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日常

いつから、こんな気持ちになったのだろう。 憧れていた気持ちは、いつしか触れていたい、貴方が欲しいという欲望に変わってしまっていた。 しかし、Ωで従者な私にはなんの希望も無い願い。 それどころか、今こうしてαの奏様の側に要られることこそが奇跡なのだ。 先祖代々、大神家に仕えてきた宝生家。 宝生家に産まれた者は幼い頃から大神家の次期当主に仕えるためだけに教育を受け、小学校に入学と同時に側に置かれる。 しかし、Ωが産まれた場合は許嫁がその役目を果たすということになっている。 私はΩであった。 しかし特有のフェロモンの匂いが無く、検査でもα、βとしての反応が無かったことからΩだろうと判断されたため、確かではないと言うことから特例として奏様の側にいることができるのだ。 ーーーもし発情期が来たら即時強制隔離、または奏様が大学に入るまで、と言う契約を結ばされて。 フェロモンが薄いからか、私にはΩだとしても発情期が来なかった。通常は13才までに来る発情期が16才になった今でも来ていない。αでもなく、βでもなく、Ωとしても発情期が来なければ本分である子を孕むこともできない。もはや欠陥品でなければ説明がつかないところまで来ている。 離されることが分かっているから、なおさら辛かった。 しかしこれは奏様は知らないが決定事項。 一従者の私が覆すことなど、不可能。 だから、貴方が不自由なく暮らせるように……貴方がいつも笑っていられるように……せめて、愛しい貴方に出来ることを限られた時間の中で、精一杯従事致します。 もし神様がいるのなら、あと少しだけでいい………奏様の側にいさせてください……! 悟られては終わり。 だから私は今日も今日とて笑顔を貼り付ける………… ーーーーーーーーーーーー 「奏様、起きてください。遅刻してしまいます!」 私の仕事は朝、主である奏様を起こすところから始まる。しかし、奏様はとんでもなく寝起きが悪い。最低5回は声をかけなければ起きないため、大変だが、こんな奏様も愛しく感じるのは私がもう末期だからか。 「ぁー………あと5分…………」 あれほど注意しても直らない上半身裸で寝ている奏様は、+αというαの中でも飛び抜けて優秀で、大神家次期当主という将来を約束された高貴なお方。許嫁だっている。 ーーーそんな主に憧れていた私は、いつしか貴方に恋をしていた。 しかし私は同じαでもなければ、ずば抜けて優秀と言うわけでもない。私はΩで従者という性も身分も釣り合わない。 分かっていた……。 「何を言っているんですか、今日は始業式ですよ!奏様の挨拶が必要なのです。さぁ、我儘を仰らず起きてください」 だからこそ、決してこの気持ちを言葉にすることはない。これは私の覚悟。どんなに辛くても、苦しくてもあと2年間と限られた時間の中少しでも側にいたくて、耐えることを決めた。 「んー……ぁ?いい匂い……」 「わっ!ちょっと……ぁ、んっ!……放して下さい!もうっ!」 遅刻させまいと必死に起こしていると、急にベッドから手が伸びてきて引き込まれてしまった。αの力はとても強く、Ωの私の抵抗など簡単に崩されてしまい必要以上に近づいてはならないのに、首筋に顔を埋められ匂いをすんすんと嗅がれる。Ωに対する前年度からの新しい校則で、必ず事故を防ぐために首輪の着用が決められたいるため間違っても噛まれて番が成立するようなことはないが。 ただ私の心臓が耐えられそうに無い! 「それは朝ご飯の匂いです!放して下さい!」 バチンッ! 「ぅぶ!………あ?なんだ朝か……痛ぇ……」 放してくれない奏様の顔にビンタをしてしまった…。叩かれてもまだぼんやりしている奏様は、少ししてから体を起こした。 