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帰るまでが旅行だよね
皆の元気事情が分かって少し安心した時だった。
僕の頬を撫でるりっくんの背景がキラキラと輝いて見えた。まるで、エフェクトがかかっているみたいだ。りっくんが本物の王子様のように輝いている。
そして、ハッと気づく。話に夢中で気づかなかったが、いつの間にか噴水のすぐ近くまで来ていたのだ。
僕は噴水を見上げ、わぁっと晴れた表情を向ける。
「ん··わ····見て、凄いキラキラしてる」
噴水の水がミスト状に散り、それが陽光を反射し周囲がキラキラ輝いているように見える。凍っているのかは分からないが、とても綺麗だ。
「あぁ、凄く綺麗だな」
朔が、僕の髪をすぅっと指の背で撫でた。どうやらミストが髪に乗っていたらしい。僕も撫で返したいけど、どう頑張っても届かない。
「あ! ねぇねぇ朔、手持ってて」
朔の手を支えに僕は、腰掛けられる程度の高さがある噴水の縁に登って立ち、朔の少し湿った髪を撫でた。
「朔も髪、キラキラだよ」
朔は僕を見上げ、とても優しい笑顔を見せてくれた。朔を見下ろす機会なんてなかなか無いから、僕はこの時間を満喫する。
すると、衝動的に僕の腰に抱きつく朔。馬鹿力に耐えられるはずもなく、よろけて後ろへ倒れそうになる。
「へぁっ!」
「しまっ──」
八千代が朔を引っ張って止めてくれたから、幸い噴水に落ちることはなかった。ホッと胸を撫で下ろす僕と朔。
肝を冷やした朔に、これでもかというくらい謝られた。そして、珍しく八千代に怒られる朔。
目の前で繰り広げられるお説教を、僕はまだ高い所から見下ろしている。そこで小さな溜め息をひとつ置き、これを終息させる秘技を使う。
「八千代、おいで」
ここぞとばかりにお説教する八千代を呼びつけ、頭をギュッと抱き締めた。
「落ちなかったんだからそんなに怒らないの。ね? それより、引っ張ってくれてありがと」
「落ちなかったからいいっつぅ話じゃねぇわ。そろそろ馬鹿力自覚しろつってんだよ」
「でもほら、朔がしょぼんてなっちゃったじゃない。可哀想だよ··。それにどの口が····あはっ、八千代の髪もキラキラで濡れてるよ」
顎に触れた髪が冷たい事に気づく。頭を撫でてキラキラを取る。僕の胸の中で、唸る獰猛な犬さながらの八千代。ご機嫌ナナメみたいが、この状況はお好みだったらしい。
「お前はすぐ朔の肩持つのな。くっそムカつく」
「んわぁっ!?」
言葉とは裏腹に、笑顔を浮かべて僕の腰を持って抱き上げる。実際は眉間に皺を寄せたままなんだけど、僕にはうっすら笑っているように見えた。
そもそもだけど、朔の肩を持ったつもりはない。ただ、八千代のお説教が日頃の仕返しの様に思えたから、僕は八千代を宥めたつもりだったんだけどな。
「ったくお前は。いつまでンな危ねぇトコ乗ってんだよ。さっさと降りろ」
降ろしてくれた八千代の後ろには、撫でられ待ちをする啓吾とりっくんが控えていた。
「なんで下ろすんだよ!? 次、俺が撫でてもらおうと思ったのに」
「俺もゆいぴに上から撫でてギュッてしてもらいたかったのにぃ!」
クワッと怒り出す啓吾とりっくん。まったく、仕方ないなぁ。
僕は、もう一度登って2人を呼んだ。順に髪を撫でる····が、2人は髪をセットしているので撫で方が分からない。
迷った挙句、髪に触れるか触れないかという程度に、そぅっと撫でてみた。折角頑張ってセットしていたのに、崩してしまうのは忍びないものね。
僕が遠慮がちに撫でると、啓吾は『なんか擽ってぇ』と言ってケタケタ笑う。そして、髪型が崩れないよう気を遣ったのに、啓吾は『俺も頭ギュッてして』と強請ってくる。
それがあまりに可愛かったから、容赦なく抱きしめてやった。もう、ぐしゃぐしゃになったって知らないんだから。
いつまでも啓吾とイチャついていると、待ちきれなくなったりっくんが啓吾を押し退けるように割り込んできた。
りっくんの頭も同様に、そーっと撫でる。りっくんは僕の為と銘打って、毎日カッコイイ自分を見せようと頑張ってくれているものね。啓吾よりも気を遣う。
と、僕が慎重に慎重を重ねていると、りっくんが突然声をあげた。緊張していただけに、身体がビクッと跳ねる。
「待って、ゆいぴ手見せて」
皆のキラキラでびしゃっと濡れていた手を掴まれる。手袋は車に忘れてきた。けれど、子供体温でぬくぬくの僕は、あまり気にしていなかったのだ。しかし、りっくんは違った。
「手、痛くない? あーもう··こんなに冷たくなって····」
りっくんは怒っているのか心配してくれているのか、掴んだその手を自分のコートで拭いて、手袋を外して僕の手に着けてくれた。
りっくんの温もりが残っていて、すっごく暖かい。それはもう、心までポカポカになるくらい。
「んふふ、大丈夫だよ。ありがと」
手を繋いだまま、僕はりっくんの額にキスをした。
ゆっくりと唇を離し、ふと目が合う。今度は、そっと唇を重ねた。
「ここお外だよ〜」
啓吾の一声で我に返る。
「「あ····」」
