12 / 14
第2-4章~繋ぎ合わせたフリアント(後)~
「何なんだ!お前は」
デリスが剣を構え直しハンゲに向き直る。窮地を助け出されたとは言え気を許す訳にはいかない。敵の敵は味方、とは限らないのだ。
返り血がハンゲの病的なまでに白い肌に、鮮やかに散っている。デリスは自分でも気付かない内に重心を後ろ足に掛け後傾の姿勢を取っていた。
ハンゲの持つ得体の知れない気配に本能が警鐘を鳴らす。
「あの子が固執するから何かと思えば。只の粗暴な無神論者。確固たる信念があるようにも見えない」
デリスの事など意に介していない様子でハンゲは思案を巡らせている。
「高い知識があるようにも見受けられない。鼻梁が整っている訳でも特筆するような資質を備えているとも思えない」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ!」
苛立ちを隠せないデリスがハンゲに噛み付く。デリスの殺気など気にも止めずにハンゲはゆっくりと向き直る。
「つまらない唯の人殺しだね」
凪の様な穏やかな声がデリスを絡め取る。一瞬何を言われたのか分らない程その声は静穏で殺伐としたこの場には相応しくない様に思われた。
「なっ!ふざけんな!!」
漸く言葉を飲み込んだデリスが怒鳴る。均衡を保ったままの状態に痺れを切らしハンゲに斬りかかる。
上から振り下ろされたデリスの刃をハンゲもまた剣で受け止める。刀身が炎のように波打った細身の剣。
間髪入れず横へ薙ぎ払うが嘶きを上げ再びゆらめく刃に拒まれる。
幾度となく剣が混じり合い火花を散らして行く。荒れ地を二人の剣士が縦横無尽に駆け巡る。
あの細い腕の何処にそんな力があるのか、ハンゲはデリスの渾身の一撃を受け止め押し返してくる。
「クソッ」
再び刃が混じり合う。刀身が跳ね上がってしまい確実にパワー負けしているのを隠すように両手に力を込めるがハンゲは表情一つ変えることは無い、それどころか身を低くしたハンゲに拳で腹を殴られてしまう。
信じられない力で吹き飛ばされ立木に背を打ち付けるとデリスは崩れ落ちてしまう。
「グッ・・・・ゲホッ!」
ぶつかった衝撃で息が詰まる。酸素を求めて身体中の血管が収縮した。
「秀でた戦闘能力がある訳でもない」
呼吸を乱すこと無く再びハンゲは考え込む。
「でもー」
ようやく立ち上がったデリスにハンゲが間合いを詰める。
纏わり付くような殺気と共にハンゲが刃を振り下ろす。頭上ギリギリで今度はデリスが刃を受け止める。
闇色の瞳と目が合う。自分の暗闇など足下にも及ばない程の深い黒。全てを引き摺り出され奈落へと沈められそうな気さえした。
「ここで殺しておくのが得策、か」
刃を引き突きの体制へ移行したハンゲの剣を横に飛び抜く事でどうにか避ける。
先程と違い攻撃へ転じたハンゲに対してデリスは防戦一方だ。太刀筋が全く読めない。剣術を使う相手とは何度か戦った事はあるが、こんな事は今まで無かった。
どうにか反撃を試みるが、放った一撃は波打つ刃に絡め取られそのまま薙ぎ払われてしまう。
「しまっー!」
払われた衝撃で剣が弾き飛ばされそうになるのを必死で耐えたがバランスを崩してしまい片膝を着く。
首に狙いを定めた攻撃をどうにか剣の芯でガードするがこれ以上耐えられる自信は無かった。
「グホッ・・・・」
不意に先程ハンゲに切られた男が咽せ混むように口から血を吐き出す。
背中を深く抉られていたが辛うじて息をしているようだ。
「どうして・・・・・私は・・・・・貴方を・・・・・」
息も絶え絶えに男が言葉を繋ぐ。その内容からは2人が敵対しているようには見受けられなかった。どちらかと言えば近しい間柄、その相手に裏切られた驚きが垣間見えた。
「ああ。まだ生きていたの」
あっさりとデリスへの攻撃を中座してハンゲは男に歩み寄る。
「大丈夫。もういいんだよ」
穏やかな声音と慈愛に満ちた笑みを男に向ける。
刹那-。
「ーなっ!」
ハンゲは男の頭に剣を突き立てるとそのまま刺し貫いた。
「ターゲットは仕留められ無かったし。邪魔だから」
鈍い音が辺りに響く。
男は手足を軟体動物の様に暴れさせたがそれも束の間、直ぐに動かなくなった。
血溜まりが広がりハンゲのローブを赤く濡らして行く。
「何考えてんだ!テメエはっ!」
冷たい衝撃がデリスの背中を走る。この2人は味方では無かったのか。仲間割れなどと言う生易しい言葉では片付かない惨劇。
手段の為なら味方を手に掛ける事すら厭わない。あの男、ジキタリスと同じだ。
いや、深い闇を束ねる目の前の青年はもっと危険だ。
幼い顔立ちが頭を過(よ)ぎる。
あの子をこの青年に遭遇させる訳にはいかない。自身の死に対してすら湧かなかった焦りと恐怖が込み上げてくる。
力量の差など気にしてはいられない、剣を中段に構え直すと再びハンゲに斬りかかる。
だがハンゲの方は相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
切っ先を勢いよく振り払うとハンゲの剣に付いていた返り血が払われデリスの頬を赤く汚していく。
「クソッ」
肌に纏わりつく不快な感覚を堪え刃を斜めに切り下ろす。舞うように身体を反転させたハンゲもまた剣を切り上げる。
刃と刃が交差し甲高い金属音が辺りに響く。
お互いの力が拮抗した剣はピクリとも動かない。歯を食い縛るデリスに対しハンゲは相変わらず穏やかな表情を浮かべていたが何かに気付いた様子を見せる。
「どうやら私よりも貴方を殺したい人間がいるようだ」
慈しみ深い笑みを見せデリスを蹴り飛ばす。まともに足技を受けてしまいデリスが倒れ込む。それでもハンゲを睨み剣を手放そうとはしない。殺されるならせめて一太刀、一矢報いる覚悟だった。だがハンゲの方は笑みを口元に浮かべたまま陽炎の様にその姿を揺らめかせると虚空へと消えて行く。
「待ちやがれっ!!」
咄嗟に剣を振り上げるが刃は空を切るばかりだ。ハンゲの姿はまるで最初から無かったかのように跡形も無くなっていた。
「そんな…バカな…」
身体が冷え、一気に思考が回復していく。人が消えるなど有り得ない話だ。まさか自分は今まで幻覚と闘っていたとでもいうのか。
「違うっ!」
蹴られた脇腹を押さえる。あの青年は確かに存在していた。まやかしや幽霊などでは無い生きているモノの呼吸と気配。けれど人のそれとは異なるように感じた。バケモノ、そう呼ぶより他に言葉が見つからなかった。
「!?」
刺すような殺気を背に感じその場を飛び退くと無数の銃弾が地面を抉った。
「チッ!またかよ」
体制を立て直し相手に向き直ると深い茶の瞳と目が合った。
「…!」
腰まで伸ばした長い髪、梟のペンダントを着けた女性が隠す事の無い殺意を放ち立っている。
頬から血が地面へ滴り落ちる。
返り血を浴びた自分と憎悪に満ちた瞳。
あの日と同じだとデリスは感じていた。
自分の妹を殺めたあの日と。
ともだちにシェアしよう!