「澪、俺またやったのか?……すまん」 やはり寝ぼけていたようで、私の様子をみて謝ってくれた。3月の後半くらいから起こしに行くと高確率でベッドに引き込まれている私は、奏様から『殴って逃げろ』という許可をもらっている。そうは言っても、主に手を上げるなど言語道断と思っていた。しかし、最近に至ってはほぼ毎日こういうことが起こっていたので流石に我慢出来ずに叩いたしまった。 「す、すみません!奏様に手を出すなど……」 謝る必要は無いと自分でも分かってはいるが条件反射だ。 「やっと言いつけを守ったな。それでいい、謝るな」 「は…はい」 なぜか私から目を背けた奏様を不思議に思いながら、命令を受ける。奏様は命令に私が逆らえないことを知っている上でそういったのだろうか?良く分からないと首を捻っていると、奏様が立ち上がった。 「とりあえず、腹減った…顔洗ってくる」 「わかりました、では朝食のご用意をしてきますね」 素早く切り替えた奏様につられてリビングへ行く。 「あ!お味噌汁が!」 朝食であるお味噌汁にまだ火がついているのをすっかり忘れてしまっていたことに気づく。奏様は少し温いくらいが好きなのに!慌てて火を止め、そのまま食事の準備を始めた。 「れーいー!タオルは?あと制服とネクタイ!」 5分も経たないうちに、洗面所から声が飛んできた。毎日、同じ所に同じ物を準備して置いてあるのにわざとなのか疑いたくなるぐらい同じ事を聞かれる。まぁ面倒などそんな感情を持つわけもなく、奏様の身の回りの世話は全て私がやっているので、もはやこれも毎日の恒例行事なのだが。 「タオルは洗面台の鏡の左棚です!制服とネクタイは寝室のクローゼットの扉にかけてあります!」 「わかった!」 毎日の事なのに少しも面倒くささを感じないは、こんなことでも奏様に頼って貰えるのが心底嬉しいから。言うなれば、生きがいなのだ。奏様が支度を終え、リビングに来るまでにテーブルに皿を並べる。二人とも和食が好きなので今日のメニューは鮭の塩焼き、豆腐の味噌汁、白ご飯、たくあん、梅干しだ。 奏様には健康や体調面を毎日考えて、その日に合った食事をお出ししている。他の生徒からは『大神家なのに学園のオーダー料理を食べていらっしゃらないないのは不思議』と言われるが、もちろん一般的家庭にあるような食材ではなく、ちゃんとブランド米や鮭児を使用している。健康はもちろん、体重に至るまで私が管理している。私の仕事は奏様が常に万全でいられるために周りの環境を整えることなのだから、当たり前と言っても過言ではない。料理は私が唯一胸を張って得意と言えるものなのだから、これだけは今でも努力を惜しまずに勉強し続けている。 「お、今日は豆腐の味噌汁か。いつもありがとうな、澪。……あー、美味い」 「そう言っていただけて嬉しいです」 こうやって何気なく感謝されるのでさえ、舞い上がるほど嬉しいだから、もっと頑張りたいと思えるのだ。 「ふぅ……ご馳走さま。あぁそうだ澪、今日の夕飯は肉じゃががいい」 「お粗末様です。……わかりました、そのように準備しておきますね」 食べたばかりでも次の食事の注文をするなんて、美味しいと思ってもらえた証拠だ。 「そろそろ、蓮たちが来るか」 素早く片付けをし、エプロンを取ってカバンを持つ。ちょうど良く、玄関のインターホンがなる。慌てて玄関へ行きドアを開けると、いつも通り蓮様と双子の秋様と夏様、白様がいた。 蓮様は生徒会会計を担当していて、自前の金髪碧眼が美しいお方。 持ち前のとフレンドリー気質と明るさで誰とでもすぐに打ち解けてしまう。身内を何より大事にしていて、危害が加わるとなるとキレて手がつけられなくなる。そして、寂しがり屋な一面を持っておりいつも相手をしてもらうために親衛隊の一人を毎日部屋に呼んでいるのだ。 