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第40話 ブリキな蒲田君

 頑張ろう。  恋をする。  そう決めたから頑張ろう。  諦めない。  半分でいいなんて、僕だけの片思いのまま終わりでいいなんて思わない。諦めるのはちゃんと失恋した時だけと、そう決めたから――。 「……はぁ」  だから、そのためにどうしたらいいのだろう。  そう思いながら、ランチを食べていた。  まずは呆れられてしまったこと。つまりはその、えっと、なんというか、その、夜の営みというか、えっと。 「セックス!」  ランチのタコライスが口から噴き出すかと思った。  そ、そんな大きな声でその単語を口にしてしまっていいの? あの、そこの女性お二人は。 「んもー、最悪」 「えー、そう?」 「セックスなんて一晩に何回もとかやってられない」 「えー?」  あ、僕と同じ人だ。やってられないのではないけれど。そうではなくて、そんなに体力がもたない。一回でふわふわとろとろになってしまって。 「もう一回とか言われて、狸寝入りしたら、すっごいすねてさぁ」 「いーじゃん付き合ってあげれば」 「いやよ。平日だよ? 次の日だって仕事があるんだから寝る」  確かに仕事はあるけれど。でもそれが理由ではなくて。 「そんな仕事仕事ばっかいって、夜の相手してあげないと逃げられちゃうかもよ?」  え? 「別にいいし」  逃げられてしまうことがある……のです?  つまり僕がふわふわとろとろで一回しかできなかったのを複数回こなせるようになったほうがいい、のです?  とりあえず。その夜の営みの技術面ではまだまだ劣るし、合格点からは程遠いだろうけれど。  まずはふわふわとろとろ状態に陥らないようにするところから。 「!」  これだ!  うん。  まずはこれ、だ! 「え……何、あの人」 「えぇ……さぁ?」  思い切り勢いよく立ち上がってしまった。その余りある勢いでレストランの観葉植物で区切られた席から、ニョキッと生えるように飛び上がった僕の姿に、僕が立ち聞きをしていた会話中のお二人が怪しい男がいるぞとこっちをチラリと見た。  申し訳ないです。  盗み聞きは良くないです。  すみません。プライベートなお話に聞き耳を立ててしまいました。あと急に立ち上がってしまい驚かせてしまいすみません。  心の中でペコリと頭を下げてお会計へと向かった。  とにかく。  これをしてみよう!  まずは体力づくりから。 「よぉーし」  行ってみよう。  これは……どうしたものか……。 「先生、お、お、お疲れ様です」 「おや……どうかしたのかな? お疲れ様なのは蒲田君のようだ」 「い、いえっ申し訳ございません!」  立ち上がるだけで悲鳴を上げた太腿にものすごい顔を引き攣らせながら、それでも先生をお迎えせねばと、まるで今にも軋んだ音でも出そうなぎこちない動きでお辞儀をする。先生はその姿に笑って、いいよ、と優しく僕を制した。  申し訳ないです。  と声だけは無事だからお礼を言って、今度は逆再生かのように、片手をついてゆっくりゆっくり席に着いた。  先生はその姿にも笑ってくださった。  朝、出勤した時はここまでではなかったんです、と心の中で弁明しつつ。今現在無事な顔だけはいつも通りに、ピッとさせて。  出勤してすぐ、午前中でデスクワークを片付けてしまおうと座っていた。デスクワークの間は全く支障はなかったし気が付かなかった。むしろずっと座ったままでいられたから、随分と捗ったデスクワークに嬉しくさえなったのに。  それは突然のことだった。  お昼になる少し前だったか、立ち上がった時。  もう、その時には太腿が大変なことになっていた。  パンパン、だ。  もう……パンパン。 「君にしては珍しい。どこか怪我でもしたのかな。それなら」 「いえ! 至って健康です!」 「そう?」  情けない。 「はい! これは!」  まさかの事態だ。 「これは、その、ただの筋肉痛なんです」 「筋肉痛?」 「……そのランニングを」 「ランニング?」  朝、どのくらいだろう。でも、そう長い距離ではない。僕はほとんど運動しないから急に何キロもなんて走れないとのわかっていた。だから、とりあえず、近所の周りを二周してみた。トレーニングウエアなんて持っていないから、軽装で、とりあえず、少しだけ。その時はなんともなかった。むしろ、朝からこんなふうに身体を動かすのは清々しくて気持ちがいいなんて思っていたくらい……だったのに。 「今朝?」 「は、はひ」 「またどうして」 「体力をつけようと」  まずは行動する、これ、とても大事。なんて思いながら、朝、自宅マンションの周りを二周ちゃんとやってから出勤したことに嬉しくなっていたけれど。まさかこんな筋肉痛になってしまうなんて。 「それはすごい。体力はあるに越したことはないし。朝からの運動はとても体にいい。筋肉痛も若い証拠だ」 「? そうなのですか」 「すぐに筋肉痛になるのは若いって証拠だよ。あははは」  でも朝、したんです。朝走って、お昼に筋肉痛っていうのは若いからではなく、ただの。 「あははは」  ただの運動不足極まりないだけなのでは。 「頑張ってね」 「!」  でも、だからこそ、これは頑張らなくちゃいけない。体力つけなくちゃ。 「はい!」  またそのうち二回目がある……と信じて。その時こそ、成徳さんを落胆させることのないようにしないと。 「頑張ります!」  だって、僕は次こそ、ちゃんと恋をしようって決めたのだから。

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