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第37話 君はおしゃべり禁止です。
なんてことだ。
見られてしまった。人様の、しかも恋人になりたてで、今日はもしかしたら一線を超えてしまうかもしれないけれど、でも、まだ越えてない恋人の部屋、家着までお借りしている身で。
ただ。
こんなところに入るのだろうかと、そう思っただけ。
だって、こんなに早くシャワーを終えてしまうなんて思わなかったから。まだそんな濡れ髪のまま急いで来るなんて思わなかったから。
上半身裸だなんて、思わなかったから。
確かめたかっただけなんです。
心配になっただけで。
入るのかなって。
大丈夫かなって思っただけで。
あぁ。
「あ、あのっ、これはっ」
穴があったら入りたい。
今すぐ入って、そのまま一生こもっていたい。
「……………………はぁ」
「!」
大急ぎで半分、膝のあたりまで下ろしていた河野さんの家着のズボンを急いで腰当たりまで引っ張った。けれど、三角? 体育? とにかく膝を抱えて座っていたから立ち上がることもできず。
だって立ち上がったら、その下半身が見えてしまう。下着は身につけていないから。
でもせめてと、恥ずかしい場所が見えないようにとぎゅっと膝を抱えて、手でその辺りを隠した。
今、こっそりと自分の指でつついてみた辺りを。
溜め息つかれてしまった。
きっとなんてことだって呆れてる。家主のいない部屋で何をしているんだって、もしかしたら嫌われて――。
「油断ならないなぁ」
「!」
ほら。
「何してんの?」
「こ、これは、その入るのかなって、あの、さっき河野さんの大きかったので、だからあんなに大きいのが僕のその、そそそそその、入るのかなって思って」
「……」
「ぼ、僕、したことがないので、未経験なので、その、しかたは知っているのですが、同性で行う場合に必要なローションも手元にないし、したことがないからそもそも初めてでできるのかなって、素朴な疑問が……大きいの、入らなかったらどうしようと心配に。それに河野さんがそのがっかりするかもしれないって。がっかりしてほしくなくて。だから」
「もうさ……ちょっとだけおしゃべり禁止」
「は、はいっ」
大慌てで返事をした。
普段はもっと上手に話せる。けれど、河野さんを前にするとどうしても上手じゃなくなる。だから口籠もってしまう。普段ですらそんななのだから、今、この状況ではもう話すのも、伝えるのも下手すぎる。コミュニケーションがとても大事な仕事をしているくせにって呆れてしまう。
「すみ……ません」
「そーじゃなくてさ」
「?」
河野さんは大きな溜め息をまた一つついて、僕はその溜め息に飛び上がってしまいそうなほど狼狽えた。
今日はもう気分が変わってしまったかもしれない。いや、もしかしたら。
「大きい、大きいってさ、入るかなとか、未経験だとか、初めてとか」
気分どころか気持ちまで変わってしまうことだって。
「あんまそういうこと言わないように」
「……」
「可愛すぎるって」
「!」
「蒲田……」
「っ! あ、あの」
「冷えてない? 寝室、一応エアコンつけておいたけどさ」
「あ、あのっ」
「これ、興奮するわ」
「!」
家着の中、裸なんだよねって耳元で囁かれただけで、頭のてっぺんから火山でも噴火してしまいそうになってくる。
「ひゃ、あっ」
三角? 体育? 座り方の名前がまだ定まらないけれど抱えていた自分の膝をもっと強く抱えた。
「あっ」
手で在らぬところだけをどうにか覆い隠していただけれど、お尻が、その、お尻が丸出しで。
その丸出しのお尻を撫でられただけで、気恥ずかしさにおかしくなりそう。
「蒲田」
「あ……ふ……ん、ン」
そのお尻のところ、腰の辺りまで辛うじて引っ張っていた家着のズボン。それを河野さんの指を引っ張ってしまう。
「ン」
ドキドキする。太腿とズボンの間に河野さんの指が入り込んで、くすぐるように肌に触れるから、ゾクゾクしてしまう。
さっき、一度、達したはずなのに。
「あっ」
脱がされてしまう。
ズボン脱がされながらの口付けにほろほろと恥ずかしさが消えていく。
キスに翻弄されてしまう。
口の中を河野さんの舌に弄られると何も考えられなくなってしまう。
ほら……もう……。
「……ぁ」
もう、とろけてる。
あんなに恥ずかしくて、穴があったら入りたかったはずなのに。
「やばい……」
何が、ですか?
「可愛い」
僕が?
可愛くないんてない。ちっとも。でも――。
「河野さんはすごく……」
でも、もうよくわからないけれど、河野さんがかっこいいから手を伸ばして、そのとてもかっこいい顔を両手でそっと包んだ。
「……かっこいいです」
そしてその顔に辿々しいけれど僕からキスをした。
僕からキスをしたのは初めてだった。河野さんみたいに上手なキスではないけれど、辿々しくて初心者のする唇に唇が触れるだけの拙いキスだけれど。
「かっこいい」
僕は大好きな人にキスができてとても嬉しくて。
キスを一つしたら、なんだかとても好きって伝えたくて仕方がなくなってきた。
そして、なんだか無性に、この人のものに、今すぐなりたくなってきて。
「すごい……かっこいい」
早く、河野さんのものになれないかなって、とにかく、ギュッてしがみついた。
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