312 / 353

相変わらずだね

 旅行から帰った翌々日。お土産を渡したいから都合を聞こうと、猪瀬くんに電話をした。  冬真も一緒だったらしく、電話を取り上げ話を進める自由さ。相変わらずだなぁ。  結局、家の見学も兼ねて取りに来てくれる事になった。さぁ、なんだか騒々しくなりそうだ。  午前10時。約束時間丁度にインターホンが鳴る。猪瀬くんの礼儀正しい挨拶を遮って、冬真が『やっほー』と手を振った。  僕は、慣れない操作でもたつきながらも、どうにか門扉を開け招き入れる。  玄関を開けて待っていると、手土産を片手に猪瀬くんが入ってきた。その後ろには、あちこちをキョロキョロと見回している冬真がついて来ている。 「お邪魔します。武居、ごめんな? また冬真が強引に····」 「大丈夫だよ、猪瀬くん。自由なのには慣れてるから」  うちには啓吾が居るのだ。この程度の自由さは屁でもない。 「なーんか人聞き悪いんですけど〜。前誘ってくれた時来れなかったから来たんじゃん? まぁとりあえず、玄関で立ち話もナンだからおっじゃましまーす」 「んへへ、どうぞ。2人が来てくれて嬉しいよ。今日はゆっくりしてってね」 「任せて。めっちゃゆっくりするつもりで来たから」  冬真が言うと、帰るか怪しいレベルでゆっくりしそうだな。もしお泊まり会になっても、ワクワクするだけなんだけどね。  だって、折角久しぶりに会えたのだから、ゆっくり話せるのは嬉しいんだもの。僕はソワソワしながら、2人をリビングへ案内する。 「なぁ、皆は? 武居1人なの?」 「ううん。八千代は2階で走ってる」 「「走ってる?」」 「うん、2階のジムでね、ルームランナーで激走してるよ」  2人が来ると決まってから、なんだかイラついた様子だった八千代。冬真が関わると苛々するらしい。  今朝は、9時頃から物凄いスピードで汗だくになって走っている。ストレスを発散しているのだろう。 「家にジムあんのかよ、すっげぇな。やっべぇ〜」 「俺もビックリした。まぁ、こんだけ広かったらあっても不思議じゃないよね。で、他の皆は?」 「あはは、だよねぇ。えっとね、りっくんは洗濯物干してて、朔はちょっとだけ仕事に行くってさっき出て行っちゃったの。啓吾は──」 「「パンケーキ」」  仲良く声が揃う2人。息ピッタリだ。それにしても、どうして分かったのだろう。 「え?」 「啓吾が今作ってんじゃねぇの? すっげイイ匂いすんだもん」 「あはは、正解。2人が来たらおやつにしようって言ってたんだ」 「おやつって····今10時だよ? 朝ご飯食べてないの?」  猪瀬くんが、腕時計を確認して言う。あれ? 普通は朝におやつを食べないものなのかな。 「駿、結人だぜ?」 「ん? あぁ、そっかそっか。一食が多いだけじゃないんだよな」 「そ。おやつは10時と3時だよな? 高校ん時からずっと」 「うん、それが普通なんだと思ってたんだけど··。あ、ここがリビングだよ」  僕が扉を開くと、2人は一歩踏み入れる前に固まってしまった。 「これ、マジで場野と瀬古で買ったん? 玄関から思ってたけど、えっぐいな」 「俺は外の門見た時からヤバいと思ってたよ。金持ちとは聞いてたけど、これは凄すぎるね····」  僕も、啓吾とりっくんだって、初めてこの家を見た時は同じ様な反応をしたっけ。けれど、2人よりは朔と八千代のヤバさに慣れていた所為か、ここまでポカンとはしなかった。 「うん、そうだよね··。僕たちも慣れるまでは、ホテルに泊まりに来てるみたいで落ち着かなかったよ。流石にもう慣れたけどね」  なんて、ほんの少し前の事なのに随分懐かしく感じる。  とまぁ、それは落ち着いてから話すとして、立ち尽くしている2人をリビングへ通す。すると、キッチンから啓吾が出てきた。 「おー、お前ら来たん? 久しぶり〜。丁度パンケーキ焼けたわ」 「おー、ナイスタイミン····わー、何そのエプロン」 「ぶはっ! なんそれダッサ〜」  青のギンガムチェックに大きなひよこの、僕たちは見慣れたエプロンだ。 「えー、可愛いだろ? 結人がくれたんだよ」  2人はバッと僕を見る。大丈夫、拗ねたりしないよ。 「アレね、お祭りの時に僕がくじで引いたやつなんだ。啓吾にしか着こなせないと思ってあげたの」 「「あ〜」」  2人は納得した様子で、改めてもう一度啓吾を見て笑った。 「もう莉久と朔に散々笑われたから今更だわ。ほら、テキトーに座れよ。結人の腹の虫が絶叫しだす頃だからな、早く食おうぜ」  気にしていないような口振りだけど、少しツンとした態度でキッチンへ戻る啓吾。