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第34話 ぎゅっと握った

 ずっと手を繋いだまま電車に乗っていた。チラチラ向けられる視線、河野さんはちっともきせずに、普通に話してた。  ゴールデンウイークになったらテントもちゃんと設置して本格的キャンプをしよう。  釣りもいいかもしれない。  釣りの道具もあるから。  他愛のない会話。  でも男同士、しかも会社員だろうスーツの男性が二人手を繋いでいる。まるでデートをしている男女のように。  ――手……あの……。  小さくそう呟いてみたんだ。  そしたら、お話ししていたのを少し止めて、僕の手首を握る手に力を込めて。  離そうとはしなかった。  僕の手を。  慣れればいいわけだって言ってた。  だから手を。  繋いだまま、当たり前のように話を続ける河野さんを見つめてた。 「ぁ、あの」 「どうぞ」  手が離れたのは河野さんが自宅マンションのドアを鍵で開けた時。  駅を降りてそこから数分、歩いている間も手を繋いだまま。 「お邪魔します……」  河野さんの……お部屋。 「適当に座ってて。まだ酒飲む?」 「あ、いえ……あの」 「じゃ、水……」 「あ、りがとうございます」 「どーいたしまして」  ソファに座ると、ペットボトルの水をくれた。 「あの」 「手はさすがに慣れた?」 「……ぁ」  今度はお部屋で指を絡ませるように手を取られて、僕の頬はもうきっと真っ赤になっている。それを実感するくらいに頬のあたりが熱くてたまらない。 「あの……」 「うん」  ドキドキして、心臓が止まりそう。けれど、手を絡め取られていて胸のところでぎゅって、いつもみたいに、防御するように手置くことができない。 「すっご、頬熱い。熱あるみたいになってる」 「だ、だっ」  だって、頬にキス、されたから。それから。 「あ、ああぁぁぁぁの、あの、すみ、すみ、すみ、すみっ」 「済み? 手は慣れたから済み?」 「い、いえっすみませんって言おうとっ」  そうじゃなくて。でも、あの、えっと。 「あと、あります!」 「?」  ―― あとはなんか、ある?  さっきそう訊かれた。タイミングは突然だし、そんな今更、その質問に追加で答えてもおかしいけれど。 「あるんです。その、さっき、手、ぎゅってしてる理由、なんかあるって……あるんです」  ぎゅっと握れないけれど、勝手に指先が河野さんの指を握りしめてる。力が、勝手にこもっちゃう。 「あるんです」  消えちゃいそうな小さな声なのは。  答えによっては消えてしまいたくなるほど悲しい気持ちになるかもしれないから。 「あり……ます」 「……」 「僕、男……です」 「……」 「可愛いって言っていただけるの、すごく嬉しいけれど、顔、顔が可愛いと思ったことは自分自身ないです、けどっ、でも、もしも仮に顔が可愛いとしても、でも、僕、男性なのでっ」  息ってどうやるんだっけ。  話す時ってどうやって声をちゃんと出すんだっけ。  ただ話してるだけなのに目が潤んじゃうのってなんなのだろう。 「その女性じゃない、から……河野さんが……僕じゃ……」 「……」 「やっぱり恋愛対象には……」 「は、はいっ」 「え? あ、はいっ」  急な河野さんの大きな声につられるように僕も大きな声で返事をしたら笑っている。  びっくりした。  すごく。  びっくりした。  だって急にそんな大きな声出すんだもの。 「最初、あぁ、なんか可愛いって思ったのは、その返事」 「……」 「元気で、なんか可愛いって」  僕の返事の声? 「はいっ」って言った僕の返事の声? 「次に可愛いって思ったのは、真っ赤な頬」 「……」 「胡蝶蘭抱えてた時とか、一生懸命でさ」  あの時? 「で、話してみたら面白かった」  僕も、すごく楽しかった、です。 「あと心地よかったな。声とか仕草とか、雰囲気も」  僕は二人でお話をしている時の、河野さんの柔らかい言い方がすごく好きで。かっこよかった。 「それでキャンプに誘った」  楽しかったです。 「チョコレート、すごい美味かった」  よかった。甘いの苦手だったらどうしようかなって。 「本当に一人キャンプすると思わなかった」  だって、豚汁、美味しかったから。 「もうあとは、ハマってた」  僕は、河野さんのことが好きになってた。 「さっきあんま話せなくてって言ってたけど、全部顔に出てるよ、だから大概分かる」  そう、なの? 「で、俺の恋愛対象が女性ってことで躊躇うんだろうけど。まぁ、あれ」  どれ? 「忙しくてっていうのもあるけど、食事とか今日のボウリングとかもそう、アウトドアじゃなくて街中で会ってる理由」  理由……は? 「蒲田と」  僕、と? 「……」  河野さんがそっと手を伸ばして、真っ赤になっている頬を包み込むように片手で触れた。優しい掌に包まれて、優しい指先に耳朶をなぞられて、そのくすぐったさに身を捩りながら首を傾げると。  笑ってくれた。  優しく、眩しいみたいに目を細めて。 「……」  大概、分かる。全部顔に出てる。  そう河野さんがさっき言ったけれど、今の、河野さんも、考えてることが全部、顔に。 「蒲田……」  顔に、出てる。  優しくて、嬉しそうで、その表情を僕は見たことがある。僕に向けて? なの? そんな優しい笑顔を僕に? 河野さんが?  本当に?  僕へ? 「まぁ、部屋に連れ込めるかな、とかな」 「ぁの……」 「でも、ま、無理すんな。初めてだろ? 付き合うとか。少しずつ慣れてくんでいいよ」 「!」  そうじゃなくて。今、言いかけたのは戸惑ったからではなくて。 「っと……わり、電話だ」 「は、はいっ」  頬を撫でてくれた手がパッと離れて、それで、ソファに置いていたスーツの内ポケットでブブブと鈍い振動音を響かせているスマホを手に取った。 「もしもし? ……は? 何? ……今?」  電話に出た声が少し無遠慮だった。口調からしても友人とか、同僚とか。 「飲んでるって……いや……」  飲み会の誘い。 「あー……いや……そうだっけ」  行っちゃうかな。 「そうだな……」  行っちゃ。 「いや、また…………」  やだな。 「…………」  気持ちが勝手に僕の手を動かした。 「……今度」  河野さんのスマホを持っていない方の手をぎゅっと握っていた。 「今日は……大事な用があるから……」  行かないでって手が彼を引き留めていた。

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