1 / 8

第1話 破談

 自社ビルの最上階にあるオフィスの窓際に立ち、眼下に見える車の赤いテールランプが、道を流れて行く様子を眺めながら…  近江コウイチは通話を切り、スマホを木製のデスクの上に、コトリ… と置いた。 「縁談の話は無くなった… 向こうが断って来た」  フゥ―――ッ… と満足そうに、近江コウイチαはため息を吐いた。 「何ですって?! 理由は何ですか、コウイチさん?!」  コウイチの秘書であり、子供時代から世話係をしていた同じ年の市ヶ谷ルイβは、自分の上司に問い質した。  近江コウイチは、代々緑茶の製造販売を生業(なりわい)とする家系、近江家の3男として生まれた。  現在の近江家はお茶だけではなく、観光、不動産、製菓、運送業など、幅広く手を広げ、地元では名家として有名である。 「私の元婚約者殿に、愛するアルファが現れて、すでに(つがい)(ちぎ)りを結んでしまったそうだ」  肩を(すく)めてコウイチは苦笑いを浮かべた。 「何て無礼なんだ! 何らかの制裁処置をとるべきです」 「いや、必要ない! 先方が断って来たのは、私としては願ったりだ、元々私が望んだ縁組みでも無いし」  出産で無くなった妻の代わりに、子供に母親を与えるべきだと、コウイチの両親と2人の兄にしつこく説得され、仕方なく進めた縁談だった。 「ですが、コウイチさん、コレはあまりにも無礼です!」 「息子には、私とお前がいれば十分だよ… コレ以上私のせいで誰かを不幸にはしたくはないからね」  チラリと視線を上げて、コウイチは秘書を見た。 「それは…」  気マズそうに秘書のルイはサッ… と視線をそらす。 「妻には可哀そうなコトをした」  コウイチは椅子に腰を下ろし、ギシシッ… と音を立て、背もたれに背中を預けた。 「そんなコトはありません! 亡くなった奥様は、コウイチさんと結婚出来て幸せだったはずです!」 「いや… ルイ、妻は恐らく私たちの関係に気付いていた、幸せなはずがないのさ!」 「そんなコトは有りません!」 「出産したら離婚して欲しいと、臨月(りんげつ)の時に彼女にそう言われたからね」 「まさか…っ!!」 「政略結婚だったから、一応結婚はしたけど… 彼女は無邪気に私に愛されると思っていたようだから、初夜にクギを差したのさ」 「そ… そんなコトをしたのですか、アナタは?!」  思わずルイはデスクに手をつき、正気でそんなコトをしたのか? とマジマジとコウイチの端整な顔を見下ろした。 「いくら努力をしても、愛せないモノは愛せないのだから、仕方ないじゃないか! お互い役目を果たしたら、後は自分の幸せを見つけるために自由になる… ソレの何が悪い?」 「ですが…」 「お前だって私が結婚して妻を抱いていた時は… 自分を私に抱かせないコトで、私に罰を与えていたじゃないか?」  鋭く瞳を光らせて、コウイチはルイを見上げた。 「アレは罰ではなくて、ケジメです! 結婚したアナタとは、肉体関係を持ってはならないと… だから、私は!!」  強い視線を真っ直ぐ向けられ、ルイは耐えられなくなり顔を背ける。 「何度も言うが、私の妻はお前だけだ!」  イライラとコウイチは、ルイを怒鳴りつけた。

ともだちにシェアしよう!