326 / 384

気づいちゃった

 買い物から帰ると、珍しく朔がリビングのソファで眠っていた。 「朔、こんな所で寝たら、身体痛くなっちゃうよ? ベッド行く?」 「ん··あぁ、帰ったのか、おかえり。ベッド····、いや、大丈夫──お? いい匂いだな」  朔は、寝惚けながら僕を引き寄せて匂いを嗅ぐ。そして、僕はそのまま抱き締められた。いや、これは捕獲されたという感じだ。  この、本能で行動するの、凄くドキッとするから心臓に悪いんだよね。 「動けんなら風呂入ってこい。飯作っといてやっから」  これまた珍しく、八千代が台所に立つらしい。忙しくて、あまり夕飯を作る時間帯に家に居ないから仕方ないのだけれど、そもそも八千代は料理をしたがらない。腕は良くても好きではないらしい。  手早く洗浄済ませると、僕を抱えたままゆっくり湯船に浸かる。疲れが溶けていくみたいだと、僕ごと沈んでしまいそうに蕩けて寛ぐ。  疲れているのに申し訳ないなと思い、朔から降りて向かい合う。真剣に、心配している事を伝えると、ふっと優しい笑みを見せてくれた。 「最近、親父からのミッションこなすのにパソコンに向かいっぱなしだったからな。けど、もう少ししたら落ち着くから大丈夫だ。心配かけてわりぃな」  何かできる事はないかと、思考を巡らせる。ハッと閃いた僕は、自分の手を湯船に浸けて温め、充分温もった手で朔の両目を塞いだ。 「おっ?! なんだ? どうした?」 「あのね、目の血行良くしたらちょっとでも疲れ取れるかなって····。どう?」 「あー··あぁ····あったけぇ。これイイな」  存外気持ち良かったらしい。気に入ってもらえて何よりだ。  これを何度か繰り返していると、迎えに来たりっくんに聞かれた。 「何やってんの? え、目潰し?」 「そっ、そんな怖い事するわけないでしょ!?」 「あはは、わかってるよ。で、何してたの?」  朔が目を塞がれたまま説明する。なんだか面白い光景だと、りっくんがお腹を抱えて笑った。  お風呂から上がればヤリ部屋に直行····ではなく、えっちの前に夕飯だ。今日は、オムライスだと聞いている。楽しみで笑顔が途切れない。  けれど、朔の甘い洗浄のおかげでふわふわしている。椅子に降ろしてもらいオムライスを待っていると、後ろから朔が上体を預けるように抱き締めてきた。 「んゎ、どうしたの朔? んへへ、甘えたさん?」 「んー? いや、そういうわけじゃねぇけどな。俺、香水よりお前の匂いの方が好きだ」 「んぇ?」 「それは俺も。虫除けしたいってゆいぴの気持ち分かるし、俺らも絡まれにくくなるんならいいかなって思うけどさ、やっぱゆいぴの匂いが1番だよ」 「だな。まず、結人に香水っつぅのが合わねぇんだよ。つけるタイプじゃねぇだろ」 「あ、そっか····」  そもそもの問題だった。僕が香水だなんて、やはりおかしいだろうか。  口元で両掌を合わせ香水をつけようか悩んでいると、朔が項の辺りを嗅ぎながら話し始めた。凄く擽ったい。 「けどまぁ、試しに暫くつけてみればいいんじゃないか? 物は試しだろ。それに、結人の素の匂いは家で嗅げるんだからな」 「だね。ねぇゆいぴ、お店でも言ってたけど()()()()()んじゃなくて()()()()だけだからね。イメージじゃないってだけだよ」 「そう··なの? 僕がつけても変じゃない?」 「変じゃないよ。むしろ、ゆいぴからあんな良い匂いしたら····」  りっくんの甘い笑顔が消えてゆく。 「したら?」  僕は、頭上にハテナを浮かべる。みるみるうちに、3人の表情が険しくなっていくじゃないか。何かに気づいたようだ。 「やっぱ香水ナシだわ。お前が狙われんだろ」 「え? どういう事?」  どうして突然、僕が狙われる話になるのだろう。理解できずに眉をひそめていると、りっくんがあわあわしながら理由を教えてくれた。  理由は、極めてバカらしいもの。そんなわけないじゃないって一蹴してやった。 