。そんなの気にもしていない啓吾に連れられ、スタッフルームに通された。入っていいのかな。 「ねぇ啓吾、ここスタッフオンリーって書いてるけど、僕たち入っていいの?」 「いいよ。テキトーに座ってて。飲みもんだすか··ら、あ〜炭酸しかねぇな。冬真、カルピス買ってこいよ」  小さな冷蔵庫を開け、中を確認しながら啓吾が言った。相変わらず、冬真にはツンツンしている。 「なんで俺なんだよ」 「勝手に結人連れて来た罰。結人、炭酸飲まねぇから」 「マジか。しゃーねぇな··。ん」  冬真が手を差し出す。 「ん?」  啓吾は、紙コップにジュースを注ぎながら首を傾げる。 「金」 「は? 罰だから」 「えぇ〜!」 「えっと、僕自分で出すよ」  僕は慌てて財布を取り出した。しかし、冬真は僕からお金を受け取ることなく行ってしまい、なんだか凄く申し訳なくなった。  すると、りっくんがこっそり『ああ言ってるけど、後で渡すと思うから大丈夫だよ』と教えてくれた。どうして今じゃないのだろう。わざわざ揉めるなんて、変なの。  バイトがあと1時間で終わるからと、僕たちはスタッフルームで待つことになった。その頃には丁度、八千代と朔も合流できるだろう。  あまりにも暇なので、変な柄のトランプでババ抜きを始めた。商品棚から持ってきてたけど、いいのかな。  僕が何度も負けて不機嫌を極めた頃、店長さんが部屋に来た。挨拶をすると、不思議そうな顔をして僕たちを見る。 「で? 啓吾の嫁は?」  おや、何も聞いていないのだろうか。どうしよう。さっき、“嫁が来た”と言っていたし、僕ですって言っていいんだよね? 「えっと、あの、僕··です」 「お〜、そうなんだ。啓吾見に来たんでしょ? いつもねぇすんっごい頑張ってるよ。店の事ほぼ任せちゃってるし。おじさんねぇ、頑張る若者の味方! 温泉旅──」 「あぁ! まーたサボってたんかよ。店長に客だよ。あと荷物届いてるから。つぅか嫁に絡むなっての!」  扉を勢いよく開け、啓吾がふてぶてしく入ってきた。店長さんの言いかけた事が気になるけど、とても割って入れる様子ではない。 「啓吾、嫁って男の子だったんな。先に言えよ〜。女の子見に来たのにぃ〜。この子可愛いけど、俺そっちの趣味ねぇのよ」  僕が女の子だったら、()って食われていたのだろうか。どうやら危機は回避されたらしいが、もしも男じゃなかったらと想像して僕は少し身震いした。 「あったらアンタに見せねぇっつぅの。つぅかいっつも口悪いくせにナニ可愛こぶった喋り方してんの? キモイんだけど。ほら、客待ってるから早く行けって」 「口悪いんどっちだよ。つぅかホントどっちが店長かわかんねぇな、あっはは」  店長さんは、ケラケラ笑いながら出て行った。見た目は強面だけど、凄く気さくで賑やかな人みたいだ。チャラそうな辺り、啓吾と気が合いそうな気がする。  再び、啓吾の仕事が終わるのを待つ。その間、愚痴という名の惚気を聞かされる。きっと、今日はこれの為に会いたかったのだろう。なにせ、僕たちしか聞けないからね。 「でさぁ、そっから駿が──」 「神谷ぁ、それくらいにしてやんなよ。猪瀬、照れて泣きそうだよ。やり過ぎ」  みるみる真っ赤になっていた猪瀬くんだったが、赤裸々なえっちの話になると涙目になって俯いてしまった。冬真が面白がって、“可愛すぎて困る”とか“トロトロにしなきゃ素直にならない”とか言うからだ。可哀想な猪瀬くん。  高校の頃から、僕と猪瀬くん抜きで集まる事があると終始、お互いにこんな話をしていたらしい。だったら、わざわざ僕たちの前でしないでほしいな。注意したりっくんだって、時々『ゆいぴも可愛いし』と反撃するものだから、僕まで恥ずかしくなって顔を上げられなくなってしまった。  