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カッコ良すぎるよ

 もう一度、グローブをパンッと鳴らして意気込む啓吾。合図のゴングがカンッと耳を抜ける。  少し助走をつけ、思い切り殴り込む。ダンッと凄い音がした。思わず、驚いてビクッと跳ねる。 「う、わぁ··すごぉい····」  啓吾は『へへん』とドヤ顔を見せる。その間に的が起き上がり、続けて二発目へ。一発目は肩慣らしで、次が本番だと言う啓吾。的を見据える瞳がすぅっと変わった。  一発目よりも重い音を響かせ的が倒れる。結果は、二発目の方が20kgほど上がって182kと表示されている。ぶら下げてあった表を見ると、平均が150kgくらいらしいから、それよりは断然強いんだ。本当に凄いや。 「啓吾、平均より強いんだって! すっごいね!」 「ま、こんなもんかな。高校ン時よりは強くなってるわ」  満足そうな啓吾は、グローブを外して渡す。次はりっくんだ。 「ゆいぴ、啓吾より上行くから楽しみにしててね♡」  言葉とは裏腹に、低めのトーンで全然甘くない。  啓吾にだけは負けないよう、それと、カッコイイ所を見せる為に甘々モードは封印するらしい。カッコイイところが見られるなら、どっちが上でもいいんだけどな。  けど、りっくんのやる気を削ぐのも悪い気がして、僕は『頑張って♡』と乗せておいた。録画開始の音を待って、ウインクを飛ばしてくれる。  僕の比じゃないけれど、皆の中ではりっくんも筋肉がつきにくい。パワー系ではないのは明瞭な体つきだ。  絞ってはいるけど、筋肉質という程でもない。モデル体型って感じかな。  しかし、殴る時のフォームは1番綺麗だと思う。一発目を繰り出すと、周囲から小さな歓声が聞こえた。見れば、気づかないうちにかなりのギャラリーができていた。  こんな中で、僕は情けない姿を晒すのだろう。そう思うと気が引けてきた。  なんて思っていると、二発目の結果が出た途端、納得がいかないと喚きだすりっくん。結果は180kgで、2kgだけ啓吾に負けている。 「あっれぇ〜? 俺最弱じゃなくな〜い? 良かったぁ〜」 「う、うるっさいなぁ! 2とかほぼ一緒じゃん!」 「でもぉ? 負けは負けだよなぁ? ほら、さっさとアイス買ってこいよ〜」  いつの間に賭けをしていたのか、負けたほうがアイスを奢る約束だったらしい。りっくんは、ブツブツ文句を言いながら買いに行った。  りっくんが戻るのを待つ間に、僕はグローブを嵌める。そう、いよいよ僕の番だ。  100kgくらいは出したいな。そう思い、啓吾の真似をしてグローブを鳴らす。が、バフッと情けない音しか出せない。  僕が『おかしいなぁ』と首を傾げていると、女の子を振り切ったりっくんが、慌てた様子で戻ってきた。 「グローブ嵌めるところから撮りたかったのにぃ」  そう言って、啓吾にアイスを押し付けた。 「女の子と喋ってるからでしょ」  僕は、唇を尖らせて嫌味を放つ。 「ははっ、妬かせてやんの。安心しろって、バッチリ撮ってるから」  気がつくと、朔と八千代も撮っている。沢山のギャラリーだけでもやりにくいのになぁ····。  なんて思っている間に、ゲームがスタートしていた。カンッと鳴ったゴングで、僕は力いっぱい的に拳をめり込ませる。  画面に表示された数字を見て、僕は愕然とした。53kg、そうデカデカと表示されている。153kgの間違いじゃなくて?  いや、見間違いではないらしい。あまりの低得点に、皆、反応できずにいるようだ。 「まぁ、1発目は練習な。感覚分かったら2発目もうちょいいけるって。大丈夫、こう、ダンッて感じでさ、押し込むようにしたら数字出るから! 大丈夫だから! んな可愛いしょぼんすんなよ〜」  啓吾が、身振り手振りでアドバイスしながら一生懸命励ましてくれる。けど、可愛いしょぼんって何だ。  啓吾が頬を揉み解し、緊張を和らげてくれている間に二発目のゴングが鳴った。アドバイスを頼りに全力を注ぐも、たいして変わらず58kg。  分かってたよ。どうせ、非力な僕の実力なんてこんなものだって事は。