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星が瞬く空の下で

 茜色と夕紫の混じった空を、りっくんと朔に挟まれて眺める湖畔。吹き抜けていく風が、剥き出しの腕をじんわり冷やしてゆく。  じっと座っていたらほんのり肌寒さを感じるけれど、両脇の2人がくっついていてくれるおかげで平気だ。けど、こんなに広いんだからぎゅうぎゅうにくっつかなくてもいいのにな。なんて、ちょっと思ってしまう。 「あ、ゆいぴ見て。あそこの木の上、一番星だよ」 「ホントだ。んへへ、いいお天気で良かったね。流れ星見れたらいいね」 「俺ら全員でお前の願いが叶うように祈ってやるからな。ちゃんと願い事考えとけよ」  このキャンプ一番のイベント、それが流星群を見る事なのだと、ついさっき朔から聞かされた。天候によっては見られないので、ギリギリまで内緒にしてたんだって。本当に、僕を驚かせるのが上手いんだから。  真っ暗になる湖のほとりで、寝転んで見るんだそうだ。だから、僕たちは誰もいないのに場所取りをして、一番星から眺めている。 「えぇ〜··。ありがたいけどさ、朔も何かお願いしなよ。僕の願いは“皆とずっと一緒に入れますように”だから、もう叶ってるも同然でしょ?」  八千代の別荘で流れ星を見逃した時、八千代が言っていたんだ。僕の願いは皆が叶えてくれるって。だったら、それ以上願うことはない。 「お前、今ここで犯すぞ」 「なんでだよぅ····。僕、何か変なこと言った?」 「めちゃくちゃ可愛いこと言った。ねぇゆいぴ、キスして?」 「んぇ!? 今?」 「今」  僕は、勝手に目を瞑って僕からのキスを待つりっくんの唇を、指でピッと押した。 「なんで?」  ゆっくりと薄く目を開けたりっくんは、不満そうに唇を尖らせる。可愛いな。 「また襲われちゃいそうな気がしたんだもん。今日はちゃんと流れ星見るんでしょ?」 「見る」 「だったら我慢しようね。僕、頑張って星見てる間にお肉消化しちゃうから! ··ね?」 「そりゃ吐かせていいっつーことだな?」  後ろから、温かいココアを持って来た八千代が言った。 「だ、だって··、吐かせないようにするのムリなんでしょ? だったら、僕が頑張るしかないじゃない····」 「だな。お前のそういうトコ、マジで好きだわ。んじゃ、結人の腹が頑張れるようにあっためてやんよ」  サラッと甘い言葉を並べると、八千代はりっくんと朔を押し退け、背後から僕を抱き締めてしまった。薄手の毛布で僕を(くる)んで、なんだか救助された人みたいだ。 「ちょ、おい場野! ふっざけんなぁ!」 「俺から結人を引き剥がすなんていい度胸だな」 「るっせぇ。(だぁ)って正面から結人見てみろ。莉久、写真撮って送れ」  八千代は、クソ可愛い僕とのツーショットが欲しかったらしい。キャンプの思い出だって言うんだから断れない。  そんな我儘を通しちゃうから、結局皆と撮る羽目になるんだよね。最後に、遅れてやってきた啓吾と撮って、また八千代の腕に包まれて落ち着いた。そして、暗くなるまでお喋りを楽しむ。  思っていたよりも空が明るくて、皆の顔が良く見える。存外怖くない。何より安心できるのは、皆が近くに居てくれるからなのだろう。  猪瀬くんがスマホで時間を確認して、そろそろだと教えてくれた。もうそんな時間かと、月明かりと星の輝きだけを残し、ランプの明かりを落としたりっくんが言う。 「ゆいぴ、流れ星いっぱい観れたらいいね♡」  りっくんが僕の頬をつついて言う。凄く愛おしそうに見つめてくるものだから、返事も忘れてキュッと目を瞑っちゃった。  そうしたら、八千代が僕の目を覆って上を向かせた。 「や、八千代? 何?」 「お前ら、カメラ準備いいな?」 「「おう」」  りっくんと啓吾が声を揃えた。一体、何が起きているのだろう。僕は、ワケが分からないまま大人しく待つしかない。  ピコンという録画開始音が鳴った直後、そっと手を退ける八千代。八千代に『目ぇ開けてみろ』と言われ、僕は恐る恐る瞼を持ち上げる。  視界が一瞬揺らいだが、すぐにピントが合うと僕は思わず声を上げた。 「う、わぁ··! すご··、ねぇ、空、星凄いね! ふぁぁ··キレー····」  僕は、八千代の手をぺしぺし叩きながら言った。 「ん、綺麗だな」  八千代は、僕の耳に頬を寄せて続ける。 「結人、愛してる」  突然愛を囁かれ、飛び出してしまいそうなほど心臓が跳ねた。 「ははっ、心臓すげぇな。