僕とりっくんは、顔を見合わせて笑った。気がつけば、周囲から物凄く注目を浴びている。
そんなの、皆がカッコイイんだからいつもの事だ。けど、それなのに僕がはしたない事をしてるから、いつも以上に見られてしまったのだろう。これは反省しなければ。
僕はりっくんに地面へと降ろしてもらい、途端に恥ずかしくなったので皆の影に隠れる。こういう時、小さいのも悪くないなぁと思えるようになった。
思う存分イチャついた僕たちは、車に乗り込み帰路へつく。今度こそ、寝ないで朔の運転する姿をいっぱい見るんだ。
高速に乗り暫くすると、啓吾がしりとりをしようと言い出したから皆で付き合う。それはそれは駄々っ子のように執拗かったんだもの。八千代でさえ折れてしまったくらいだ。
それなのに、いの一番に飽きる啓吾。りっくんと八千代から、『子供かよ』と詰 られる。
「お前らとやったら俺負け確じゃん。頭良い奴とやんのつまんねぇ〜! あ、つぅかさっくんさ、めちゃめちゃ運転丁寧だよな。安心感ぱねぇわ〜」
りっくんと八千代からの口撃をサラッと躱し、さっさと話題を変えてしまう啓吾。流石だなぁと感心する。
「当たり前だろ。自分の命より大事なもん乗せてんだぞ。啓吾は運転荒いよな。この間買い物に言った時も、一時停止が甘かった。性格出てるぞ」
「えー、結人乗せてる時はめーっちゃ安全運転なんですけどぉ」
「啓吾、僕が乗ってなくても安全運転してね? 啓吾に何かあったらヤダよ。僕、泣いちゃうからね」
「もち。結人泣かすわけにいけねぇからな♡」
「ほら、啓吾“ぷ”だよ。逃がさないからね」
りっくんがしりとりを続行している。逃がさないとか、怖いんだけど。巻き込まれた仕返しなのだろうか。
「さっきから“ぷ”か“る”ばっかじゃん! ぷとかるで始まる言葉なんかそんな知らねぇっつぅの! イジメかよ!」
本当に賑やかだ。けど、朔が『チッ··うるせぇな』と呟いたから、後でケアしなくちゃ。僕が『楽しいね』と言えば落ち着くはずだ。
それにしたって、確かに啓吾への意地悪は可哀想に思えてくる。ちょっとだけ、助けてあげてもいいかな。
そう思い、僕はコソッと啓吾に教えてあげる。
「啓吾、プレッツェルがあるよ」
「プレッ··ツェル? あぁ! お菓子だよな? んじゃそれ! プレッツェル!」
啓吾が声高らかに言う。めちゃくちゃ可愛いな。子供みたいだ。
「え〜ずるぅ····る··、ルート」
「と··と··鳥」
「リール」
「また“る”かよ! もうねぇって····あっ! ループ! どうだよ莉久、もうぷで始まんのなくね? ほーら、降参って言えよ〜」
「プロトケラトプス」
「あは、懐かしいね〜」
「プロ····え、なに?」
「恐竜の名前だよ。昔、ゆいぴが強いものに憧れて恐竜にハマってた時期があってさ。いっぱい覚えたんだよねー♡」
「ねー」
そういえばそんな時期があったっけ。小学生の頃の話なんだけど、りっくんが覚えていた事に驚きだ。
「じゃぁね、すいか」
「····可愛いな。カップ」
八千代がすいかの何を可愛いと思ったのかは分からない。が、また“ぷ”だ。可哀想な啓吾。
「ぷ····はぁ。ぷ··ぷ····」
「プロトコル」
「はぁ!? なんで朔が入ってくんだよ。運転に集中するからやんねーんじゃなかったっけ!? しれっと入ってきてイジメんな! つぅか“る”も詰んでんだよ! なんっなんだよもーっ!!」
ついに啓吾が喚き始めた。こうなると、煩いし面倒くさい。けど、そんな啓吾が小さい子みたいで可愛い。
「ねぇ朔、ぷろ····って何?」
「ネットワーク通信する為の··手順とか····あー··そういう用語だ」
「へぇ····難しそうだね」
朔は、僕に説明するのを諦めたようだ。理解できないと踏んだのだろう。うん、多分説明されても分からない。
「もう俺の負けでいいよ〜。イジめられんの面白くない。なぁ、別の遊びしよ?」
「もうしねぇわ。んっとにガキかよ。なんか音楽でも聴いてろ」
「お、歌う?」
「歌わねぇ。啓吾、いい加減マジでうるせぇ。次煩くしたら降ろすからな」
朔が本気のトーンで言う。啓吾は、不満そうに山手線ゲームを始めようと言い出した。結局煩いんだよね。
朔には悪いけど、僕はこういうのも楽しくて好きだ。啓吾が盛り上げてくれるから、僕たちはいつも賑やかでいられるんだもん。そうでなければ、こんなにワイワイする事はそうないだろう。
「ちょっと煩いかもだけど、賑やかで楽しいね。んへへ♡」
朔が本当にキレてしまう前に、僕は魔法の呪文を唱えた。
「結人が楽しいならいい。けど啓吾、あんまり煩くするなよ」
「へーい。んじゃ、いくよ〜··山手線っゲェェェム!」
「「「うるっせぇよ」」」
「あ··サーセン」
「あはは! 啓吾、おバカすぎるよ。ホント元気だねぇ」
僕はお腹を抱えて笑う。おかげで、啓吾が車から放り出される事はなかった。
こうして僕たちは、いつも通りの賑やかしさのまま帰宅した。
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