双子の秋様、夏様は生徒会庶務を担当していて、月を思わせる深色の銀髪とアメジストの瞳をしている。しかし、そのどちらもウィッグとカラコンであるもののそれを感じさせないのだから、ちゃんと手入れをしているのが見て分かる。本当の姿は奏様でさえ知らないという。容姿、背丈、声音さえも同じで親ですらよく間違えると本人たちは言っているが、二人ともまったく違う人だ。夏様は元気なワンコのような性格で、コロコロと表情が変わりクールな見た目に反して、明るい。秋様は見た目通りクールで知り合い以外とはあまり話さないところがあるが根は優しく、動物好き。だがどちらもとんでもないドSで、ボディーピアスを首、舌、眉、唇、目元、耳といくつもつけている。最近は臍に開けたのだとか。……痛そうだ。 白様は生徒会書記を担当していて、年上だが童顔にタレ目、目元のほくろが似合う。とてもおとなしい性格であまり話さないが、それこそ庇護欲を掻き立てられるのだと親衛隊の皆様は言っている。いつも黒の手袋とハイネックのインナーを着けていて、不思議な人とも言われている。大のスイーツ好きで、特に限定物は逃したことはない。Ωは勉強面、スポーツ面ではβにすら劣るのだが、白様は並ならぬ努力で医学部合格は絶対と言われるほど頭が良い。 「おはよー。澪、奏……いつ見ても同棲しているみたいだなぁ………」 「お早うございます蓮様、夏様、秋様、白様。ご冗談を仰らないでください。私は執事として、奏様のお側にいるだけです。それ以上の感情はありませんよ」 「澪、ちょっとくらいは思ってくれててもいいんじゃないか…?」 「奏、また振られたね!」 「まただな」 「ま、た………」 「お前らよ、ハッキリ言うな。傷が広がる……」 本当は好き、心から愛してる。そんな愛してやまない奏様のお側にいられることがどんなに幸せか。まぁ、気づかれては終わりなのだから笑って済ませられるくらいがちょうど良い。歩き初めてすぐにエレベーターホールにつく。皇名学園では2棟の高層ビル並みの寮があり、そこの最上階に生徒会と風紀委員会専用の部屋がある。最上階は理事長と警備員が持つマスターカードキーか生徒会専用カードキーがなければ入れない仕組みになっている。さらに部屋には指紋認証があり、防犯は完璧だ。去年からは十神家の者が入学するから、とその他にもいろいろセキュリティが追加されたというのは余談である。 「振るも何もありません。私は今までもそしてこれからも奏様にお仕えいたしますよ」 「……どんまい奏…………」 「みなまで言うな………」 そうして雑談を交わしながら、エレベーターに乗り、始業式の会場である第一講堂へ向かった。 ーーーーーーーーーーーーーー 到着した第一講堂ではすでにレッドカーペットが敷かれ、椅子が並べられていた。一体何を入れる事を想定して造ったんだと疑問に思いたくなるぐらいの広さがあるこの第一講堂は、主に式典用に使われる。体育館とは別に第一から第三まであり、第二講堂は音楽鑑賞用に防音、反響版が設置され、第三講堂ではダンスパーティー用にオシャレなシャンデリアやオーケストラ専用舞台がある。そのどれもが例外無く職人による細かな彫りが施されているのだが、その中でも式典用の第一講堂は比較的大人しい、シックな造りだ。 「生徒会役員の皆様、お早うございます。全て準備は滞りなく進んております。式が始まるまでの間、舞台前のお席に座ってお待ちくださいませ。理事長様は先にご到着なさっていますので」 私達の姿を見つけた生徒会親衛隊総隊長が静かに前に来て現在の情報を伝えてくた。 「げ……父さん来てんのか………まだ課題終わってねぇのに」 そう、皇名学園理事長とは現大神家当主、大神湊(オオガミ ミナト)様で奏様のお父上。奏様によく似た切れ長の目元に筋の通った鼻、ダークブラウンの髪にダークグレーのスーツがとても似合う。