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同棲大作戦 第1話

 如月修一は、その瞬間耳を疑っていた。 「一緒には、暮らさない?」  聞き違いかと思って聞き返せば、目の前の恋人は、大きく頷いた。 「はい。このまま、社員寮に住み続けるつもりです」  一体どういうつもりだ、と如月は訝った。恋人・真島蒼は、会社の独身寮に住んでいるのである。だから二人が会う場所は、もっぱら如月のマンションだ。とはいえ頻繁に外泊すると、周囲がうるさいらしい。そんなわけで、真島がこの部屋を訪れるのは、週末に限られている。だが、もっと長い時間を一緒に過ごしたいというのが、如月の本音だ。だから、同棲を提案したのだが。返って来たのは、思いがけなくも拒絶だった。 「だって、年齢制限が来るまでに独身寮を出る人って、結婚する場合くらいですもん。結婚でもないのに退去するって言い出したら、めちゃくちゃ詮索されますよ」  補足するように、真島が言う。確かに、それは事実だ。この会社の寮の賃料は、破格的な安さなのである。だからいったん入居した社員は、結婚して退去する以外は、年齢の上限ギリギリまで居座るのが常識だ。とはいえ、と如月は眉をひそめた。 「結婚ではないけれど、同棲だと言えばいいじゃないか? ……それともやはり、相手が男だと言うのは抵抗がある?」  以前、蓮見と三枝の仲が露見しそうになった際、真島は自ら男性が好きと公言して、彼らを庇ったことがある。以来すっかりゲイ認定されている彼だから、今さらかと思ったのだが。改めて認めるとなると、怖じ気づいたのだろうか。 「いえ。俺の場合、それは今さらですもん」  真島が、大きくかぶりを振る。ならどうしてだ、と如月は眉を吊り上げた。相手が蓮見ならよくて、自分では駄目なのか。そんな僻みすら芽生えてしまう。 「ご家族の手前かな?」  冷静さを保つよう努力して、尋ねてみる。だが真島は、それも否定した。 「俺、気楽な末っ子ですから。両親も、割とどうでもいいみたいで」  真島は、男ばかり三人兄弟の、一番下なのである。おまけに、こんなことまで言い出した。 「この前、上の兄貴んとこに子供が産まれたんですよね。初孫だ~って両親が浮かれてるドサクサで、つるっとカミングアウトしちゃいました。俺男と付き合ってるんだけどって」 「で、ご両親の反応は?」 「ノリで、OKしてくれましたよ。女の子といい加減に付き合って、妊娠させたりするよりはいいんじゃないって」  了承してくれたのは、ありがたいことだが。そのノリの良さ、さすがは真島の親と言うべきか。だが、感心している場合では無い。同棲を拒絶する理由が、一体どこにあるのか、探り出さねばいけなかった。 (交際して、二年近く。指輪も受け取ってくれた。うちの家族とも、関係は良好だし……)  明るく人なつっこい真島は、如月の家族からも好かれている。特に妹の治美とは、すっかり仲良くなった様子だ。如月には、さっぱり真島の意図がわからなかった。 (週末しか会えない状況が、彼は寂しくないのだろうか)  まさか、如月の目の届かない所で、遊ぶ気だろうか。そうとしか思えなくなってきた。 「じゃあ何、君は年齢上限まで、寮に住み続けるということ?」  苛立ちを抑えて確認すれば、真島はこっくりと頷いた。 「はい」 (はい、だって?)  社の独身寮の年齢上限は、三十五歳だ。真島は先日、三十歳の誕生日を迎えたばかりである。 (あと五年も、この状況を続けると!?)  もう我慢ならない、と如月は決意した。こうなったら、一緒に住まずにはおれない状況に持ち込むとするか。 (『鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス』といきますか……)

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