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初めての経験

 遊園地を満喫した僕たちは、琴華さんの焼き肉屋さんへやって来た。  八千代が連絡していたので、着くなり琴華さんが出迎えてくれる。忙しそうなのに態々、僕たちの顔を見に出てきてくれるんだ。 「結人くん、今日もたーっくさん食べてってね」 「はい! いつもありがとうございます。今日は友達もよろしくお願いします。えっと、高校からの友達で、神谷冬真くんと猪瀬駿哉くんです」 「「よろしくお願いします」」 「はい、よろしくね。八千代の母です。冬真くん、昨日お誕生日だったんですって? 遠慮しないでお腹がハチ切れるまで食べていきなさいね」  きっと、八千代が僕たち以外を連れてきた事が嬉しいのだろう。琴華さんの嬉しそうな顔と、八千代の少し居心地の悪そうな顔を見ると、僕まで心がポカポカしてくる。 「んへへ。八千代、冬真が誕生日だったって言ったんだ」 「····さぁな。話の流れで言ったかもしんね····ぁんだよ」  どんな顔をして、どんな風にそれを伝えたのだろう。居心地の悪そうな八千代に、僕たちはニマニマするのが止まらない。  それぞれ、どこかで孤立していた僕たちが、こうして人と関わって変わっていくのは嬉しい。そこにはいつだって、優しさや思い遣りが溢れているんだもの。  僕たちは、改めて冬真の誕生日を祝う。乾杯をして、これでもかと運ばれてくるお肉を食べる。いつも通り、八千代がどんどん焼いてご飯の上に乗っけてくれる。  いつもより食べる僕に、冬真と猪瀬くんは箸を止めて驚く。だって、皆で食べるといつもより美味しく感じるんだもん。仕方ないよね。  啓吾が、遠慮気味な2人にどんどんお肉を食べさせる。どうやら猪瀬くんは、この後の事を考え食べるのを抑えたいらしい。  けれど、何も考えずに食べる僕を見て吹っ切れたらしく、気がつくとモリモリ食べていた。美味しいから、お箸が勝手に進むんだよね。  そして、琴華さんからのサプライズケーキで締め括る。  ホテル詰めだった2人は昨日、ケーキどころかろくにお祝いもせず貪りあっていたらしい。僕が言うのもなんだけど、ハレンチだね。  プレゼントだけは貰ったんだと言って、冬真がシルバーのネックレスを見せてくれた。細長い長方形のプレートには、カッコいい字体で“S to T”と彫ってある。  猪瀬くんのモノってことかな。こういう小さな所に、猪瀬くんの執着心と言うか独占欲が垣間見える。猪瀬くんの可愛いところだ。  そうなってしまうのは、いくら2人の関係が深まっていても仕方がない事だと思う。だって、2人の関係は僕たち以外に秘密なのだから。きっと、猪瀬くんは今でも不安なのだろう。  猪瀬くんの誕生日に、冬真が指輪を贈ろうと企てている事は、まだまだ秘密なんだけど。相談された僕と啓吾は、ついついニヤけてしまう。  たらふく食べ、僕たちは腹ごなしにバッティングセンターへ寄り道する。定番のコースだ。    皆は剛速球を軽快に打っている。僕はと言うと、いつぞやの球速80kmから抜けられないままだ。  なかなか球に当たらずムッとしていると、八千代が入ってきた。『危ないよ』と注意する前に、後ろから抱き締めるように一緒にバットを握る。  そして、目線を合わせて『よく見ろ』と耳元で囁く。鼓動が煩くて集中できない。  ネットの向こう側に見えるマシンが、今まさに球を送り出そうとしている。八千代は少しバットを引き、タイミングを合わせて打った。  前方高く飛んでいった球は、ホームランゲートを掠めて落ちた。 「ん··わぁ····凄い凄い!!」 「くそ··、一緒に打つんムズいな。ぉら、次来んぞ」 「あ、うん」  初めて打てたヒットに喜ぶ間もなく、次の球を狙う。飛び出てくる球を怖いと思わなくなったのは、後ろに八千代が居るからだ。なんて心強いのだろう。  次もまた、ちゃんと前へ飛ばせるかな。 「次、入れんぞ」 「へ?」  困惑している僕を放ったまま、勢い良く飛び出してきたボールを打つ。キンッとイイ音を置いて飛んでゆくボール。向かう先にはホームランゲート。  八千代が僕の頭を撫でて『やったな』と言う。まさかと思ったが、ボールは綺麗にゲートくぐった。直後、ファンファーレが鳴り響く。 「や、やった····八千代、見た? 僕たちの打った球、ホームランだって! んへへっ、ホームランだってぇ♡」 「気持ちイイだろ」  八千代はニカッと笑った。僕よりも嬉しそうに、僕の頭をぐりぐりと撫で回す。  滅多に見せない無邪気な笑顔に、僕の心臓はギュンと締め付けられた。 「い、痛いよぉ。八千、待っ··もう、やーめーてー」  僕たちがじゃれ合っていると、皆が続々と集まってきた。