大神家の皆が付けているピンクダイヤで出来た桜モチーフのピアスは大人の色気を増大させている。30代後半なのにも関わらず、その風貌はまるで20代だ。 当主を務める傍ら、皇名学園の理事長としても有名で奏様が高等部入学と同時に就任したのだ。入学当初の学園は無能な理事長と生徒会のせいで荒れに荒れていて、強姦は当たり前、暴力は日常茶飯事、いじめが途切れることが無かった。しかし、今の生徒会と湊様による学園改革でごく平和な学園を取り戻したのである。 「おお!やっと揃ったか。おはよう」 「父さん……なんで居るんだよ。今年の式典は中等部に参加するはずだろう?」 「あぁ、その事なんだけどね、ちゃんと連絡しておきたい事があって……来月から出張でここにずっと居られなくなったんだ。期間は半年くらいかな?すぐに帰ってこれるけど、いつまでも理事長を不在にするわけにも行かないから代理を立てることにしたんだ」 優しく、安心する声でとんでもないことを仰るのは毎回の事で、それに振り回されるのは息子である奏様。 「今まで長期出張なんて行ったことなかったじゃないか!なんで今なんだよ!?」 「たまには、ね。本社のことも少しだけ頼むよ奏。早く父さんに楽をさせてくれ」 「どういう心情の変化だよ!?この学園のことでも忙しいのに、本社の仕事まで?俺を殺す気か!」 イライラしだす奏様とは違い、反応を見て楽しそうにしている湊様。湊様はどんなに言い合おうとのらりくらりと躱してしまうお方で、真面目に取り合うほうが難しいのである。奏様も頭では分かっているものの、そう上手くはいかないようだ。 「まあまあ、そんなに怒鳴ると老けるぞ。それに本社の仕事は力量に合わせてあるから、できないわけじゃないだろう?……一昨日出した課題ももう終わっている頃だと思うが?」 課題とは、次期当主として少しずつ仕事に慣れる為に湊様が特別に組んだ商談やプレゼンのレポートのことで、十神家が高等部になると課せられるもの。奏様の課題は蓮様方よりも格段に多く、内容も濃い為奏様でなければ3日で終わらせられることは十神家ならば出来ない事もないが、難しいことは変わらない。 「それは……そうだけど。でもまだ終わってないし…」 「最近弛んでるんじゃないか?いつものお前なら一日で終わらせられるだろう。澪ちゃんに夢中なのはいいんだけどね、甘え過ぎも良くないよ。澪ちゃんも厳しくしてくれ」 「お言葉ですが、私は奏様を甘やかしたりはしていません。最近は学園の業務が忙しかった為、それを考慮し発言を控えておりました。………それと、私に夢中とはどういう事なのでしょうか?」 正直に甘やかしているということは無い為、そこはきちんと訂正しなければ仕事能力が問われると思った。 責任を果たしていなければ、この仕事を外される。それだけは嫌だ。 それにしても夢中とは……? 「分からない、か。いや、気にしなくて良いよ。………奏まだだったのか。」 ………???? 「それはやっぱりもう少し余裕が持ててからだと思って…いや、それは違うか…あぁ!もう!…父さんと話してるとホント調子狂う……」 親子にしかわからない会話というのは本当にあるんですね。と言うか、そろそろ席につかなければ。 「なんのことだか検討もつきませんが、そろそろ座りましょう。もうすぐ始まりますよ………蓮様、夏様、秋様…何を笑っておられるのですか?白様も寝ては駄目ですよ」 「ぶっは!だって…くくっ!やっぱりヘタレだな奏は」 「「ホントそれ」」 「まだまだ、だね奏。時間がないんだ、早く頼むよ?」 このままでは収集がつきません! 自分だけが分からないような話に少しだけムスッとしながら皆に続いて席についた。 「そうそう、だいぶ話はズレたけど理事長代理の事は本当だから、皆よろしく頼むよ。