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第33話 ぎゅって

 驚いて声も出なかったのは女性も、僕も、だった。 「はぁ、面白かったなぁ。すっごい顔してたな」  だって、河野さんはもともとは女性が恋愛対象で、声をかけてきた女性は別に容姿に問題があるようなところはむしろなくて。どちらかといえば、むしろ男性からは好印象だと思った。一緒にいた女性も綺麗な方だった。テレビドラマに出ている、名前を忘れてしまったけれど、有名な女優さんに少し似ている感じがした。  なのに、河野さんは僕とデート中だからって。 「蒲田?」  断ってしまうなんて。 「おーい」 「……あのっ」  ボウリング場は駅から少し歩いたところにある。土地を大きく使って、大都会のオアシスのようなものをイメージして作られたんだろう広場の花壇には綺麗なチューリップが色々な色形で咲いていた。僕らはそのチューリップの花壇の間を二人で歩いて駅へと向かっていた。  ふと僕が立ち止まると、隣にいたはずの僕へと河野さんが振り返った。  いいんですか? 断ってしまって。  そう訊いてしまいそうになった。  クセが抜けなくて。  そもそも叶うはずがないっていうクセ。片思いとまだ勝手に頭の中が思ってしまう。 「……あの」 「言っちゃまずかった?」 「い、いえっ、そんなことはっ……ない、です」  飛び上がりそうなほど嬉しかった。 「でも、その、河野さんは女性が……そのモテたら嬉しいだろうに、なぁって」 「……なんか、俺、モテない男だと思われてる?」 「そんなことないです! かっこいいし、優しいし、なので、モテると思いますっでも、その、断ってしまって」 「いや、断るでしょ。デート中に他の女の子と遊ぶなんて最低なことは流石にしないけど?」 「でもっ」 「あのね……っていうか、そもそも誤解してる」 「……?」  何を? 「俺、そう優しくないと思うよ。職場の新人とか訊いたら驚く」  でも、すごく優しい人。 「そりゃ、好きな子にはフツー優しいでしょ。俺、Sじゃないし」 「えっ」 「エス……」 「……ス」  じゃあ、僕が河野さんを優しい人だと思うのは……僕が貴方に好かれてる……からって。 「蒲田に会いたいから会ってんの」 「!」 「なんでそこで驚くの。可愛いなぁ」 「だ、だって」  どこにも可愛い要素なんてない。さっき河野さんに声をかけた女性のようなふわふわした髪も、可愛い声も小さな手も持ってない。  だから小さな声で可愛くないですって呟いた。自分のことを自分でそう言って少し悲しい気持ちになったから。 「いや、かわいーでしょ」  河野さんが僕の頭をぽんってした。 「かわいーじゃん。真っ赤で」  そして、僕の髪を長い指に絡めて、たったそれだけのことで真っ赤になる僕を眺めてる。 「あのさ。どうでもいいと思ってる相手とわざわざ待ち合わせて飯食ってボウリングするほど暇じゃないって。そんならうちに帰って寝てる。どうでもいいと思ってる相手をキャンプになんて誘わない。そもそもそういう奴らと会わないでストレスフリーになりたいからキャンプしてる」  髪に神経が通ってるようだった。 「だから、あんなナンパなんて無視するに決まってる。まぁ、今回はただやってみたかったんだよね」  何を、ですか? 「ドヤ顔して断るっていうのをさ」 「!」  髪からジリジリと電気が走っているような気がした。 「ただそれだけ」  ジリジリして、じっとしていると目眩がしてしまいそう。 「あとは?」 「?」 「あとはなんか、ある?」 「……」 「ずっとしてるじゃん」  何を? 「手」  手? 「ずっとぎゅって握ってる」 「……」 「なんか、不安? 俺が蒲田と付き合ってることがまだ信じきれないとかさ」 「……」 「ある?」  気が付かなかった。  手、ぎゅっと握ってるって。  それは、まるで怖がってるような。身構えているような。そんな仕草に見える。でも実際、そうだ。 「これ、は」  ひっくり返ってしまいそうな声で小さく呟いた。 「これはまだ……慣れなくて」  小さな小さな声だけれど、河野さんが耳を澄ませてくれているから、そっと呟いた。 「僕、好きな人に好かれるのって、初めてで」  顔から火が出てしまいそうだ。喉奥も熱くて上手に話すことができない。それなのに真っ直ぐ見つめられてしまったら、僕はどこへ自分の視線を向ければいいのかもわからなくて。 「お付き合いの仕方もわからなくて、不器用で……」  顔なんて見られるわけがなく、とにかく視線を泳がせていた。  夜風に揺れる色とりどりのチューリップばかり見つめている。  フリルのように可憐な花びらをしたチューリップ。きっとさっき河野さんに声をかけた女性が愛でたらとても似合うだろう愛らしい花。 「なので、慣れてないんです。す、好きって思っていただくことに」  じっと見つめられてる。そのことに呼吸の仕方も忘れてしまいそう。 「頭も、身体も」 「……」 「上手にお話しできないくらい頭の中がこんがらがってしまうし、そのドキドキしてしまって」  気がつくと、さっきからドクドクと大慌てで血を身体中に巡らせる心臓のところをでやっぱり手をぎゅっと握っていた。 「心臓がっ」 「じゃあ、慣れればいいわけだ」 「え? わっ」  思わず声が出てしまった。手を、ぎゅっとしていた握り拳、その手首を河野さんがそっと掴んだから。 「あ、あのっ」 「帰る」 「え? あ、はい」  あぁ。 「俺の部屋に」 「えっ?」  もう少し一緒にいたかった。そう落胆しかけて指先がぎゅっとなっていたのを解きかけて、その言葉に、また指先がキュッと力を込めた。

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