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はしゃぐのも程々に
朔が、もう間もなくの到着を知らせてくれた。一同、窓の外を眺めて胸を躍らせる。
高速道路の下を見ると、広大な森が広がっている。ほど近い所に大きな湖も見える。目的地は、きっとあの周辺だ。
「ね、八千代」
「ん?」
「テント張って、そこで寝るんだよね!?」
「キャンピングカー が良きゃそんでもいいけどな。テントなんか、狭 ぇし地面硬 ぇし寝た気しねぇわ」
「そうなの? そっか····。でもね、折角だからテントがいい!」
「ッハ、言うと思ったわ」
八千代は、僕の頭をくしゃっと撫でて笑った。そして、耳元でこう囁く。
「どこでも··、お前が居たらそんでいい」
僕は、両手でバッと耳を塞ぐ。悪い笑みを浮かべた八千代が、唇にキスを置いて席を立った。
運転席へ行き、朔と駐車場の場所を確認している。
「ねぇゆいぴ、場野になんて言われたの? 俺も言うから可愛い反応見せて」
空いた僕の隣に座り、さり気なく腰に手を回してくるりっくん。
「りっくんのばぁか。教えてあげない」
僕はツンとして、えっちな触り方をするりっくんの手を握って止めた。恋人繋ぎに満足したりっくんは、僕の頭に頬を擦り寄せてくる。
「りっくん暑い。ほら、着いたみたいだよ! 降りよ」
僕は勢いよく立ち上がり、残念そうな顔をしているりっくんの手を引いた。
車を降りると、森に囲まれた砂利の駐車場だった。だけど、木々の隙間から、さっき見た湖がチラチラと見えている。
僕は、りっくんを連れて駆け出した。
少し開けた所に、大きな湖あった。立ち尽くして眺める僕を、りっくんが後ろから抱き締める。
「空気がオイシイね」
耳元ですーはーするりっくん。変態感が否めない。自然の空気なのか、はたまた僕が纏う空気なのか。
とりあえず、僕が思うのは自然のほう。
「ウン、空気オイシイ」
「なんで片言なの?」
「エ、カタコトジャナイヨ」
「お前が結人をすーはーしてっからだろ。怯えてんじゃねぇの?」
追いついてきた啓吾が言う。りっくんは『そんなわけないでしょ』と反論するが、そんなわけあるんだよ。だって、いつもよりすーはーが深いんだもの。
りっくんから僕を奪い、啓吾が湖の波打ち際まで走り出した。楽しそうに僕の手を引く啓吾。僕の大好きな、キラキラした無邪気な笑顔だ。
波打ち際、本当にギリギリまで来た。爪先に泡が触れる。
「ちょっと入ろうぜ?」
「啓吾ぉ、マジでやべぇって。『いきなり結人拉致ってんじゃねぇぞ。色々準備してからにしろアホが』って、向こうで場野がめっちゃキレてた。怖 ぇぇ〜」
と、追いかけてきた冬真が知らせてくれた。りっくんは既に捕まって、あれこれ指示を受けテントを張り始めているらしい。
「マジか、やべぇ〜。んじゃ戻ろっか」
「そうだね。八千代、怒ったらやべぇもんね」
僕たちはケラケラ笑いながら、皆の元へ駆け足で戻る。
湖のほとりで、朔が取説を見ながら指示を出していた。りっくんと猪瀬くんが、それに従いせっせと組み立てている。のだけれど、テントのサイズがおかしい。思っていたのと違う。
大きなドーム状のテントが2つあって、それを繋ぐ形でトンネルみたいなのがある。なんだこれ。
大人数で使えるテントらしいが、冬真曰く“二世帯テント”なんだそうだ。よくわからないけれど、広そうだし入るのが楽しみではある。
八千代は、早くもバーベキューの準備に取り掛かっていた。昨日買った材料が、テーブルにずらりと並んでいる。
テントの骨組みを運ぶ途中で見に来た冬真は、楽しみすぎて僕と一緒にお腹が鳴っていた。
「え〜、結人もう腹減ってんの?」
冬真が、僕のお腹をつついて聞く。そんな冬真が、八千代に蹴られたのは言わずもがな。
「だって··、さっきはあんまり食べなかったんだもん」
実は、朝ご飯を食べていなかった僕の為にとった食事休憩だったのだ。皆は、バーベキューがあるからと言って、僕だけが朝食のつもりで食べた。
僕だって、バーベキューが待っているのだから控えめに食べたつもりなのだ。
「あんまりって、ラーメンとチャーハンと唐揚げ食ってたよな。んっとよく食うのな。見てて気持ちぃけど」
「マジそれな。あと、わらび餅とみたらし団子も食ってたよな。んでアイスね」
同じく、骨組みを抱えてやって来た啓吾が、デザートのラインナップを振り返る。確かに、思い返せばそれなりに食べていた。
だけど、美味しそうな食材を前にしたら、途端にお腹が空いてきたんだもん。しょうがないよね。
啓吾は、冬真に『つぅかサボってんじゃねぇよ』と言って、冬真の背中を蹴りつつ戻って行った。冬真はあの調子だと、この旅行中まだまだ蹴られちゃいそうだな。
僕に力仕事は向かないので、八千代の手伝いをする事にした。八千代と一緒に火起こしに挑戦する。
炭にジェルタイプの着火剤をぶっかけ、チャッカマンで点火····の筈なのだが一向に点 かない。
「あれぇ? おかしいな····。んー? なんで点かないの?」
「着火剤が少ねぇ。遠慮しすぎな」
八千代は、僕の控えめな性格を愛しいと言わんばかりに、温かい笑みを見せる。なんだか照れくさくなって、視線を八千代からバーベキューコンロへ戻す。
