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第1話

 馬鹿みたいに混み合っている地下鉄の4両目で、吉良は押し潰されるように端っこに突っ立っていた。  自動車での移動が殆どだから、満員電車には慣れていない。乗るのはいつぶりだろうか。こんなに不快なものだとは思わなかった。  両隣の男の汗ばんだ肌が身体に密着していて気分が悪い。どこからか漂ってくるキツい香水の香りせいで頭がガンガンと痛む。おまけに吐き気までしてくる始末だ。  腕時計を見ることができないから正確には分からないが、目的地まであと1時間はあるだろう。吉良は心の中でため息をついた。  その時だ。腰のあたりに違和感を感じる。サワサワと何かで撫で回されているようだ。偶然当たっているだけだと思っていたが、これは違う。明らかにわざと触っている。 ────まさか、痴漢?  吉良はゾッとした。自分は立派な成人男性だ。細身で色白とはいえ、体格はしっかりと男であるし、女性に間違えられるわけはない。明らかに、自分を狙って触っている。  戸惑っているうちに、その手が胸元に伸びる。するすると胸板を撫でたかと思ったら、胸の突起の周りを円を描くように優しくなぞり始めた。 「……んっ!」  乳首をカリカリと爪で弾かれ、思わず声が出てしまった。ふっと、耳元で笑い声が聞こえた。意外ではないが、やはり犯人は男だ。  乳首を弄り続けるその手を払いのけてやりたいが、人と人との隙間に挟まれているせいで身動きが取れない。腕さえ動かすことができれば、こんな指、へし折ってやれるのに。  痴漢だ!なんて叫ぶのはプライドが許さないし、そもそも自分は公安刑事だ。目立つことだけは絶対に避けたい。  この男が飽きるまで適当にやり過ごそう。そう思った時。 「ひっ……!」  きゅっと乳首を摘まれ、また小さな声が漏れる。隣の男に視線を送られた気がして、吉良は恥ずかしさのあまり俯いた。  立ち上がった突起を再び爪で弾かれれば、腰のあたりに甘い疼きが走ってしまう。吉良は唇を噛んで、漏れそうになる声を必死に抑えた。 「自分、感じとんの?」  耳元で男が笑う。予想よりずっと若い。驚いて振り返ろうとしたが、やはり身動きが取れず顔を確認することはできなかった。 「ちが……」  小声でそう否定する。しかし身体は快感を拾い始めている。そんな自分の身体に驚きを隠せない。まさか、こんなことをされて、感じてしまうなんて。恥ずかしくてきゅっと口を結んだ。 「違わへんやろ?ほら、勃っとるやん」 「あっ……!」  もう片方の手が吉良の股を弄る。触られて初めて、ソコが大きくなってしまっていることに気づいた。 「いい加減にしろ……!」  低い声でそう牽制するが、男は馬鹿にしたように笑うだけだ。悔しくて歯を食いしばった。 「もっと気持ちよくなりたいんちゃうん?」 「やめ……っ!」  あろうことか、男は吉良のベルトを外し、ズボンの前をくつろげ始めた。必死に抵抗しようとするが、どう頑張っても人の体に挟まれていて、腕を動かすことができない。 「もうぐちょぐちょやで」  先走りで滑った性器を刺激されれば、また甘い声が漏れそうになる。肩で口を塞ぎ、吉良はなんとか耐えた。 「おにーさんは、こっちで気持ちよくなってもらおかな」 「は……」  カウパー液を纏った指が、後孔の蓋をなぞる。そんなところ、誰にも触れられたことなどない。軽くパニックになりかけていると、指が一本、ナカに挿入された。 「んぁ、やめろ……」 「キッツいな……おにーさん、初めてなん?」 「当然だろ……!」 「はは、いじめ甲斐があってちょうどええわ」  耳元で男が笑う。ナカに入れられた指が肉壁をなぞる。その感覚に身慄いするが、同時に下半身のソレは熱くなっていく。そんな自分の身体が許せなくて、歯を食いしばった。 「二本目、挿れるで」  つぷり、と二本目の指がナカに侵入してくる。圧迫感が苦しい。やめろ、と男に向かって何度も言うが、男はお構いなくぐちゅぐちゅとナカを掻き回していく。 「はぁ……んっ!」 「ほら、感じとるやん。変態やなぁ」 「ちが……あぁっ!」  ある一点をトントンと刺激された瞬間、目の前に星が飛んだ。なにが起こったのかわからない。吉良は口をはくはくと開け、身体を震わせた。 「前立腺。気持ちええやろ?」  ごりゅごりゅとソレを押し潰しされると、何も考えられなくなってしまった。触られるたびにナカがきゅんきゅんと唸り、男の指を締め付けていく。 「んぅ……っ!はぁ、……っ」  甘い声が漏れて止まらない。周りの乗客にチラチラと見られている気がする。羞恥心で顔が燃えるように熱い。 「ほん、とに……やめろよっ」 「あそ、じゃあやめるで」 「あっ……」  ずるり、と指が引き抜かれる。その瞬間、なぜか切ない声が出てしまった。  やっと苦痛な時間が終わったと、本来なら安堵するべきだ。それなのになぜか、心がモヤモヤしてしまう。  空っぽになったナカはきゅうっと疼き、次の快感を待ち侘びている。もっと気持ちよくしてほしいと、一瞬思ってしまった。そんな自分の身体を受け入れられなくて、吉良は俯いて唇を噛んだ。 「本当はもっと気持ちよくされたかったん?」 「そんなわけ……!」 「まぁ、明日ここで待っとるから、続きされたからったら来てええで」  ワイシャツの胸ポケットにメモ用紙を差し込まれる。また会える、そう思った瞬間、安堵してしまった自分がいた。 停車駅を知らせる無機質なアナウンスが流れる。ぽん、と肩を叩かれたと思ったら、男は姿を消した。吉良は慌てて身なりを整え、モヤモヤとした気持ちを抱えながら、目的地まで電車に揺られた。

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