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第2話

 その翌朝。如月が入室したとたん、秘書室は凍り付いた。 「おはようございます」  しれっと挨拶しながら、如月は一番奥の窓際へと進んだ。秘書室全体が見渡せる室長席に腰かければ、部下の秘書たちが恐る恐る近付いて来た。 「あのあの、室長?」  意を決したように、最もキャリアの古い秘書が話しかけてくる。背後では他の秘書たちが、イケイケオーラを発していた。 「その指輪……、もしやご結婚がお決まりで?」  如月は今日初めて、例のペアリングを着けて出社したのである。目ざとい女性秘書たちは、如月が入室するなりそれに気が付いた。さっきから彼女たちの視線は、如月の左手に釘付けである。 (その鋭さを、もう少し仕事にも発揮してくれればいいんですけどねえ……)  チラとそんなことを考えつつ、如月はゆっくりとかぶりを振った。質問した秘書が、焦った顔をする。 「失礼しました! いえその、もしそうならお祝いを、と思っただけで。決して、好奇心などではありません!」  今回ばかりは、ここぞと好奇心を発揮してくれ、と如月は密かに思った。 「謝ることはないですよ。半分は、当たっていますしね」  ふう、とため息をついてみせる。 「信頼するあなた方だから、打ち明けますけどね……」  全員が、ごくりと唾を飲んだのがわかった。 「プロポーズして指輪を贈ったのは、事実です。なかなかOKしてもらえないだけでね」  えええ~、と全員が絶叫する。ついに我慢できなくなったのか、一番年若い秘書が金切り声を上げた。 「如月室長にプロポーズされて受けない女なんて、いるんですかあ!」 「保留とか、舐めてますよね。どんだけ自分の価値を高めてんだって感じ。何か、ムカつきます!」  別の秘書が、憤然と口を挟んだ。まあまあ、と最初に質問した秘書がなだめる。 「人には、色々事情があるんだから」 「どんな方なんですう?」  一番年若い秘書が、興味津々といった様子で尋ねてくる。如月は、即座に答えた。 「それは、ノーコメント」  またもや、ええ~という合唱が起きる。如月は、彼女たちに微笑みかけた。   「心配してくれるのは、ありがたいけれど。私のプライベートについては、ここまでということで。業務に戻りなさい。」  部下たちは、仕方なさそうに自席へ戻ったが、ひそひそ話は続いている。秘書とは本来、口が固くなければいけない職業だ。だが今回に関しては、箝口令を敷くつもりは如月には無かった。

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