どうやら、思い切ってぶっかけたつもりだったのだが、必要量には達していなかったらしい。
「えっと、もっとかけていいの? 火事にならない?」
「なんねぇよ。もっと思いっきりかけてみろ」
そう言って、八千代は僕の手ごとチューブを握った。ぶじゅじゅじっと、汚い音を立てて大量のジェルが飛び出す。
「うえぇぇぇっ!!? そんなにかけるの!?」
ほぼ1本丸々絞り出した。こんなに出して、火を近づけた瞬間ボンッて爆発したりしないのかな。
「こんだけ炭あんだぞ。こんくらい出さねぇと点かねぇの」
そう言って、チャッカマンを持つ僕の震える手を握り、一緒に点火してくれる。チャッカマンからジェルへ、ゆらゆらと火が灯ってゆく。
こんなにゆっくり燃え上がるものなんだ。そう思いながら、僕はじっと炎を見つめていた。火は徐々に炭へ移り、無事に火起こしが完了した。
そして、思うようにやってみろと言われたので、僕はどんどん食材を乗せていく。八千代は傍で、それを見守ってくれている。
安心感で油断しないよう気をつけながら、大きな円形のコンロに所狭しと食材を乗せた。
「お前、食いたいもん乗せんのいいけどよぅ····」
「んぇ? 何かマズかった?」
「マズくはねぇけど。着火剤はあんなちまちま出すくせに、こっちは豪快だなって」
八千代は、なんだか嬉しそうに言う。なんでだ。
「いきなりロブスター4つってヤバくね? 場所取りすぎだろ。ウケる〜」
またまた様子を見に来た冬真が、並べられた食材を見て笑う。
そうなのだ。真っぷたつにされたロブスターが、かなり場所を取っている。おかげで、他はバーベキュー串が人数分と、とうもろこしが3本しか乗せられなかった。
僕は、醤油ダレをハケでとうもろこしに塗りたくりながら答える。
「だって、ロブスター美味しそうだったんだもん。そんなこと言うなら、冬真にはロブスターあげないからね」
「うーっそうそうそ! ごめんって。いやさ、やってるコト可愛すぎてちょっと面白くなっちゃっただから。な? ロブスター俺も食べたい〜」
「あははっ、嘘だよ。一緒に食べようね」
テントの設置が終わる頃、食材が丁度いい焼け具合を迎えた。待ちに待ったロブスターが、目の前でこんがりと甘く香ばしい匂いを放っている。
「本当に伊勢海老じゃなくて良かったのか?」
朔が、不安そうな目で訴えてくる。これは昨日、啓吾と全力で止めた事だ。僕がエビを食べたいと言ったのが原因だった。
お店にロブスターしか見当たらず、朔が凜人さんに電話して手配させるなんて言った。それも、爽やかな顔で『20折りで足りるか?』だって。誰がそんなに食べるんだよ。そもそも、普通のエビで良かったんだけどな。
僕と啓吾は、足りるとか足りないの問題じゃないんだと、金銭感覚の緩さについてお説教をした。僕を甘やかしすぎる事についてもだ。
そんな感じだった朔は、僕の為に伊勢海老を手配できなかったのが心残りらしい。しょぼくれた顔の朔に『ロブスターだって、凄く美味しいんだよ』って言ったら、伊勢海老はもっともっと美味しいんだと反論された。
頑なな朔に、啓吾の特製ソースをつけてあーんしてあげたら、一口食べて目を丸くしていた。驚くくらい美味しかったらしい。啓吾が、鼻高々に『だろ?』とドヤ顔をキメていた。
バーベキューの最中、ある程度お腹が膨れた啓吾と冬真、猪瀬くんは湖へ駆け出す。幼馴染同士、やはり気が合うらしい。
啓吾と冬真なんて、押し合いながら我先にと湖を目指している。それを、猪瀬くんが後ろから『危ないから押し合ったまま入るなよ』と窘めている。見慣れた光景なのだろう。
「結人も行ってくるか?」
バーベキュー串に齧りつく僕に聞く朔。ど真ん中のお肉に噛みついたまま朔を見上げ、笑われてしまった。
「うん!」
「時間がかかるやつ焼いといてやるから行ってきていいぞ」
「ホント!? んへへっ♡ 朔、ありがと」
「俺、一緒に行くよ。ゆいぴ、ライフジャケット着てね」
「え····」
強引にライフジャケットを着せてくるりっくん。助けを求めて向けた視線の先には、当然だと言わんばかりの八千代と朔。
「過保護すぎるよぉ····」
着せられたライフジャケットの脇に親指を突っ込んで訴える。
「泳げないんだから当たり前でしょ。ゆいぴに何かあったらどうするのさ」
りっくんが、真面目な顔で顎クイをしてくる。物凄い圧だ。
「ここの湖ね、結構深いんだって。啓吾たちのバカ騒ぎに巻き込まれて足つかない所まで行って万が一溺れたりしたら俺死んでも湖の底まで探しに行くし啓吾たち沈めちゃうからね? それでもいいなら──」
湖が深いという情報しか入ってきていない。『啓吾たちの〜』からはとても早口で、一息に言うから殆ど聞き取れなかった。
けど、尋常じゃないくらい心配してくれているのは伝わった。
「も、もう··わかったよぅ。分かったから離してぇ····」
僕は、りっくんの胸を押し返すがビクともしない。そのまま、口端に付いたソースを舐め取られて、背筋をゾワゾワが走り抜けた。
「ん♡ おいし。それじゃ、行こっか」
「····はい」
満足気なりっくんに手を引かれ、僕は湖へ足を向けた。
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