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第0話 はじまりの日 side新城晃

 「うちのサークル、地味だし結構キツいけど大丈夫? (りん)が活躍してるお陰でサークルメンバー増えてるんだけどさ、辞めちゃう子が多くて……」  困った顔で、代表の田中がこちらを見る。すっきりと整えられた黒髪にメガネ。いかにも優等生で人が良さそうなこの先輩は、その分苦労を多く抱えているようだ。もちろん、その悩みの種の一つが自分なのだと、新城晃(しんじょうあき)は十分理解している。  「大丈夫です。俺、演劇やりたいです。初心者でご迷惑をかけると思いますが、これから勉強します」  なるべく信用してもらえるように、笑顔ではっきりと話す。  「そっか、ありがとう。スケジュール表を渡しておくね。細かい連絡はLINEで、今グループに追加したから見ておいて。それから……」  機材と書類ばかりで、ほとんど人のいる場所がない部室の案内を終えた後、呟くように田中が言った。  「男の子のパターンは初めてだな。勧誘公演、そんなに良かった?」  「はい。蓮ヶ池(はすがや)さんの周り光ってて……うまく言えないんですけど、目が離せませんでした」  その衝撃を、きっと5年後も10年後も覚えている。たとえどんな未来だろうと。そんな予感が、あの日からずっと、新城の胸を締め付けている。  それは、入学初日のことだ。入学式とクラス別の集会を終えた後、中庭に出るとカラフルな人だかりに飲まれた。あちこちから、チラシと声が降ってくる。  「テニスサークルどう? インカレの可愛い子たくさんいるよ」  「アカペラサークルです、3時から公会堂でライブやります!」  あまりの歩きづらさに、校門までの距離が無限に感じる。こんなことなら、クラスで誰かに声をかけて一緒に下校してもらえば良かった。一人でたじろいでいると、ここぞとばかりにチラシを渡され、声をかけられる。  そもそも、楽そうだからという理由で第二外国語を韓国語選択にしたのが良くなかった。語学別に分けられたクラスは韓流好きのおしゃれな女子であふれていて、男子校出身の新城にはあまりにもレベルが高く、一生友達ができそうにない。俯いていると、大学デビューで染めた赤茶色の前髪が目にかかる。俺、なんかすごくダサいかも……。そう思いながら半ば自動的に差し出されたチラシを受け取って、でもかけられた声は無視しながら歩いていると、トントンと肩を2回叩かれた。  「大丈夫?」  「え?」  「絶望した顔で歩いてたから」  声の主を見上げる。その青年はスーツを着ていて、一瞬同じ新入生なのかと思った。しかし、彼がまとう余裕のある空気はおよそ他の新入生とは違っていた。男子の平均身長ど真ん中の新城よりも頭一つ分背が高く、手足が長い。洗練されている。そんな言葉が頭によぎる。  「だ、大丈夫です」  「そう。興味あるのあった?」  「あんまり」  そう言い終わる前に、青年は新城の持つチラシの束をひょいと持ち上げる。代わりに一枚のチケットをその手に置いた。  「演劇サークルの公演。そこのC棟の地下の劇場で2時から、俺出るんだ。30分前から空いてて座れるから、良かったら見に来て」  青年はふわっとした笑顔を見せると、そのまま劇場のある建物へ去っていく。その背中を追って、新城はC棟へ向かった。  薄暗い明かりの中、集まって来た観客の話を聴きながら、ぼーっと過ごしていた。自分のように時間が空いただけの新入生もいれば、学内にいくつかある演劇サークルに入ると決めて比較しに来ている新入生もいる。中には出演者目当てで来ている上級生もいるようだ。  時間になり、照明と音楽が切り替わる。本人が予告した通り先ほどの青年が出てくると、舞台から、目が離せなくなった。主人公は青年が演じる新人営業マンで、恋をし、夢に敗れ、社会に染まっていく。決して明るい内容ではなかったが、その青年が舞台上で変わっていくさまを見ていると人の愚かさや不器用さを肯定したくなるような、なんとも言えない気持ちになった。  終演後、劇場を出るとC棟のロビーで出演者が観客と話している。一層人だかりができているのが、その青年の周りだった。  「すごい良かったよ、ね、写真撮ろうよ」  知り合いなのだろうか、上級生だろう男女に囲まれている。舞台上でも、舞台を降りた後も、所作が美しく、人一倍目を引く。ただ、舞台の上とは雰囲気や体の使い方が違う。この人自身はどんな人なんだろう。  「あの、名前を教えてください…」  人だかりが去ったタイミングで、青年に声をかけた。「男の子にナンパされてる」などと冷やかす周囲の笑い声は、やたら遠くに聞こえた。  「蓮ヶ池倫です。君は?」  「新城晃です。さっきはありがとうございました。俺、このサークル入りたいです」  「そう。待ってるね」  倫は、薄く笑って応えた。新城は一礼をして、C棟を出た。  「なにあれ、かわいい」「お前、またファン増やしてんな」「男も落とすの? さすがすぎ」──倫を取り巻く集団の笑い声が背中に刺さるのを感じながら、歩を早めた。

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