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クロスド・ラインズ 第0話 はじまりの日 side芽井はじめ | アキヤマチカの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
クロスド・ラインズ
第0話 はじまりの日 side芽井はじめ
作者:
アキヤマチカ
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第0話 はじまりの日 side芽井はじめ
芽井
(
めい
)
はじめが思い出せる限り一番古い記憶は、初めて一人で幼稚園に行った日のことだ。 母の手を離れ、馴染みのない場所で知らない大人や子どもに囲まれる心細さ。新緑が春の風で揺れる音さえも怖くて、教室の隅で泣いてばかりいたように思う。 外遊びの時間だったのだろうか。隅で息を潜めていることも許されなくて、グラウンドに放り出された芽井は、一人で膝を抱えていた。 何度か自分と似たような背丈の子どもに声をかけられたけれど、どんな反応を取るべきなのか全くわからなかった。 それまで全く人と関わって来ず、家の中で母と二人きりでいたからなのか。それとも、多くの人間に天性で備わっている社交性が欠けているのだろうか。友情の育み方が、わからない。 その日も、うつむきながら、地面を這うダンゴムシを眺めていた。すると、スッと知らない手が伸びて、ぷつり、と指の間でそれを捻り潰した。驚いて顔を上げると、行動とは裏腹に無邪気な笑顔の少年がこちらを見ていた。 ──きれい。 とっさにそう思った。その人は、怖くなかった。きれいだったから。後ろから差し込む光を背負って、柔らかい笑顔で微笑んだ少年。深い栗色の髪が光に透けて、輪郭を滲ませる。 そんな風に、芽井が蓮ヶ池倫の美しさにひれ伏してから、もう15年が経つ。 「これ、実家から?」 振り返らずに、倫が聞く。肩に朝の光が降りている。 「うん、欲しいのあったら持って行って」 芽井がそう応える前から、倫はダンボールの中身を物色して、パスタソースを取り出している。その手つきは無遠慮なのに、どこか品がある。東京に自分の部屋を持ってから、そろそろ一ヶ月が経つ。この狭い空間に、倫と2人でいる──そのことの特別さを、芽井は1人で噛み締めている。 「あれ、誕生日そろそろだっけ?」 母からのメッセージが書かれたメモをひらりと指に挟みながら、倫が聞く。 「来週。5月1日」 「誰かいい男と遊ぶの?」 「そんな人いないし、今日からずっと新人公演の稽古だけど」 これだけ長く一緒にいるのに、芽井の誕生日も覚えない。そんな倫に不満を持つ時期は過ぎ去った。薄い諦めと、もっと追いかけたくなる気持ちが同居して、胸の内はいつも忙しい。 倫は芽井より2つ年上だ。家が近いので、幼稚園も小学校も、休日に遊ぶ公園も同じだった。 倫が先に中学校に上がってしまってからは学校生活が急にモノクロになったように感じた。中学校生活が被った1年間は、倫の背中ばかり探していたように思う。高校も、初めの1年しか同じでないことはわかっていたけれど、やはり倫の進んだ学校を受験した。 そして今年、倫と同じ大学に合格し、一足先に上京していた倫を追いかけて東京に来た。同じアパートに住みたかったが難しく、それでも近所に引っ越した。当然、同じ演劇サークルに入った。 でも、必要以上には近づかない。どんな手段でも懐かない猫のように美しく我儘な倫は、束縛されることを何よりも嫌っている。 「じゃあ、稽古場で」 色気の混ざらない声でそう言って、倫が部屋を出て行く。玄関まで見送ったりはしないけれど、目は玄関の扉が閉まるまで、振り返らない彼の背中を追ってしまう。 ものすごく愚かだと思う。でも、俺の人生は恋でできている。もしくは、蓮ヶ池倫でできている。ふとした瞬間、芽井はそれを突きつけられるように実感する。 洗面に行き、顔を洗う。鏡を見ると、首筋に薄赤く残る跡がある。昨夜のことを思い出す。しかし、そんなことには意味はない。コンシーラーを取り出して、その痕跡を消していく。 服を着替えて、大学へ向かう。一ヶ月前、桜並木だった駅までの道は、うっとおしいほど濃い新緑に姿を変えている。深呼吸をして、足早に通り過ぎる。 次の電車に乗らないと、遅刻してしまう。
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