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不吉なモノフォニー(中)
「君らって、こういうシュミなの?」
自分の体に回された縄を見ながらダツラが嘲る。
「だまれ」
リーダーらしき男がその言葉を一蹴する。
男達に言われるがまま連れてこられたのは廃墟の一室。室内には埃と黴臭さが充満し板が打ち付けられた窓から漏れる光が僅かな明度を調節していた。
わざわざあの場で殺さず連れて来た意図は何か。人質という線は薄いだろう、自分程あの3人は駒として強くは無い。それならば直接攫った方が有利だ。身動きを取れなくしてその間に略取する、という手もあるがそれでもダツラを先に殺しておく方が手っ取り早い。となればダツラの持つ何かしらの情報の開示か。
如何にせよ向けられた殺気から察するに楽に帰して貰えそうも無い。とは言えそれで怯むような男でもない。
「人質って柄でも無いんだけどね。これで捕まってるのがトウキ君で助けるってパターンなら燃えるんだけど。って、あれ?」
そこまで話してダツラは思案を良くない方に巡らせる。
(逆にトウキ君が助けに来たとして、僕が人質になってる訳だから身動き取れないよね?それで解放条件が躰を差し出す事、なんて言われたりして。で僕の見ている前で無理矢理組み伏されちゃった日にはもう・・・・)
妄想がドミノ倒しで花開いていく、いつ如何なる時も己を突き崩さない姿勢は元来褒められるべきだが彼の場合は該当しない。
「おい、聞いてるのか!」
側に居た男が苛立たしげに銃口を向けるがそれすらも意に介さない。
「いや、背徳的でいけない事って分ってるけど興奮するよね?」
「なんの話をしている?」
真顔で男達に聞き返すダツラだが問われた方は完全に引いている。
「嫌がって抵抗するんだけど僕の視線で感じちゃって敢え無く陥落、みたいな。ね」
まるで官能小説でも読み上げているかのようにつらつらと頭の中の淫靡なシチュエーションを言葉に列挙していく。
「でも後から罪悪感に襲われて噎(むせ)び泣いて、それを慰めてあげる。的な展開になったらどうしよう(*'д`*)」
どうしようも無いのはダツラの思考なのだが。ツッコミ役がいないので好き放題に遊んでいる。その姿は一瞬捕まえなければ良かったと男達に思わせる程だった。
「・・・・・・・」
トウキが心配そうにロカイの方を見上げる。けれどダツラの思考データを読み取った彼女は心底軽蔑的な目をいない男に向けていた。
「心配しなくていいと思いますよ」
不意に姿を消してしまったダツラ、いつもの事ではあるがそれでも心配せずにはいられない。方々を探し回っても見つけられずロカイに頼み込んで彼の思考データを読み込む事で手がかりを得ようとした所この有様である。
「もー。ほっときなさいよあんな変態!」
ビャクシャクは呆れるがトウキの不安は拭えない。いつもの様に何事も無く帰ってきてくれればいいが。
未だに彼の奥にある真意は読み取れない。
寄り添い必要以上に近くにいる筈なのに此方から近付こうとすると遠ざかってしまう。掴み所の無い筈なのに気が付くと夜の湖面の様な瞳に絡め取られている。双曲併せ持つ存在。
(本当は・・・・・)
不安なのだ。デリスのように彼もまた自分達から去って行くのが。彼の意思を制限する権利が自分に無い事も一緒にいられる時間が永遠で無い事も理解したつもりではいた。けれど心が優先したのは感情の一方。一緒に居て欲しいと言う考えが浮かんだ時はなんて我が儘な願いだろうと思った。相手を自分の意思で縛り付けるなど天使どころか堕天使でさえ持っていい感情では無い。身勝手な願いばかり浮かぶ自分はもう羽を持つ資格など無いのかも知れない。
(ごめんなさい・・・)
与えられるだけで何一つ報いていない、安穏と暖かい場所に身を寄せているだけで何も出来ない。そしてそのぬくもりすらも自分の嘘で粉々に壊してしまった。ヒトであるという嘘。これ以上デリスやダツラを欺きたくないと思う反面ジギタリスに言われた言葉が脳裏をよぎる。
「天使だから」
天使だから自分は男達から辱められ、欲望の捌け口にされた。デリス達が同じ事をするとは到底思えないがそれでも告白しようとする思いを踏み止まらせてしまう。真実を知った時彼等が何を望むのか。そのことを考えると酷く恐ろしくて悲しくなった。
(ごめんなさい)
もう一度心の中で謝る。何も出来ない自分と向き合う覚悟さえ無い。無残な程弱々しい心、そんな心を読み解かれあきれらてしまった。だから彼はいなくなってしまったのではないか、そんな考えが思い浮かぶ。
「彼が欲しいモノを中途半端に諦めて去るとは到底思えませんが」
自責に項垂れるトウキにロカイが声をかける。「戻って来ますよ」と付け加えた言葉にトウキは小さく頷いた。
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