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一難去ってまた····

 八千代は、待ちくたびれて魚を掴み獲りしていた啓吾たちを見て、大きな舌打ちと深い溜め息を零した。 「テメェら、魚蹴散らしてどうすんだよ」  八千の苦言はドスが効いている。朔は、皆に川から上がるよう指示を出した。 「わぁ··、ホントに皆膝下なんだ····」  僕は、中腹辺りで遊んでいた啓吾と冬真を見て、思わず感嘆を漏らした。 「気にすんのそこかよ」  八千代が僕の頭を撫でて笑う。そりゃそうだ。僕はその所為で着替える羽目になったのだから。  朔が手際よく、全員を引き上げて釣りの準備を始めて····いるのかと思いきや。いつの間にか朔も川に入っていて、ワイルドに魚獲りをしていた。  いや、朔に至っては魚獲りではない。持っているナイフを投げて仕留めている。多分、さっき取りに来た忘れ物ってこれだ。 「さ、朔!? 何してるの!? ナイフ投げちゃダメだよ! 危ないよ!」 「だから全員上がらせたんだ。こんなとこじゃねぇと練習できねぇだろ」  一体、何の練習なのだろう····。 「アホか。ンなもんうち来てやりゃいいだろうが。つぅかなんでお前まで釣りする気ねぇんだよ」  だから、何の練習なんだ。それにしても、泳いでいる魚にナイフを命中させるなんてすごいや。  なんだか目が凄く本気っぽいし、褒められたことじゃないけどカッコ良すぎる。アクション映画でも見ているかのようだ。 「わりぃ。魚が泳いでんの見てたら、良い練習になるんじゃねぇかって思って··つい····」  耳を垂らした仔犬のように、しゅんと反省する朔。チラッと八千代覗き見るあざとさは、一体誰に学んだのだろうか。 「ついじゃねぇわ。実家の池にうじゃうじゃいる鯉でも仕留めとけ」 「それはお前··、親父さんが餌やって育ててんのに申し訳ねぇだろ」 「なぁ〜、何の話か知らねぇけど釣りやろうぜ? 結人が竿持ってワクワクしてんじゃん」  啓吾に言われ、ピクッと反応する僕。コソッと竿を組み立てて、皆を驚かせたかったのに。  けど、バレてよかったのかもしれない。丁度、釣り糸が絡まったところだ。 「ふぇ····ごめんなさい」  僕は、糸が絡まり放題なリールと竿を見せて涙を浮かべた。呆れて笑う皆。切ってしまったほうが早いと言って、八千代が絡んだ糸を解いてくれた。  気を取り直して、教えてもらいながら竿をセットしてみる。上手くできなくて時間がかかったけど、なんとかひとりで組み立てることができた。  いよいよ、次のステップへ進む。餌をつけるんだ。前はミミズみたいなのをつけていたんだよね。あれから、こういう日の為に家でこっそり練習してたんだ。  ところてんを針が見えないように刺して刺して刺しまくった。それを今日、ミミズで····ミミズで実践すればいいんだよね。ミミズをところてんだと思って、あんまり見なようにすればきっと大丈夫。  僕は、震える手で餌が入っている箱を開ける。指先が上手く動かせない。勇気を振り絞って、カチッとロックを外す。  パカッと開いたケースの中を、恐る恐る片目で見る。そして、愕然とした。  中に入っていたのは、ねっちょりした生地みたいなもの。(ミミズ)の餌なのかな。 「ねぇ、餌は?」 「今日はこれだ。これをこうやってコネて、小さい団子を作って針につけるんだ。これなら結人でもできるだろ」  と、朔が微笑む。僕の虫嫌いを考慮して、ありがたい配慮をしてくれたわけだ。けど、けれど、だったら僕の苦労はなんだったのだろう。 「えぇ····。ありがとうなんだけど、なんか拍子抜けだよぉ」  僕は、こっそり練習していた事を、こっそり朔に話した。すると、朔が珍しく声を上げて笑い、わらわらと寄ってきた皆にもバレてしまった。恥ずかしいなぁ。  おかげで、難なく餌をつけて釣りを開始する。今更だけど、魚は戻ってきたのだろうか。  ぶっちゃけ、既に皆が狩ったので夕飯の分は事足りている。あとは、無限に食べる僕の分だ。 (自分の食糧くらい、自分で獲っちゃうもんね)  僕は、ふふんと息巻いて水面に浮かぶ浮きを眺める。そんな僕の隣で、静かに投げ入れる啓吾。優しく『頑張ろうな』と言ってくれる。キュンとしちゃったじゃないか。  寄ってきた魚が餌をつつき、上手に餌を崩して食べてしまう様を、僕は唇を尖らせて見ていた。  餌だけ食べ終えた魚が、今度は啓吾の餌に興味を示す。啓吾の餌は、つついただけでは崩れない。僕のとは違うのだろうか。  魚は、パクッと齧り付き、引き揚げた啓吾はまさに機を見るに敏だった。悔しかったはずなのに、無邪気な啓吾の笑顔を見たら、一緒になって喜んでしまう単純な僕。  啓吾のアドバイスで、餌の密度をあげればいいと聞き従ってやってみる。緩すぎず固すぎず、何度かやるうちにイイ固さを見つけた。  僕の餌にも魚が食いつき、いつの間にか隣で僕を眺めていたりっくんの合図で竿を上げる。かかった魚は小さく、僕でも簡単に釣り上げることができた。  誰よりも小さい獲物だったけど、啓吾とりっくんは大物を釣り上げたかのように喜んでくれる。次はもっと大きいのを釣るぞって、気合を入れて投げ入れた。  啓吾がトイレへ、りっくんは追加の餌を取りに、僕は束の間1人で釣りを楽しむ。ボーッと川を眺めていると、向こう岸に人影が見えた。  誰かが渡ったのかな。そう思って、目を凝らして見てみる。視力は良いんだ。けど、随分と離れた所に居て、木の影からこちらを見ているらしく、流石の僕でもよく見えない。  単純な事に気づいた僕は、振り返って誰が居ないのか確認してみる。が、全員こちら側に居る。という事は、僕たち以外のキャンプ客という事だ。 (そっか。ここキャンプ場なんだよね。僕たち以外の人なんて見かけなかったから、今の今まで忘れてたよ)  なんて、間の抜けた事を思っていたら、人影が少しずつ近づいていることに気づく。少し怖くなって、竿を置いて後退る。だって、昨日の今日でお化けだったらどうしよう、なんて思っちゃったんだもん。  僕の様子に気づき、八千代が来てくれた。 「どした? つぅか啓吾と莉久は?」  僕は事情を説明する。八千代がそっちを見た時、もう人影はなかった。一体、何だったのだろうか。  八千代の手を握り、僕は『離れないでね』とお願いした。八千代は、手を離して肩を抱いてくれる。 「(こえ)ぇんか? 一緒に居てやっからビビんな」 「うん····」  八千代の服にしがみつき、僕は心を落ち着かせた。  そうこうしていたら、りっくんが餌を沢山持って戻ってきた。八千代から事情を聞き、皆にも共有して警戒を強める。もしも、お化けだったらどうやって太刀打ちすればいいのだろう。  だけど、皆は完全に人だと見越して対策を立てている。まるで、軍議を見ているみたいだ。皆、真剣な眼差しで周辺の地理を確認している。  昨日までのゆるっとした空気はどこへやら。僕と猪瀬くんを、決して1人にしないようにと厳戒態勢が敷かれた。  軍議と釣りを終え、雰囲気を出そうと焚き火で魚を焼いてゆく。こんがり焼けた塩分強めのお魚が、不安でしょんぼりしていた僕のお腹を満たしてくれた。  朔と八千代は、食後の散歩と称して周辺の見回りへ。その背中は、傭兵っぽくてなんとも頼もしい。周囲を警戒しながら並んで歩く2人の後ろ姿が、あまりにも様になりすぎていて、面白くなって笑っちゃったなんて言えないや。  残った僕たちは、テントの中でイチャイチャし始めていた。だって、啓吾と冬真が『気を紛らわせよう』なんて言うんだもん。えっちな触られ方をして拒めるほど、僕も猪瀬くんもやわな躾られ方はしていない。  すぐにトロンとしちゃって、されるがまま甘い声を漏らしていた。  僕と猪瀬くんの声がどんどん甘さを増していく。お尻もいい具合いに蕩けてきた。啓吾を押し退けて股ぐらに収まったりっくんと、冬真がそれぞれ挿れようとおちんちんの準備をしている。  そんな中、僕はテントの外に見えた人影にヒュッと息を呑んだ。

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