不貞腐れるのもバカらしいほどの差だ。  僕のはなかったことにして、続いて朔の番。これをプレイするのは初めてらしいが、加減は大丈夫だろうか。  朔も、グローブ嵌めるとバンッと鳴らす。空気を痺れさせるようなその音だけで、威力と言うか重さの違いは明白である。  そして、ゴングとほぼ同時に的を殴り倒す。涼しい顔をして、助走もつけずにドダンッと、啓吾やりっくんとは次元の違う音がした。  2人どころか、ギャラリーも若干引き気味だ。そんな威力で殴っておきながら、困惑した顔で『加減はやっぱり苦手だな····』とか言うんだもん。これには誰もがドン引きだ。  画面には459kgと表示され、僕たちは初めて見るぶっ飛んだ数字に目を白黒させる。周囲のシャッター音が鳴り止まない。  一瞬慌てたが、どうやら故障ではないらしい。表の裏にあった説明書によると、この機械では500kgまで測れるんだそうだ。  それにしたって、待機画面の間エンドロールの様に流れてくる過去の記録の中では、断トツで1位に輝いている。2位の268kgだって、啓吾やりっくんと『凄いね』って話していたのに。流石、自慢のゴリラだ。  さて、いよいよ本物のゴリラ····もとい、八千代の番がきてしまった。これを壊したことがあるって事は、限界を超えたという事なのだろう。八千代ならやりかねない。 「ちなみにだけどさ、これどうやって壊したん? 高校ン時?」  勇者な啓吾がズバッと聞く。 「んゃ、中学ン時。一発目でエラー出てよ、ふざけんなつって先輩が無理やり起こしたヤツ殴ったら壊れた。んっとヤワだよな」  そうじゃない。間違っても機械が弱いわけじゃないよ。(アレ)を無理やり起こせるのも意味が分からない。まったく、ヤンキーのやる事は理解し難い。  僕たちは、まさかの中学時代に起きたヤバめな話を聞いて、やらせていいものか真剣に迷う。が、本人はやる気満々なようだ。 「ねぇ八千代、ちゃんと加減できるの? 大丈夫? ホントに壊しちゃダメだよ?」 「左だったら··まぁ、いけんじゃね?」  そう言って、八千代は左手用のグローブを嵌めた。  僕たちはゲーム機の心配しかしてないのだけれど、八千代はそんな心配など微塵もしていなかった。朔より上で、かつ機械を壊さないよう、難易度マックスの挑戦に向け集中を高めている。  皆が固唾を呑んで見守る中、無情にもゴングが鳴り、八千代は朔同様立ち尽くしたまま殴り掛かった。上着がぶわっと舞い、ネックレスがチャリッと踊る。  動画を撮っているのなんて忘れて、呆然と肉眼でそれを眺める。思わず『カッコイイ····』と呟いてしまった。  加減の為なのだろう、殴った直後、絞り出すように『うるぁッ!』と舌を巻いた。その声で現実に引き戻される。  的の倒れる音は、朔の時よりも激しい。けれど、記録は428kg。  朔は、顔に『勝った』と書いてある。それを見た八千代は、当然負けず嫌いを発揮する。 「もうちょいイケんな。つか右でもいけんじゃねぇの?」 「ダメだよ、絶対測定限界超えるでしょ! 八千代は左だけね。八千代なら、左で余裕だよね?」 「ハッ、誰に言ってんだよ。ヨユーに決まってんだろ」  なんとか本気を出させずに済んだようだ。けれど、さっきので要領を掴んだとはいえ、加減を間違えない保証はない。  一発目よりもハラハラしながら見ていた僕たちは、二発目のゴングの直後、瞬きを忘れるほどの記録を目にした。 「っしゃ、イイ感じだな」  498kg、そう表示されている。限界ギリギリじゃないか。左でこれなら、右だと余裕で超えるんだろうな。本当に恐ろしいや。 「マジでゴリラかよ」  聞き慣れた声に振り向くと、冬真がアイスを食べながらベンチにふんぞり返って座っていた。隣には、大きなサメのぬいぐるみを抱えた猪瀬くんが立っている。  どうやら、冬真の努力は報われたらしい。これで、ようやく帰れるんだ。  僕たちは、バッティングセンターも大いに満喫して帰路についた。

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