ウチの部下からの紹介なんだ。仕事はできると聞いているから、フォローしてあげてくれ」 「やりゃいんだろ、やりゃ……ろくでもないヤツだったらぶっ飛ばす」 「オモシロイといいよね!」 「だな、それもイジり甲斐のあるヤツ」 「やさ、しい人……」 「使えたら何でもいいや」 なんだか会ったことも名前すら知らないのですが代理さんが不憫に思えてきた。 『ご静粛願います。………これより始業式を始めます。理事長より…………』 肝心の始業式はとてもスムーズに進み、奏様から学園での注意事項を伝えたあと司会の締めくくりで終了した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 始業式を終え、クラスには戻らずに生徒会室へと足を運び、セキュリティドアを開けると、高級感漂う部屋がそこにあった。フカフカとした足の沈むような絨毯、右には応接用の革張りソファと飾り彫りの施されたガラステーブル。奥に簡易キッチンと仮眠室、資料室へつながるドアがそれぞれある。 左には縦長でロ型のべっ甲模様が美しい良質なテーブルと人数分の革張り肘掛けチェア、各場所に役職専用のパソコンが完備され、書類が積み重なってる。奥に生徒会長用の重厚感ある横長テーブルが皆の机とは分離して有る。 皆、慣れた様子で各々の席に座った。 「ホント堅苦しいったら……疲れる!もっと短くなんないのっ?」 窮屈なことが嫌いな蓮様が愚痴をこぼす。 「だよねー……新入生全員の名前呼ぶとか、無駄でしかないよ!ほとんど顔ぶれは同じなのにね!」 「なんとかならないか、奏。他の生徒も皆同じだろう」 「Zzz……」 それに触発された夏様達も続く。確かに、3時間も中身のない話を聞き続けるのは辛いし無駄だ。いづれ人々の上に立つ人になる生徒にとっては、不満でしかないだろう。 「そうですね……皆、眠そうにしていたり体調不良で倒れる人も出ています。私からもお願いします」 少なくとも、目があった人は鼻血を出していたり顔を真っ赤にして失神したり。そのたびに親衛隊の皆が『お気になさらず』と言って連れて行っていたのだが。 「体調不良は大体奏と澪のせいだけど。」(ボソッ) 「え?秋様、何かおっしゃいましたか?」 「いや……なんでもない」 大分理不尽なことを言われたような気がするが……。 「やっぱり皆そう思うか……よし、理事長の引き継ぎが終わって落ち着いたら式典の短縮を生徒総会で提案しよう。一応正式に書類を通しておいたほうが安心だ」 「よっしゃ!これで皆と遊ぶ時間が増える〜!」 蓮様はこれが目的だったのでしょうか?時間がかかり過ぎているというのは本当のことなので咎めたりはしませんが。 「じゃあ、仕事だ!新入生歓迎会まで時間がない。部費の割当、歓迎会の予算とイベント案、学園内美品の修理発注、やる事は腐るほどある!働け!……白、いい加減起きろ!」 「りょーかい!」 「はーい」 「了解」 「んん………わか、た」 「かしこまりました」 そんなこんなで、やってもやっても減らない書類の山に目眩を起こしそうになりながら、一番上の書類を手に取った。 カタカタとパソコンのキーを叩く音と紙の擦れる音だけがこの部屋の唯一のBGM。奏様が時々判子を押し、それをファイルに入れる事がアクセントになる。 「ふぅ………」 誰かとも無く息が漏れた。もう仕事をやり始めてから3時間半は経ったか。時計を見ればそろそろ午後13時になる。 「………そろそろお昼にしましょうか?」 「そうだな…。澪、お茶頼む」 「さんせぇ〜……つーかーれーたー!」 「もう首痛い…!」 「目も痛いな」 「おや、つ!ケーキ…!」 時間もちょうど良いし、何より皆様の集中力が切れ始めている。 「俺、レモンティー!」 「「ミルクティー!ミルクたっぷりで!」」 