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ヤキモチエッセンス編 11 普通だったわ。全然、普通、河野は、思った。

 朝、頭上に置いたスマホがか小さく電子音を鳴らしてすぐ、僕は少し焦りながらそのアラームを止める。  ギリギリ、セーフ、だと思います。 「……」  ほら、まだ寝てます。  寝顔も素敵な成徳さんをじっと観察した。  大丈夫そうです。  起こしてしまったりはしていないみたいです。  僕はそっと、これもまた起こしてしまうことのないように細心の注意を払ってベッドを抜け出した。  週末でもアラームはかけておいてる。  もちろん、平日の早い時間よりは遅い時間に設定してあるけれど。でも、もしもアラームをかけないでいて、寝過ごしてしまったら、せっかくの休日が台無しになってしまうから。  まずはヒタヒタと素足で歩きながら、日差しをシャットアウトしてくれるカーテンを開ける。最近、越前くんに仕事を教えることが多く外出もあまりしないでデスクにいたからかなぁ。なんだか背中が縮こまっている気がして、ぐーんと背筋を伸ばしながら、全部の部屋に朝日が入るようにカーテンを開けていく。  それからお水を一杯飲んで。  顔を洗いにバスルームへ。 「……」  バスルームの鏡を見て、なんだかホッとした。 「……たくさん」  首筋、うなじにはたくさんのキスマークがついている。  昨夜、お風呂に入り直した時に確認したけれど、まだちゃんと残ってるかなぁって。  でも、ほら、鏡で確認したら、ちゃんと残っていた。  よかった。  薄くなっちゃってないかなって。普段はあまりこういうの付けないので。ほとんど毎晩する度にキスマークをつけていったら、日々増えて大変なことになってしまうから。それに仕事柄、どこかで誰かに見つかったりして、よからぬ噂が生まれてしまうかもしれないから。僕は良くても、先生にご迷惑をおかけすることになったら嫌だから。  だから、これはとても特別な印なんです。 「……」  思わずにやけてしまうくらいに、特別で、嬉しくなる印なんです。  ――ちゃんとシャツの襟のラインからははみ出ないだろうけど。  はい。ありがとうございます。  昨夜、一緒にシャワーを浴びながら、ご自身で僕に付けてくれたキスマークに溜め息をついてた。  ――相当だな、って。  相当? って、首を傾げたら、笑って。  ――相当、ベタ惚れしてるんだなって。  そう言って、シャワールームでも一つつけてくれた。  ――佳祐。  ――あ、あ、入っちゃう。  濡れ髪を掻き上げる、セクシーすぎる成徳さんにもう一回そこでも可愛がってもらえた。  のぼせてしまうかと思いました。ベタ惚れって言ってもらえて、昨日はたくさんしてもらえて。 「ふふっ」  思い出すと、ほら、ちょっとおかしい人みたいです。一人で鏡をじっと見つめて、一人で笑ってる。 「朝ご飯、作ろうっと」  スキップしたいくらいだけれど、ちょっとスキップをするのは難しそうなので。ちょっと、その、昨夜の夜の営みはたくさんしてもらえたから、腰の辺りが重くダルくて。  だからゆっくり歩きながらキッチンへと向かった。 「?」  でも、キッチンのほうから音がします。 「……あれ?」 「バスルームから出て来ないから、コーヒー淹れ終わったら、様子を見にいこうと思ってた。おはよ」 「おはようございます。成徳さん、まだ寝てても」  いつの間にか成徳さんが起きてしまっていた。 「大丈夫」  マグカップに注ぐ時の心地いい音がしたら、コーヒーのいい香りがキッチンいっぱいに広がった。 「逆に佳祐こそもう少し寝てていいよ」 「いえ、僕は」 「俺が朝飯作るし。今日は暖かいから庭で食べようか」 「! はいっ。そうしたいです!」  にっこりと笑ったら、つられたように成徳さんも笑ってくれた。 「じゃあ、サンドイッチにするか。ちょうどフランスパンがあっただろ」 「あ、じゃあ、焼きます!」 「ソファでゆっくりしてな。腰、ダルいだろ」 「いえ! 元気です! こう見えて、僕は頑丈です!」 「あぁ」  穏やかに笑ってくれる。僕はこの成徳さんの笑い方がとても好きなんです。きっと成徳さんの動画を撮っておいたら、一日中見ていられると思います。 「ふふ」 「?」 「かっこいいなぁって思っただけです。キッチンでパンを切るところが」 「なんだそれ」 「ふふふっ」  だって、本当にかっこいいんです。 「そう言って笑ってる佳祐は可愛いよ」 「!」  ぴょん。確かに今僕は飛び跳ねてしまいました。そして、成徳さんはそんな僕の頭を撫でると、この頭上にあったブラックペッパーのストックを取り出した。 「わ。あの、ありがとうございます。とんでもない、ですっ」  僕はちっとも可愛くない。けれど、そう思ってもらえたのなら、とても幸せです。 「それから」 「?」 「あんま、ならなかったな」 「?」  何が、ですか? そう首を傾げた。 「昨日、言ったこと。気恥ずかしくて、翌朝後悔するかと思ったんだけど、ならなかった」  ――俺から離れるなよ。 「全然、普通だったわ。っていうか、普通に言えるわ」 「……」 「ちょっと前には、ほら、えっと、堀田? 堀之内? 本田? あ、福島だ。女性スタッフ、いただろ?」  はい。けれど、あの後しばらくして、新人議員さんとご結婚されて退職されました。そして入れ替わるように越前くんが――。 「次が、昨日の越前」 「……」 「俺の方がよっぽど気が気がじゃないよ。可愛い恋人を持って」 「!」 「だから」  今日はとてもいいお天気になりそうです。日差しもたっぷりあって、庭先の緑もなんだかご機嫌が良さそうに見えます。 「ずっと、俺から離れないように」 「!」  こんなご機嫌な朝に庭先で、成徳さんとサンドイッチをいただくなんて。 「はい! もちろんですっ!」  なんて幸せなんだろうと、僕がにっこりと笑って。  その笑顔に、成徳さんも柔らかく笑ってた。  なんて良い朝なのだろうと、胸が高鳴った。

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