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第39話 ハートのかたち
気持ち良くて、僕は溶けちゃうかもしれないと、思った。
でも、溶けなかった。
「シャワー……ふわふわする……」
なんだろう。何に似てるかな。まさに地に足がついてない、という感じ。でも足はちゃんと地面についていることを目視で確認して、じっとその自分の足元を見つめた。
さっき、数時間前に入ったけれどもう一度シャワー浴びてる。
お風呂の椅子に座りながら、後頭部と首筋の辺りにシャワーのお湯を滝行みたいに当てつつ、ふわふわジンジンしている自分の足の指をぎゅっと握って、パッと開いた。足の指も手の指先がまだジンジンしてる。
「……」
足と指だけじゃない。
お尻……のとこ、も。
「ひゃ、ぁ……」
ジンジンしてて。
なんというか、その、つまりは……はい、入っている感……というか、挟まっている感というか。
「ひゃぁぁ」
意識をそこに向けてしまうと、ついさっきの自分が溺れるようにぎゅっと抱きつきながらしていた色々がものすごい勢いで蘇ってきてしまって。
思わず声が出てしまった。
そして、お湯を頭から被ったままぎゅっと自分の顔を両手で覆った。
し。
し……。
してしまった。
裸で。
いや、裸でするものだろうけれど。
してしまった。
セ……。
――ったく。
「!」
――なんだよ、もうっ。
「あ! はぎゃっ」
自分が今、両手で顔を覆い隠して滝行していたことを忘れていた。パッと顔を上げた瞬間、顔にお湯が全部かかって。鼻にお湯が。
「ゲホッ、ゴホっ、あたた……ゲホっ……ケホ」
鼻にお湯が入って咽せちゃった。
まだ少しケホケホしながら、あの時のことを思い出して。
怒っていた?
最中、そんなことを言われた。もう最後の、あの、た、た、たたた、た、達してしまう直前くらいで、僕は無我夢中だったから、その時はわけがわからなくなっていたけれど。
でも確かにそう言ってた。
「まったく、なんだよ、もう」……って。
どうしよう。
怒ってた、のかな。
でも、その後も続けてくれたし。
けれど、思えば、あの時、あの後から、な、なんだかちょっと激しくて。僕はその激しさにしがみついてるくらいしかできなかった。
しがみつきすぎて苦しかった、とか?
動きにくかったとか?
もしくは…………。
「下手……」
だって、してもらってばかりだったでしょう?
「きっとそうだ」
うん。
きっとそう。
拙すぎたんだと思う。
僕は初めてだけれど。
彼は……河……せ、せい、せい……成徳さんは初めてじゃないし、そもそもいつもは女性とこういうことをしていたわけだから。
「……」
そしてシャワーを頭から浴びて、髪が全部おでこにくっついてしまっている自分を見つめる。
きっとそう。
きっと、物足りなかったんだと思う。
だって僕には胸がない。乳首はあるけれど、でも膨らみがないから揉んだところで楽しくない。
それでいてもう全てにおいてしどろもどろで、してもらうばっかりで。
それだけじゃない。抱き締めた時の心地だって違ってるはずで。骨っぽくて、確かに細いかもしれない、いつだって服はエスサイズだし、通販で洋服を買う時、自分の身体のサイズを入力すると、たまに、二、三回に一回女性物の服がオススメに上がってきたりはするけれど。
けれど……細いだけでゴツゴツしている。
女性とは全然違う。
でも成徳さんは異性愛者だもの。
だから。
「……」
いつもなら、ここで、やっぱりそうだよねって、思っていた。
僕はきっと諦めていた。
物足りなかったんだ。男の僕はそもそも彼の恋愛対象から外れているんだもの。仕方がない。
今までの僕がここにいたのならそう思っていただろう。
やっぱり僕なんて、と後退りしていたかもしれない
でも。
――貴方みたいに。
「っ」
でも、僕はもう、決めた。
――だからこれは次の恋のためのお守りです。
今、ここにはそのお守りがないけれど。
――次、誰かのことを好きになったら、ちゃんと言おうって思ったんです。
そう決めたんだ。だから、諦めない。引かない。
――貴方みたいに。
聡衣君と久我山さんみたいに、恋をしようってそう決めた。
「よし……」
滝行をしながらぎゅっと目を閉じた。
「頑張ろう」
決めたから。
次はちゃんと恋をしようって。片方だけ、半分しかない「恋」じゃなくて、もう半分もちゃんとくっついた、ハート型。そういう恋をしようって決めたんだ。
だから。
今、僕は。
「ひゃ、ああああああああ!」
滝行のために、意を決してお湯をお水に、チェンジ。
「え……天然がすぎるけど?」
「………………ひゃ、あああああああああ!」
「あと、近所迷惑。まぁ、うち、高級マンションだからここで叫んでもお隣とか大丈夫だけどさ」
だ、だって。
「っていうか、なんで水出してんの? つめた」
だって、お風呂に一緒になんて思わなくて。
「あと、すっごい慌ててるわりに」
だってだって突然お風呂に成徳さんが乱入してくるから。
「っぷ、全然見てんじゃん」
だって、好きな人が裸ん坊なら見てしまうのは仕方がないことで。両手で顔を覆った、指の隙間からちょっと見ちゃうのは仕方がないわけで。
「見るならどーぞ、ほら」
「は、は……はわっ」
そして顔を覆い隠していた手を掴まれて、顔を見られて。
「真っ赤」
笑っていた。
僕の好きな人が真っ赤になっている僕を見て笑って。
「良い身体してた?」
「は、はひ?」
「面白すぎ、佳祐」
そう言いながら、楽しそうにキスをした。
僕はきっと変な顔をしていただけでなく、もっと色々変だったと思う。だって、本当に良い身体、ナイスボディしているんだもの。同じ性別で、同じ男で、身体の仕組みは何一つ違わないのに、僕には成徳さんの身体がドキドキで目視するには刺激が強すぎるほどの代物なんだもの。
でも。
僕の身体はきっとそこまで成徳さんにとっては楽しい代物ではないでしょう。
だから、頑張ろう。
そう思った僕はきっと、色々が混ざった面白い顔をしていた。ドキドキと、ちょっと落胆とでもめげないぞっていうやる気の混ざった変な顔。
そんな僕を見つめている成徳さんから、今、もらえたキスはさっきまでベッドでしていた最中のやらしさも、色っぽさのない。
お色気ムードが皆無すぎのキス。
歯がちょっとだけぶつかって。
「っぷ」
そんな下手なキスに成徳さんがまた笑ってくれた。
僕はこの人とハート型の恋がしたいと、胸の内で強く思った。
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