僕と猪瀬くんが無言を貫いていると、仕事を終えた啓吾が戻ってきた。 「結人以外帰ってて良かったのに」 「もう啓吾、そんな事言わないの。僕、皆で喋るの好きだよ」 「まぁ結人そう言うならいいけどぉ。でも折角来たんだからここでイチャつきたかった〜」 「イチャつきゃいいじゃん。お前ら付き合ってんだろ?」 「うわぁ! 店長居たんだ。いやさ、ここ一応職場だかんね? 多少は気にすんの。つぅかアンタ、ノックもなしに入ってくるし。それよかさぁ、急に背後に立つのやめてって言ってんじゃん。顔怖いんだからビビんだよ」  扉を閉めずに立って文句を垂れていた啓吾の後ろに、ずっと立っていたんだけどな。しかし、啓吾が言うほど怖くはないと思うのだけど。  金髪にグレーの瞳。ハーフなのかな。少しキツそうには見えるけど、端正な顔立ちで凄く綺麗な人だ。だからなのか、無表情だと冷たく見えるかもしれない。  それにしたって、店長さんに向かって言いたい放題だな。 「んなトコに突っ立ってるお前のが邪魔なんだよ。そこ退け、奥の荷物取るから。あと顔怖いのはいい加減慣れろ」 「不意打ちはビビんの! も〜荷物ってどれ? 腰痛めてんだから高いトコのは俺が取るつってんじゃん」 「ジジィ扱いすんじゃねぇよ。俺まだ若いの〜」 「ヤリすぎて腰痛めてんだろ。ジジィじゃん。俺、朝までヤッても元気だし。なー♡」 「ばっ、啓吾のばかぁ!」  確かにいつも元気だけども、元気すぎるくらいだけども! まったく、僕を巻きこんで何を言ってくれているんだ。本当に、恥ずかしいったらない。  僕が怒っていても、啓吾は『ごめんごめーん』と軽い。わざとらしいくらいの笑顔で謝られると、それ以上怒れないや。  店長さんと掛け合いのような言い合いをしながら、啓吾は棚の上に置いてあるダンボールを取ってあげた。なんだかんだ言いながら、仲が良さそうで安心した。  店長さんに『またいつでもおいで』と言ってもらい、僕たちはお店を後にする。八千代と朔も合流し、冬真と猪瀬くんも一緒に夕飯を食べに行く事になった。  道中、冬真が八千代に理不尽なクレームを入れ始めた。けど、内容は可愛いものだった。 「場野の車さぁ、なんで5人乗りにしたんだよ。俺ら乗れねぇじゃん!」 「お前ら乗せる予定なんかねぇんだよ」 「え〜、寂しいこと言うなよ〜。お前らともっと遊びたいんだけど。金あんだったらキャンピングカーくらい買えよな〜」 「冬真、キャンピングカーっていくらするか知ってる? 普通の車でも買えるの凄いんだよ?」  猪瀬くんが宥めるが、冬真は頬を膨らませている。仰る通りすぎて、冬真も言い返せないらしい。  冬真の意見はさて置いて。僕も、皆で遊ぶのは楽しいから好きだ。何処かに遠出してみたいとも思う。 「僕もね、冬真と猪瀬くんと遊ぶの好きだよ。来年の夏とか、また皆で海行きたいね」 「キャンプとかも良くね? 俺、キャンプ行ったことないからやってみたいんだよね」  冬真が瞳を輝かせている。僕もした事がないので、行ってみたいとは思う。けど、キャンプに行って僕にできる事なんてあるのだろうか。迷惑ばかり掛ける気がする。でも、行ってみたい。 「いいね、キャンプ。僕もした事ないの。これからいろんな所に行ってみたいなぁ。アウトドアだったら、冬真と猪瀬くんも一緒に行けたら楽しいだろうね」  僕のこのセリフが、後に八千代動かす事になるとは、この時誰も予想していなかった。  夕飯を食べ、また遊ぼうねと言って2人と別れる。僕たちは、次の連休に忙しくなるので、その準備の為に寄り道をせず帰った。

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