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第36話 穴、入る?
何もかも不慣れだ。
「……これ、なんのボタンだろ……わっ、霧になった」
シャワーヘッドにボタンが二つあったから一つを押したらシャワーのお湯が出てきて、もう一つを押したらお湯が霧状に変わった。きっとこっちのボタンはお湯の出方が切り替わるボタンなんだ。
「わぁ……気持ちい」
旅行とかでもなく、自分の部屋のバスルームを使ったのっていつぶりだろう。子どもの頃、義君のおじさんのお家に泊まった時以来かな。お泊まりまでできた親戚は義君のところくらいだ。他の従兄弟は僕は人見知りしてしまってそこまで一緒にいるのは難しかったから。
「わ……今度は強いっ」
もう一度ボタンを押したら今度は真っ直ぐものすごい水圧で水が噴射されて、僕は大慌てでそのお湯を止めた。
「……びっくりした」
ここが河野さんのおうちのバスルーム。
―― 続きはシャワーを浴びてからだな。
そう言われたんだ。
そして、お湯が沸くまでの間に河野さんが僕用の着替えやバスタオルを用意してくれて、僕は今、シャワーを浴び終えたところ。
髪も洗った。身体も……少し丁寧に、いや、ものすごく丁寧に洗った。
今、着替えを。
「……わ、大きい」
それはそうだろうけれど、でもこんなに大きいんだ。びっくりした。手、袖ですっぽり覆われて見えない。これじゃお化けみたい。ルームウエアのズボンも長くて、裾を折らないと、今度は長袴みたいになってしまっているし。それに――。
「あったまったか?」
「……はい」
それに、上下用意されてた、けど。
「……あの、これ」
「っぷ、あははははは」
「!」
着替えを終えて、部屋へと戻り、尋ねようと思ったところで河野さんにものすごく大笑いをされてしまった。お腹を抱えてまで笑っている。
「いや、そんな残念そうな顔されると思わなかったから」
「! なっ、なんっ、なんっ」
「だって、服着るの? って顔するから」
だ、だって。
「いや、俺もシャワー浴びるから、その間に湯冷めさせられないじゃんってだけ。ちゃんと続きするし、結局はスッポンポンになるよ」
「すぽ!」
「スッポンポン。じゃあ、俺シャワー浴びてくるから。部屋ん中勝手にしてていいから。冷蔵庫の中、たいしたもんないけど好きに飲み食いしてもらって構わないし」
河野さんは僕の、まだ少し濡れている髪を指先でもてあそんでから、その頭のてっぺんをぽんって撫でて、まだ換気扇がフル稼働しているお風呂場へと向かった。
「頭もう少し乾かしときな。あとスーツは寝室にかけてあるから」
「す、すみませんっ」
「いーよ」
そう言って唇の端だけで笑いながら。
今も、わかっちゃったのかな。
僕が何を考えてたのか。
―― そんな顔されたらさ。送れないじゃん。
あんなこと言うんだもの。それにお風呂入ったから、代わって河野さんもお風呂に行ったから、きっと今日はこのまま夜を一緒に。
そう思ったことを知られてしまったのかもしれない。
「……」
全部、不慣れで、全部、初めて。
河野さんのお部屋も、お風呂場も、なんだかすごい機能がたくさんついたシャワーも、それから。今、ベッドの所に座り込んでもいいものなのかも。好きにしていいと言われたけれど、それでもリビングのソファにいた方がいい? ベッドに行く……とは思うけれど、今から行っていたらせっかちだと思われる?
どこで河野さんを待っていたらいいのかすら不慣れでわからない。
ここで、いいのかな。ダメ、かな。でも、僕の着ていたスーツが寝室のところにかけられているから、きっとこっちで合っていると思うんだ。
わざわざちゃんとかけてくれるなんて。
―― ひゃあああ、あ、あ。
あんな行為も。
人にあんな箇所を触られたことなんてない。気持ち良くてどうにかなってしまうかと思った。
「あ、そうだ。仕事のメールとか」
一応、いつも寝る前には確認しているんだ。緊急事態が発生したりしてないか。この仕事ならそんなことも多々あるから。
けれど、特に急を要する連絡は来てなかった。よかった。もし来てたら、続きができないもの。
「!」
今、自分の中で勝手に捏造した「続き」をしている想像図に一人で真っ赤になった。
「スッポンポン……」
続きをするんだ。僕よりこんなに手が長くて、足が長くて、かっこいい河野さんと、続き。さっきの、続き。
「兜合わせ……っていうんだ」
つい調べてしまった。さっきの行為の名前。お互いのを擦り合わせてする行為。
ドキドキしたし、すごくすごく気持ち良かった。あの続きをする。
なら、その、上下服を着てしまったままでいいのかな。河野さんには笑われてしまったけれど。裸でするでしょう? 服脱がないのかな。それとも、続きと言っていたけれど、あの行為が最終的な行為だと思っているのかな。河野さんは同性愛者ではないから、それ以上のことを知らないのかもしれない。知らないのなら説明しないと。
セックス。
する、かな。
してくれる、かな。
「……っ」
できる、かな。
したこと、ないもの。
そっと、自分のそこに触れてみた。河野さんに家着をお借りしたけれど、でも流石に下着は身につけてなくて、そんな下半身の無防備さと、下着をつけてないことにドキドキしていた。
触ったことは、ない。
実家住まいだった時はもちろんそんなことしたことない。家を出て自立してからは忙しかったし、誰かとその行為をすることは、きっと多分ないだろうから触ったりしなかった。
誰ともすることがないだろうと思っていたから、触るの怖かった。
「……ぁっ」
ちょっと指でつついただけで、ものすごくびっくりして勝手にそこがキュッとなってしまう。
「っ」
こんなの。
こんなとこ、入る、の?
河野さんの?
――俺も、ガチガチ……。
あんなに固くて大きいの。
入る、の?
ここに、ちゃんと。
「蒲田、こっちに来てたんだ」
「!」
気がつかなかった。もうシャワーを終えたなんて気がつかなくて。
「……」
「あ、あ、あ、あ、あのっ、あのっ」
僕は、今。
「あのっ」
見。
み。
「えっとっ」
見られて。
でも、あの、こんなところにちゃんと入るのだろうかと思っただけで。
そう心の中で一生懸命に弁解しながら。
入るのかなって思ったもので。
でも今は入るのかな、ではなくて。
穴があったら入りたいって。
そう思った。
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