啓吾がジュースを買ってきてくれて、お祝いの乾杯をする。  グビッとカルピスを飲み干し、八千代と受付へ景品を貰いに行く。選んだのは、これまた1mくらいある大物。ここには、抱えるほど大きな景品しかないのだろうか。  筒状の空気袋に、猫の柄のもこもこなカバーを着けるだけの超簡易的な抱き枕だ。少し不機嫌そうで、眉間に皺を寄せた顔が可愛い。 「なんかこの猫、八千代にちょっと似てるね。えへっ、可愛い♡」 「似てねぇし可愛かねぇわ」  まさに、猫と同じ顔をして言った。そんな八千代に、腰を抱かれて皆の元へ戻る。  僕が抱えている景品を見て、猪瀬くんは『でっかいぬいぐるみってテンション上がるよね』と言う。すると、冬真が躍起になってゲームを始めた。  冬真はホームランを狙い、休むことなく打ち続けている。 「なー、そろそろ帰ろうぜ? もう無理だってぇ」  飽きてしまった啓吾が急かす。猪瀬くんにいい所を見せようと頑張っているのだから、見守ってあげればいいのに。 「啓吾もさ、僕の為に頑張ってくれたよね」  この間来た時、絶対に格好良くキメるんだと意気込み、2時間くらい粘っていたのだ。今この場で誰よりも、冬真の気持ちが分かるだろう。 「そりゃキュンキュンさせたいし? 俺、皆ン中じゃ運動とか苦手な方だしさ、できるトコでアピっとかないとって焦んだよね」  そんな事を思っていたなんて、予想外過ぎて皆絶句していた。 「んふっ。啓吾、大好きだよ♡」  唇を尖らせ、照れくさそうに視線を逸らす啓吾があまりにも可愛くて、思わず頬にキスをしてしまった。皆の視線が痛い。 「ね、もうちょっと待ってあげようよ。待ってる間にさ、やってみたいのがあるんだ」  僕たちは猪瀬くんを残してゲームコーナーへ向かった。  前からずっと、僕がやってみたかったもの。どうせ僕なんかがしても、ろくな結果が出ない事は分かっている。  けれど、一度でいいからやってみたかったのだ。いや、正直今は、皆がやってる所を見たいという気持ちのほうが大きい。 「あぁ、これ? 俺、ゆいぴが何か殴ってんのって見た事ないかも」 「そうだな。こういうのは興味ねぇと思ってたから意外だな。けど、すげぇレアだしいいんじゃねぇか?」 「これなぁ、前に1回壊した事あんだよ。加減ムズいわ」 「どんだけゴリラなんだよ。って、じゃぁ朔もヤバくね?」 「俺は足技のほうが得意だから、パンチ力はそんなにだと思うぞ」 「そ? まぁ、壊さなかったらいっか。でも、さっくんもゴリラなんだからら加減はしろよ」 「誰がゴリラだ」  なんだか盛り上がっているが、兎に角一度やってみたい。この間、高校生くらいの子達が楽しそうにやっているのを見て興味湧いたのだ。 「ねぇ、僕もやるんだってばぁ」  僕がやりたいと言うことは、危なくなければ大概の事はさせてくれる。だから、皆と居ると初めての事が目白押しで、ドキドキとワクワクが尽きない。 「あーはいはい。けどこれ、結人にはちょっと高くね?」 「んー····でも台に乗ってはできないでしょ」 「だな。どうしようか」 「届くよ! ほら!」  僕は、サンドバッグみたいな的を殴るマネをする。 「ぶはっ····ギリギリだな。それじゃ力入んねぇぞ」  朔が笑う。確かに殴りにくいけど、そりゃギリギリだけど、笑うなんて失礼だなぁ。 「むぅ····まぁいいや。1回やってみてダメなら考えるよ。て言うか、僕はちょっとやってみたいだけでさ····、ホントの事言うとね、皆がやってるとこ見たいんだ。絶対カッコイイもんね」  なんて言ったものだから、皆は俄然本気モードに突入する。目の据わり方が、これから喧嘩をするみたいでちょっと怖い。けど、それ以上にカッコイイ。 「八千代もするの? 壊さないでね」 「ったりめぇだろ。加減するわ」 「ゴリラは最後な。よし、んじゃ俺から〜」 「俺らの中じゃ、啓吾が最弱なんじゃない?」 「はぁ? 莉久には勝てますぅぅ」 「はぁぁ? 啓吾には負けません〜」 「どうでもいいからさっさとやれ」 「「はーい」」  朔に止められ喧嘩をやめる啓吾とりっくん。あんな目のギラついた朔に言われれば、的を間違えられそうでビビるよね。  啓吾はグローブを嵌め、胸の前でパンッパンッと肩慣らしをする。もうそれだけでカッコイイや。僕は、一瞬たりとも見逃さないように動画を撮ろうとスマホを向けた。  ピコンと録画開始の音がするのを待って、啓吾がゲームを始める。無駄にウインクを飛ばしてくれて、ありがたいけどギャラリーが煩い。  説明によると、合図に合わせて2回殴り、パンチ力の強さを測るんだそうだ。より強いほうの記録が残るらしい。  啓吾は『うしッ』と意気込み、もう一度グローブをパンッと鳴らした。

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