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第35話 いや、です。

 行っちゃ……いやです。  そう思ったら、勝手に手がぎゅっと河野さんのシャツの裾を握っていた。  お部屋に招いてもらってから、緊張していてほとんどちゃんと話せていない。河野さんにばかり話させて、不慣れだからって気を使わせて、お仕事忙しいって言っていた。暇じゃないから、わざわざ外での食事も、ボウリングだってしないって言っていた。誘っていただいて、お仕事の合間で、早く寝たいかもしれないのに、僕のことをかまってくださって。  呆れられてしまってもおかしくない。  退屈だからとあくびをされてしまっても仕方がない。  友人たちと話して飲んでいる方がよっぽど楽しいと思われたって、しょうがない。  けれど、行っちゃ……や。 「あぁ、それじゃ……」  いや。 「……ごめんなさい」 「……」  自分がぎゅっとしがみついている河野さんのシャツの袖をじっと見つめていた。 「今の、同僚からの電話。今、飲んでるから来ないかって」  いや、です。 「まぁ、それは断るつもりだったけど。女の子いるみたいだし」 「……」 「前に頼んだんだよ。フリーだからって、それで律儀に電話くれた。だから断るけど。でも、そろそろ送ろうと思ってた」 「……」 「思ってたんだけど」  そっと。  そーっと、視線を、河野さんのシャツが皺くちゃになるまで握りしめている自分の手からゆっくり腕を辿って、肩を通り過ぎて、河野さんのほうへと向けた。 「送るの……」 「……」  じっと僕を見つめてた。  あまりお話できていないけれど、それでも顔を見ていれば何を考えているのかわかってしまうんだっけ。それなら今僕が考えてることも伝わるのかな。  今、考えていることが。 「……ぁ……河野、さん」  伝わるのなら恥ずかしい。  今、僕はそんなことを考えてしまったから。 「送るの、やめたくなるじゃん」  どこにも行っちゃいやです。  僕は帰りたくないです。  僕は貴方と、もっと。 「そんな顔されたらさ」  もっと。 「送れないじゃん」  もっと――。 「ん……ふ……」  舌が絡まる。 「ンンっ」  ゾクゾクする。 「あっ……ふ」  口の中がすごい、熱くて。 「んっ」  唇、が濡れてしまう。 「ん」  舌、とろけてしまう。 「ん、はぁっ」 「……大丈夫?」 「ん、ぁ、らいじょうぶ、です」  舌ったらずになってしまった。それがとても気恥ずかしくて、キュッと肩を縮めると、ならよかったって河野さんが心臓がきゅうって音を立ててしまいそうなほど優しい声で笑ってくれた。 「蒲田……」 「あっ」  キスとは違うゾクゾクがものすごい速さで背中を駆け回った。首筋にキスをされたら、どうにかなってしまいそうな初めての快感に足の先が勝手に丸まる。 「あっ……」  首くすぐったいはずなのに。普段、誰かに触られようものなら飛び上がって、もしかしたら相手を蹴ってしまうくらいにくすぐったくてたまらない場所のはずなのに。くすぐったさの中に、普段なら感じることのないようなものがじんわりと滲んでた。 「あ、ン」  僕の声なのに。 「ひゃあっ」  僕の声じゃないみたいだ。 「あ、あ、あ」  こんな声、恥ずかしいのに。  この声が零れ落ちるのを止められない。 「!」  とろけてしまっていたけれど、キスの音と自分のこぼしてしまう甘ったるい声とは全然違う、無機質なベルトの金具の音に、慌てた。 「あ、あ、ああの」  そこ、今、あの。 「あのっ」  ダメ。そこは僕、今。 「キスだけで?」 「!」  羞恥心がカァって頬から首筋に走った。 「あ、あの、これは」 「どっか、しがみついてな。俺の肩でも首でも、どこでも」 「あ、あの、あの、でも、僕っ」  幻滅されてしまわない?  本当に大丈夫?  恥ずかしい。  どうしよう。  戸惑う。  だって、そこは。 「や、やっぱりっ、そのっ」 「蒲田が可愛いから俺も」 「!」 「ガチガチ……」 「……ぁ」  そっと河野さんの手が僕の手を引っ張って。  触れたら。 「硬い……」 「蒲田」 「は、はいっ」 「しがみついてな」 「ぁっ……」  こんなの頭がおかしくなる。  ダメ。  返事をしたら、そのまま深い、舌が絡まる濃厚なキスに攫われて、そして。 「! んんん」  溶けてしまう。  だって、河野さんのと、僕のが一緒に、河野さんの手に、その。 「ひゃ、あっ、あ、あ」  僕はソファから引っ張られて、河野さんの上に乗せられてしまった。足の上にまたがるように座って、向かい合わせで。 「蒲田」 「あ、あ、あ」 「すご、これ」 「ひゃあああ、あ、あ」 「っぷ、色気ない声」 「! ご、ごめっ」  もうほとんどパニックで、変な声が出てしまった。こんな状況で、下半身なんて、こんなにして、それで変な声なんてそれこそ呆れられてしまうと、またおかしな声を出してしまわないように、急いで口をつぐんで。 「なんで、そんな可愛いかな」 「ひゃ!」 「……やばい」 「あ、あ、あ」  河野さんの手が僕のを握って扱いて。  河野さんの大きいのが僕のと擦れて、濡れて。 「ひゃ、あ、あ、あ」  とても恥ずかしいこことをしてるのに、あまりに気持ち良くて、羞恥心が追いつかない。それよりも、好きな人にこんなことをしてもらったら、きもち良くておかしくなりそう。  おかしくなっちゃいそう。 「あ、あ、あ、あっ」  も。 「蒲田」 「ひゃ、あぁっ! あ、あ、あ」  イッちゃいそう。 「っっっっっ!」  ドクドクと放ってしまった熱に、呼吸が乱れて、足の先がジンジンと痺れていた。 「…………ぁ」  ど、しよ。 「あっ……」  河野さんの手を汚してしまった。 「蒲田」 「ん」  けれど、同じくらい呼吸を乱した河野さんにキスを、深くて濃厚で、クラクラするキスをされて、もうあまりちゃんと考えらてなくて。 「続きはシャワーを浴びてからだな」  僕は、素直に頷いていた。 「……河野、さん」  好きな人の名前とっても甘い声で呼んでいた。

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