僕は運ぶのを手伝おうと、その後ろをついて行く。 「こっちはいーよ。冬真に手伝わせるから。結人は莉久と場野呼んできて」 「えぇ··冬真もお客さんだよ?」 「いーのいーの。アイツを客とは認めない」  相変わらず、啓吾は冬真にだけ態度が厳しい。似た者同士だからだろうか。 「酷い言われようだな。いいよ結人、俺手伝うから呼んどいで」 「俺も手伝うから大丈夫だよ」  猪瀬くんまで。2人とも、なんだかんだ優しいんだから。と言うか、2人まで僕に甘い気がするんだよね。僕の思い過ごしならいいんだけど。  僕は、八千代とりっくんを呼びに行く。八千代はシャワーを浴びてから行くといい、りっくんは丁度干し終わったところだったので、一緒にリビングへ向かう。  リビングへ戻ると、おやつの支度がすっかり完了していて、あとは席に着くだけだった。僕は、八千代が戻るのを待つ間に、2人へお土産を渡す。 「おわぁ····。なぁ、お土産ってこんなに貰っていいもんなの?」  冬真は、猪瀬くんを見て確かめるように聞く。 「えー····まぁ、くれるって言うならいいんじゃないの? にしてもすごい量だね」  美味しそうだったお菓子が数種類と、その地域限定の調味料、現地のゆるキャラのキーホルダー、それに、凄く着心地が良かった旅館の浴衣も。良いなと思ったものを買っていたら、気がつくと大きな紙袋が必要な量になっていた。  母さん達や皆の家族にもお届けしたんだけど、どこでも同じ事を言われたんだよね。お土産選びって難しいや。  そう説明すると、2人は僕らしいと笑ってくれた。そして、遠慮なく受け取ってくれる。  お土産を見て嬉しそうな顔を見せてもらえれば、僕はそれで満足だ。  そうこうしていると、ほこほこの八千代が戻ってきた。走ったからなのかシャワーで温まったからなのか、上半身裸で湯気立っている。  首からタオルを掛け、黒のジャージを緩く腰パンしていて目に毒だ。色気と熱っぽさに身体が反応してしまう。 「八千代、ちゃんと服着てよ」 「(あち)ぃんだよ。ぁんだ? 抱いてほしくなったんか?」  「ちっ、違うもん、八千代のばぁぁか! ハレンチ! 服着るまで座っちゃダメだよ。早くしないと先にパンケーキ食べちゃうからね!」 「ははっ、相変わらずだねぇ。結人はまだ照れたりすんの? かーわい〜」 「猪瀬くんは照れないの?」  僕は少しだけ素っ気なく、お土産を物色しながら笑う冬真に聞いてみた。 「うちの駿哉くんも照れまくるよ。それはもう結人に負けないくらい」 「ちょ、やめろよ冬真。俺、流石に武居ほどは照れないだろ」  おっと、これは聞き捨てならない。 「冬真、なんかして猪瀬くん照れさせて」  冬真に無茶振りをして猪瀬くんを巻き込む。だって、なんだか悔しかったんだもん。  冬真は、仕方ないなぁと溜め息を吐き、向かい合って猪瀬くんの腰を抱き寄せた。そして、顎クイをして『えっちなちゅー見せてやろっか』と言う。  猪瀬くんは、真っ赤になって反応に困っている。ほら、僕と同じじゃないか。  冬真は容赦なくキスをして舌を絡めてしまう。本当にシなくてもいいんだけどな····。と思いながらも、照れて胸をパシパシ叩く猪瀬くんを、可愛いなぁと見て和む。 「んーっ··、んっ、は··」  満足した冬真が唇を離すと、トロッと脱力した猪瀬くんを支えた。前よりも随分、蕩けやすくなったようだ。 「どう? まだ結人ほどじゃねぇけど、俺の駿もイイ感じに仕上がってきてんの♡」 「はいはい、ラブラブなん分かったからいい加減食おうぜ? 場野も服着たんなら座れよ」 「ホント、他人(ひと)ん家来て何してくれてんだよってね。ゆいぴもけしかけないの。お腹減ってるんでしょ? お土産も後にして食べようよ」  僕と冬真は満足気に席に着き、猪瀬くんはまだ顔を赤らめたまま冬真の隣に座った。さて、お待ちかねのパンケーキを頬張る。  ふわふわのパンケーキに、たっぷりかけられたメープルシロップが唇に乗った。バターの塩味と合わさって、絶妙な甘さが口いっぱいに広がる。  冬真と猪瀬くんも、お店で出せるレベルだと絶賛していた。啓吾が作ってくれたものなのに、何故だか僕のほうが鼻高々になってしまう。  お互いの近況報告や旅行の土産話に花を咲かせていると、朔が帰ってきた。丁度お昼だったので、八千代が食べたいと言い出したピザをデリバリーする事に。  これはマズイな。流れでピザを頼んでしまったが、もしかしてあのパターンじゃないのかな。  僕と猪瀬くんは顔を見合わせ、そっと席を立とうとした。

ともだちにシェアしよう!