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第1話 神様
次こそは、ちゃんと恋をしよう。
そう、思った。
そう、決めた。
「あのっ、そのお守りをっ」
ただのお守りだ。
大量生産なのだし、ご祈祷などがしてあったとして、本当にこのお守りに魔力……ではないけれど、何か神秘なパワーなんて備わってないと思う。こんなことを境内の中で思うのはばち当たりだろうけれど。きっとお守りに神様のパワーなんて備わってはいない。
それでも、今の僕にとってはとても大事なお守りなのだ。
「お守りを一つ、ください」
恋愛対象は全て男性だった。
初恋は中学生の頃。
友達だった。
その次は中学三年生の時、受験の真っ最中、他校の男子中学生だった。高校生の時は同級生、あと、先輩を好きになったこともある。
けれど、そのどれも叶ったことはない。
当たり前だ。
同性云々以前の問題だから。
一度も告白したことがない。
一度たりとも、好きだと相手に伝えたことがない。
伝えていないのだから、相手は僕の気持ちに気付きようがない。僕の恋はいつも、片方。
半分しかない。
僕は、片思いしか、したことがない。
「あ、あの、このお守りを一つ、ください!」
人がすごくて、僕のか細く遠慮している声では到底、巫女さんには届かなくて、じゃあ、と大きく声をあげたら、音量を間違えてしまった。
ものすごい大きくておかしな高音の自分の声が境内脇のグッズ……ではないけれどお守り売り場に響き渡ってしまった。
そして音量を間違えたことに自分もびっくりして、またもっと声がひっくり返って。
「こちらですね?」
「はい! 紐が赤いのをっ、一つ」
あぁ、またちょっとひっくり返ってしまった。恥ずかしいな。
けれど、巫女さんはそんな僕の胸の内なんて知るわけもなく、にっこりと笑いながら、その指差した先の赤い紐で結んであるお守りを一つ、紙の袋へと。
すぐに使う。
いや、使うわけではないけれど、すぐに紙袋から出してしまうから。結構ですよって、お断りした。
ゴミ問題、今の政府にとっても大きな課題なのだから。
小さなことからコツコツと。
先生からいただいた教訓の一つだ。
僕は一つ増えてしまうところだったゴミを減らすべく、急いで巫女さんを阻止しようと、手を伸ばした。
「お釣りはない、と思うので」
一つ七百円なのは調べた。この混雑だし、手間がかかってはと釣り銭のないようにって準備してきたんだ。その代金をまず巫女さんへと手渡して、また手を伸ばす。
その手に赤い紐で結んであるお守りが。
「ご苦労様です」
「あ、ありがとうございます」
あるのかな。
あったらいいな。
僕にも。
そういう縁が。
神頼みでもしたら、少しは臆病な僕でも勇気を持てるかな。
勇気がない……から。
でも、頑張りたい。
今度は。
今度は勇気を出して、頑張りたい。いつか、また誰かを好きになったら、僕は今度こそは――。
「…………ぁ」
あんなふうに、なりたいんだ。
「……」
少し離れたところに久我山さんがいた。
僕の……好き……だった人。
背が高いからとても目を引いた。初めてお会いしたのは、先生の食事会に同行した時だった。その時一目惚れをした。とてもかっこよくてスマートで。でも、もちろん、そんな人相手に言えるわけがない。誰もが彼の魅力にうっとりしているのに、僕なんて、敵うわけがないから。
好きです、なんて言えるわけがない。
だから、こっそり想っていただけ。叶えようなんてこれっぽっちも思わなかった。
「……」
その隣には聡衣君という人がいる。
彼は、僕の好きだった人の恋人。
久我山さんが選んだのは僕と同じ同性だった。
けれど僕とは全く違う人だった。外見だけではなくなんというか全てにおいて、可愛らしい人、素直で、表情豊かで。
何を話してるんだろう。
僕はいつも彼のことを視線で追ってしまっていたからわかるんだ。あんな顔をしている彼を見たことない。
久我山さんがあんなに優しく笑ったところは見たことがない。もうそれだけで、どれだけ彼のことを久我山さんが好いているのかわかってしまう。
いいなぁ、と思った。
僕もって、そう思った。
あんなふうに恋を――。
「スー……ハア……」
深呼吸を一つした。
そして、ゆっくり、ゆっくり一歩前に足を出す。
恋をしたいから。
だから進んでみよう。怖気付いてばかりではいけないと、一歩踏み出そう。そう決めたのだから。今年の僕は変わりたい。
あんなふうにしたいから、変わらなければならない。
僕は。
「こ」
恋が……。
「ここ!」
したい。
「公衆の面前なのですが!」
そんな決意を胸にぎゅっと、今買ったばかりのお守りを握り締めながら、込め……。
「しかも神社という神聖な場所で何を元旦から見つめあって、先ほど。ご高齢のご婦人が目を丸くしてました! もう少し場所を考えたらいかがですかっ!」
込め……。
「ですが!」
込めすぎて、しまった。
ですが、を二度も叫んでしまった。
不恰好だなぁ、もぉ。
「明けましておめでとうございます」
ちっともスマートじゃない自分の新年の挨拶に、顔が勝手に仏頂面になってしまった。
「おめでとうございます」
「!」
やっぱり、かっこいいなぁ。
僕も。
「お、おめでたくなんかないですよ……」
僕にも、こんなふうに優しく笑ったりできる恋をすることができるのでしょうか。
神様。
そう胸の内で問いかけながら、手の中にある縁結びのお守りをぎゅっと握り締めた。
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