····なぁ、キスしてぇ」  八千代が僕の視界を遮り、そっと唇を重ねる。いつもみたいな、長くて貪るようなやつじゃない。  優しくて甘くて、たった1秒だけの名残惜しくなるようなキス。 「流れ星、いっぱい見るんだろ? キスしてる暇ねぇな」 「ん····でも、もっとシたい」 「ふっ··俺も。けど、続きは後でな」  僕は黙って頷き、八千代と一緒に空へ視線を返す。ピコッと録画の停止音が聞こえ、次々に僕たちの甘い時間へ嫉妬(野次)が飛ばされた。  八千代クレームを一蹴して暫く、静かな星空を眺めていると、それは突然訪れた。チカチカと強く瞬く星々の間を、星がスーッと短い流星痕を引いて流れていったのだ。  願い事をするよりも、僕は皆にも見てほしくて騒ぐ。また八千代の腕をぺしぺし叩きながら、指をさして『見てっ、あそこ!』と叫んだ。  けれど、皆が視線を揃える前に、流れ星は無情にも消えてしまった。 「ゆいぴ、俺たちはいいから願い事しなね? ちゃんとお祈りするんだよ?」 「んぇ····わかったぁ」  りっくんの優しさにしょぼくれていると、また流れ星がスッと現れた。僕は目をキュッと瞑り、大慌てで願い事を考える。 (わっ、願い····えと、あっ、皆も流れ星見れますように!)  ふっと目を開けると、流れ星はもう消えたあとだった。 「ゆいぴ、お願いできたの?」 「····うん。でも、目瞑っちゃったから間に合ったかは分かんないや」 「大丈夫だよ。星が叶えてくれなくても、俺が叶えてあげるから♡」  パチンとウィンクをしてくれたりっくん。便乗して、啓吾が『俺もだかんね♡』とウィンクをくれた。  2人が軽々しくしてくれるウィンクだけど、僕は心臓がギュンてなるから大変なんだよね。イケメンが放つウィンクの殺傷能力をナメないでほしいものだ。 (そう言えば、八千代のウィンクの破壊力も凄かったなぁ。もっかい見れないかな····。あれ? 朔のウィンクって見た事あったっけ? んー··見たいけど、朔はそういのするタイプじゃないもんなー····)  不定期に流れてゆく星を眺めながら、そんな事を思っていた。きっと、僕が頼めばしてくれるだろう。けど、それはなんだか違う気がして頼む気にはならない。  それに、ウィンクじゃなくたって、心臓が握り潰されそうになる事は多いんだ。自ら心臓を危険に晒す必要もないだろう。  と、僕は、ウトウトしながら八千代の胸に頭を預けた。 「眠いんか? まだ10時前だぞ」  そりゃもう、一昨日からを思い返せばクタクタなんだし、なんならずっと眠いよ。だけど、そんなの忘れちゃうくらいノンストップで楽しくて、眠るのが勿体ないと思っちゃうんだもん。そうだ、ありがとうって言わなきゃ。  星が目の前で瞬くような、空ごと落ちてきそうな夜だから、素直にそう伝えたいと思った。案外ロマンチストな自分に、ちょっとぞわっとしちゃったけど、上手く伝えられるかな。 「んー? 大丈夫らよ。寝たくない····。流れ星、いっぱい····ね、キャンプ、楽しいね。連れて来てくれてありがと。また皆で来たいな····。今度は僕が運転して····あ、バナナの皮でスリップしちゃう····」 「結人くーん? もうほぼ夢ん中じゃん。つぅかマ○カーしてねぇ?」 「くっそ可愛い何この天使なゆいぴ。けどこの寝方、起きなくなっちゃうやつだよ。可哀想だけど、ホントめちゃくちゃ可哀想だけど····。場野、優しく起こして」  なんだか騒がしいな。なんて思ってたら、八千代がまた僕の口を塞いだ。今度は、しっかりと舌を絡める長いやつ。 「ん····ンン··ぁ····は、ぁ····」  でも、いつもと違う、優しくて甘ったるくてねちっこくて柔らかいキスだ。凄く気持ちイイ。  段々激しさを増して、八千代の手が僕の喉を覆った。垂れ込んでくる唾液が熱くて、お尻がきゅんきゅんしちゃう。もっと欲しくて目を開けたら、八千代と目が合った。  えっちな顔で僕を見つめる八千代の向こう側に、キラキラ輝く星群。美しいって、これだ。そう思うくらい、八千代が綺麗に見えた。 「起きたか。結人、空やべぇぞ」  朔に言われて見上げると、星が雨の様に降り注いでいる。『わぁ』と感嘆する猪瀬くんの肩を、冬真がギュッと抱き寄せた。それを見て、八千代も僕をギュッと抱き締める。  皆で見るこの星空の眩さを、一生忘れないように胸に仕舞っておきたいな。

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