「い、ちご!」 次々に飲み物の注文が入るが、いつものことで皆様のお昼とお茶の用意は私がやっている。 「分かっていますよ、奏様はお茶ですね。夏様、秋様はミルクティー。蓮様はレモンティー。白様はいちごオレですよね?」 奏様一人分だけを用意するよりはと思った奏様が私に仰ったのだが、皆様に喜んでもらえるのはとても嬉しいのだ。皆様のお昼の準備をするべく、簡易キッチンへ向かう。飲み物を先にテーブルに運んでから昼食の用意を始めた。 今日のメニューはハンバーグ。 朝のうちにタネを作り、寝かせておいたハンバーグの元を冷蔵庫から取り出して、火加減を細かく調節しながら焼き上げ大きめの皿に盛り、付け合せに人参とジャガイモとブロッコリーのグラッセを置く。冷蔵庫から茹でてオリーブオイルに漬けておいたサラダチキンとトマト、レタス、アボカドを出す。ボウルに一度トマト以外を全部適当な大きさに千切って入れ、オリーブオイルで味を整えたら小皿に移し、カットしたトマトとクルトンをトッピングする。最後に今作ったデミグラスソースをかける。 ただし、白様は辛いものが本当に嫌いなので別に用意した甘めのソースをかける。パセリを散らし、ワゴンでテーブルに運ぶ。 「んー!いい匂い!」 「蓮、俺より先に食べるとはいい度胸だ…」 「まだ食べてないよ!?奏のついでに貰ってるのに先に食べるわけ無いじゃん!」 本気ではなくワイワイとやっている奏様と連様に小さく笑いを溢した。 「さぁ喧嘩をなさらずに早くお食べになって下さい。夏様方はもう食べていますよ?」 「「あ!」」 競うように食べ始めた二人だが、楽しそうで何よりだ。 「澪、お前もここでみんなと食べろ。遠慮するな」 「いえ、従者である私が皆様とご一緒するのはいけないことですので」 「まったく……これだから頑固は。じゃあ命令だ、ここで皆と食べろ」 従者は本来、主の食事の場にいるのだが一緒に食事をするわけではない。側に立ち、飲み物を注いだりするのが役目だ。 「………かしこまりました」 奏様方は私を友人として見てくれているが、あくまで私は執事という従者。決して対等な存在ではないのだ。これ程自分自身で一線を引いているのには、あえてそうする事で溢れそうな想いを塞き止めるためでもある。 『近づけば殺されるとでも言うのか』 いつだったか、いつも線引きをしている私に奏様がそういったことがあった。なんと答えたか。私はこう応えた。 『どう有っても私には貴方様だけですよ』 自分自身で、邪な想いをバラしてしまわないように線を引く。バレれば、気持ち悪いと言われるか解雇されるかの二択だから。だからその応えに寂しそうな奏様に気づかないふりをした。 「澪、いつもありがとうな。澪より美味いご飯はどこにもない」 ふと、隣の奏様が褒めてくれた。不意打ちな言葉に思わず振り向くと側にいたからかどアップの笑顔に一気に顔に熱が集まる。見られたくなくて、顔を背けてしまった。 「あ、ありがとうございます。……でも私よりも美味しい人はたくさんいると思います!」 「澪ちゃん顔真っ赤ー!」 「珍しい、いつも無表情なのに」 「りんご、さん」 「あの無表情崩すなんて奏やるぅー!」 「かわいいだろ?ウチの澪は」 一度顔を崩してしまうとなかなか戻らないのだ! 「ち、違います!これは少し暑かっただけで!」 「はいはい、澪ちゃんは寒がりだったよね?」 「も、もう!」 これ以上見られたくなくて、食べ終えた皿を回収してキッチンに逃げ込んだ。 「ふぅ、熱い……………ふふっ」 直球な褒め言葉に恥ずかしく思いながらも、嬉しさに笑みが溢れる。その後夕食作り頑張ろうと張り切ったのは言うまでもない。――――――――

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