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不吉なモノフォニー(前)
「とおりゃぁぁ~!!」
青空の下、ビャクシャクのかけ声が響き渡る。
気合いの発生と共に放たれた蹴りは見事目の前にいた男の腹に命中し相手は崩れ落ちていく。
「どうよっ」
自慢げに腰に手を当てるが背後から向けられた殺気には気づけずにいた。
(あぶない!)
ビャクシャクの背中目掛けて振り下ろされたナイフをトウキのロッドが受け止める。柄を軸に回転させ刃を受け流す。切っ先が逸れた瞬間を狙いトウキの背中に飛び乗ったビャクシャクがその勢いのまま回転蹴りをおみまいする。こちらも見事命中しもう一人の男も仰け反るように倒れる。
「クソガキが!」
最初に蹴りを放った男への攻撃が不完全だったのだろう、男は膝立ちで銃を構えるが別方向からの銃弾で武器を弾き飛ばされてしまう。
「子供相手にムキになって恥ずかしくないの?」
2丁銃を携えたダツラが小馬鹿にしたように笑う。
「冷却完了」
ランチャーを構えたロカイが間髪入れずに発射する。弾丸は2人の男とダツラの髪の一部を焼いて爆発した。
「チッ」
「今舌打ちしたよね、ってか明らかに僕狙ってたよね」
「あたしまで当たる所だったじゃない!」
非難囂々のダツラとビャクシャクを無視してロカイが爆風で乱れた裾を優美に唯していく。似たような事なら以前ダツラもデリスにやってのけたのだがそれは棚に置いているらしい。
デリスがハンゲと遭遇する1週間前の出来事だ。
彼の足取りを辿りたいと逸る気持ちとは裏腹に4人は行く先々で色々な相手に絡まられていた。
ダツラの怨恨から始まりトウキやビャクシャクを略取しようとする人身売買や果てはロカイにちょっかいを出そうとする男まで、兎に角引っ切りなしに襲われていたのだ。
「はあ~恐かった」
悪漢に対してでは無くロカイに対して言ったのだろう、なだれ込む様にダツラがトウキに抱きつく。
「ちょっと!離れなさいよっっ」
ビャクシャクがダツラのジャケットを渾身の力で引っ張るが中々手を離そうとしない。
「ビャクシャクちゃんもぎゅってする?」
「ばっ・・・・・バカなこと言わないでよ!そんな事する訳ないでしょ」
抱きつかれたのを想像してビャクシャクが真っ赤になる。天使とはこうも純情なのだろうか。一方抱きつかれたままのトウキは心配そうにダツラを見ている。焦げた髪の部分、アンドロイドなので髪の毛は生え変わらないと思うのだが、彼はこれからどうするのだろうか。
「私の事子供扱いして・・・・だいたいアンタいくつなのよ!」
言われたダツラはトウキから腕を放して考え込む。
「う~ん。起動したのが60年ちょっと・・・・製造年で言えばもう少し前かな?」
「はっ?」
トウキを自分の腕に戻したビャクシャクが固まる。
「はい~~~っっ!?」
(きゅ~・・・・)
ビャクシャクがこの上なく身体を引かせて驚く。トウキの方は耳元の大絶叫と回された腕を締め付けられた勢いで驚く暇も無い。
「旧式ですね」
「ご安心を。スペックはキミより数段上ですから」
アンドロイド同士か火花を散らす。どうあっても馴れ合う気はないようだ。
「アンタねぇ・・・・そんだけ年喰っておいて!」
アンドロイドだけあって年相応の落ち着きは無いようだ。寧ろ見た目と同じ25位の色々な意味で盛りの時期の男性的な行動や言動である。
けれど見た目15~16で実際は半年と2年しか経っていない自分達が言うのもどうだろうかとトウキは思ってしまった。
矢張り人、もといアンドロイドも天使も見かけには寄らないのだ。
「・・・・・・」