「でもね、こんなに可愛いゆいぴから誘うような甘い匂いがするんだよ? そんなのウツボカズラじゃん····」  なんて、おバカは相変わらずのりっくん。かと思いきや、八千代と朔も同意見らしく、香水は一時預かりとなった。  何の為に買ったんだよ····。  僕が不貞腐れていると、りっくんが機嫌をとろうと顎クイをして熱の篭った瞳で見つめてくる。ドキッとして黙ってしまうのが情けない。  そして、すぅっと息を吸うと一息に話始める。 『冷静にね? 元々ふわっと香るいい匂いなのに、さらに甘い香りを強めちゃう(当社比)なんて、スイートアリッサムかよって話なんだよ。あ、これ結構匂いキツいんだけどね、花が可愛くてゆいぴみたいなんだ。凄くイイ匂いだし。俺ん家の庭に昔咲いててね、ゆいぴだと思って育ててたの。いやそんな事はどうでもいいんだよ。とにかく、悪い虫が寄ってきちゃうでしょ!』  と、饒舌に語ってくれた。冷静ってなんなのかな。  鼻息を荒げたりっくんの火を吹くような舌端に、八千代と朔がドン引きしている。  僕は、今日一日のあれこれが無駄だったように思え、少ししょげていた。けれど、目の前に出された宝石の様なオムライスに、目と表情を明々(あかあか)輝かせてしまう。  金色のふわとろ卵の衣を纏い、火山が噴火したかの様にドロりと山肌を流れるマグマみたいな濃厚デミグラスソースが食欲を唆る、大きくてまん丸なオムライス。皆の倍はあるサイズが圧巻だ。  胸の前でパンッと手を合わせ、『いただきます』と満面の笑みを見せる。八千代は『はよ食え』と言って笑顔を返してくれた。  好きじゃない料理を、僕の為にしてくれる八千代に、感謝を込めて大きな一口目を頬張る。  順に出てきたオムライスをそれぞれ食べ始めるも、僕は誰よりも早くそれをペロリと平らげた。  ご機嫌この上ない僕に、りっくんは畳み掛けてくる。 「香水は一旦保留にしちゃったからさ、お詫びに何かゆいぴのお願い聞いてあげる♡ 何か欲しい物とか、してみたい事とかある?」  僕は少し考え、はたとある事を思いついた。 「し····」 「し····?」 「しば、縛られ····て、みた··かったり····」  ダメだ。恥ずかしくて涙が込み上げる。それよりも、皆の目の色が変わっている。僕はまた、とんでもない事を言ってしまったのではないだろうか。  恥ずかしさと焦りで、僕は慌てて『やっぱり今のなし!』と言ったけれど、時は既に遅かった。皆、掻き込む様にオムライスを食べ終えると、食器も片さずにヤリ部屋へ僕を引っ張り込む。  何でも揃うヤリ部屋には、アダルトな玩具(おもちゃ)や拘束具、まだ使い道を知らないグッズなどがわんさか仕舞われている。いつか使われるのかと思うと、ドキドキして直視できない。  八千代は僕をベッドに放り投げ、即座に怯えさせプレイ(prey)としての本能を覚醒させる。  そして、朔が愛部をしながら解してくれる。洗浄だけで充分だと思うのだけど、これだけは絶対に欠かさない。  その間に、八千代とりっくんは何かの相談をしている。どうやら、僕を縛るロープの色で悩んでいるようだ。 「結人はどれも似合いそうだな。俺は紫もいいと思う」  と、耳元で囁く朔。正直、ロープの色なんて何でもいいんだけどな。けれど、皆はそうではないらしく真剣に議論している。  ロープは、一般的に目にする麻紐らしい薄茶と鮮やかな紅色、深みのある漆黒に艶やかな紫の4色があるらしい。折角縛るのだから、僕の肌に合う色を選びたいと言うりっくん。初めての“緊縛”というのを満喫したいようだ。  そうこうしている間に、僕は朔のおかげでトロトロに仕上がってきている。これからされる艶猥(えんわい)な行為に、期待が高まっているからだろう。ふわふわも、始まる前からいつもより酷い。  漸くロープの色が決まり、八千代がそれを片手に袖を捲りながら迫ってきた。なんて雄々しい表情(かお)をしているのだろう。  捕食者としての本能を剥き出しに、僕の腕を後ろへ回して縛り始めた。

ともだちにシェアしよう!