そこでふと疑問が湧いたトウキがロカイの方を向く。
「女性に年齢を聞きますか?」
目の奥を光らせロカイがランチャーを構えた。これには命の危機を感じ慌ててトウキが首を振る。
「ロカイは28年前からいるよ。まあ、年相応だよね」
あっさりとダツラに年齢をバラされたロカイが一瞬固まるが直ぐに煉獄の炎の様な怒りを背に讃えるのをトウキとビャクシャクは見ていた。
「それにしても」
ランチャーで散々ダツラを打ち据えて倒したロカイが幼子達を見る。
「随分連携が取れるようになってきましたね」
まだ新しい武器に慣れないとは言え日を追うごとにトウキは戦い方を学んで行っている。猪突猛進気味な
ビャクシャクが道を切り開き出来た隙をトウキが補う。コンビネーションの取れた動きは先程の戦いでも充分に発揮された。
「まあ、姉弟だしね」
ロカイに足蹴にされながらもダツラが笑う。
「良かったね。お姉ちゃんがいて」
「おねっ・・・・・」
単語に反応したのはビャクシャクの方だ。真っ赤になって固まるが悪い気はしないのだろう。髪を揺らし自慢げに胸を反らす。
「そうか・・・そうよね。ふっふ~ん」
赤くなったり上機嫌になったりとコロコロと機嫌を変える姿はあまり似ていないが。どうやら姉と言う言葉がお気に召したようだ。
「ふふっ。これからはお姉ちゃんって呼んでも構わないわよ」
「?」
言われた方のトウキは今ひとつ話に着いていけなかったらしい。小首を傾げてしまう。だがこれがいけなかった。
「ばっかじゃないの!アンタにどう思われようと私には関係無いんだからっこんなの唯の呼称じゃないっっ!」
(きゅ~~~)
怒りと照れ隠しからトウキを小突き回すビャクシャク。おかげでトウキは今日2度目の目を回す羽目になるのだった。
「そもそも話せないと思いますが」
呆れるロカイを余所にダツラはその光景を眩しそうに見ていたが不意に目を逸らしてしまう。
「・・・・どちらへ?」
自分の足下から這い出た男を冷ややかな目でロカイが追う。
「ん~。ちょっとヤボ用」
のんびり返すとダツラはそのまま路地裏へと消えてしまった。その後ろ姿を見てロカイは溜息を吐くばかりだった。
雑多なゴミが散乱する人気の無い通りをスーツ姿の男が一人歩いて行く。夜の湖面の様な黒い瞳には通り過ぎる景色は映っていない。瞳の奥にあるのは先程見た映像、少年の姿。戸惑いはあってもそこに警戒心や怯えは無い。日増しにあの子は頬から哀を消し影を明るさに変えていく。頬を紅に染め、笑う姿はいじましくも思える。
けれどそれは自分が与えた物ではない。
「まあ、家族に会えれば当然か」
男は自分の手をじっと見つめる。もしあの瞳に悲しみが残っているとすれば今はいないもう一人の男の事。自分では無い。
「僕はもう必要ないのかな?」
誰に交わす訳でも無い疑問をぶつける。たとえ今この場から自分が消えてもロカイが勤めを果たすだろう。記録された幼い笑顔を繰り返し映す。ヒトでは無い自分。
(バグ・・・・・)
疎外感をたっぷりと味わっていたがそれを打ち破る不快な気配も同時に感じていた。
「で。いつまで着いて来るの?」
振り返ったダツラが片目を瞑って呼びかける。その声に反応して男が物陰から姿を現す。
「男に付きまとわれても嬉しくないんだけど」
軽口を叩く背中に硬い物が当たる。それが銃口だと気付くのに時間は掛からなかった。どうやら敵は複数いたらしい。
「おとなしく着いてきてもらおうか」
しわがれた声が路地裏に響く。ゆっくりと両手を挙げるダツラの目はどことなく侮蔑を孕んでいた。
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