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第8話

(まさか、社長か? 話したがっておられたし……)  慌ててモニターを覗いたが、映っていたのは何と三枝だった。何だろうと怪訝に思いつつ、取りあえず解錠する。やがて上がって来た三枝は、紙袋を抱えていた。 「突然、すみません。如月さん、夕食はお済みですか?」 「まだですけど。どうしたんです?」 「ああ、それならよかったです」  三枝は、にこにこ笑った。 「悠人さんから、如月さんなら今日は遅くなるはずって聞いたので。夕ご飯でも、差し入れしようと」  三枝は紙袋の中から、何やらタッパーを取り出して見せた。 「如月さん、悠人さんがNYにいる間、僕のことサポートしてくれたじゃないですか。こうして惣菜を持って来てくれたこともありました。だから今度は、僕がお返ししようと思って」 「私のために、わざわざ……?」  タッパーには、手作りらしきおかずが詰まっている。胸が温まるのを感じつつも、如月は一応念を押した。 「ありがたくいただきます、と言いたいところですけど。社長は、このことをご存じで?」  いくら蓮見が自分のことを案じてくれているとはいえ、三枝が絡むとなると、話は別だ。邪推で、やきもちでも妬かれたら。これ以上、悩みの種は増やしたくなかった。 「はい、知ってますよ。話でもしてきたら、って言われました」  ほう、と如月は安堵した。どうやらこのカップルは、二人して自分を心配してくれているらしい。それは感謝すべきことだった。 「それはどうも。じゃあ上がってください。一緒に食べましょう」  お邪魔します、と礼儀正しく挨拶しながら、三枝が部屋に入って来る。ダイニングに通すと、彼は感嘆の声を上げた。 「わあ、すごく整然としてますね。如月さんのイメージ通りっていうか……、聞いていた、まんまです」  誰から聞いていたかは、明白だ。べらべら喋るなと口止めしても、真島は三枝に、如月とのことをすぐに自慢するのである。 「そのおかず、温めましょうか?」  電子レンジを指すと、三枝はかぶりを振った。 「作りたてなんで、まだ温かいかと。すみません、大したものじゃないんですけど……」 「全然そんなこと無いですよ。今晩は特に用意していなかったので、とても助かります」  本当である。酒を飲んで寝てしまおうと思っていたのだ。  ダイニングテーブルに向かい合って腰かけると、二人はタッパーを開けた。中身は、ビーフシチューにパスタサラダだった。 「僕のレパートリーってこんなんのしか無くて、すみません。如月さん、和食党なのに」  三枝が、恥ずかしそうに言う。いいですよ、と如月は答えた。きっと、蓮見が洋食党だからだろう。 「疲れた時には、肉が一番ですからね。……うん、美味しいじゃないですか」  にこやかに微笑みつつも、微妙だなと如月は思った。三枝の料理歴は知らないが、彼と蓮見の付き合いは、三枝が新入社員の頃からだ。かれこれ七年にもなるというのに、三枝はどうやら料理のセンスが無いらしい。見た目も味も、正直標準以下だった。 「ありがとうございます! いや、僕は、まだまだだと思うんですけどね。悠人さんは、このレシピが一番好きらしくて」  究極の『あばたもえくぼ』だなと如月は感心した。適当に褒めつつ食事していると、三枝は言いづらそうに口を開いた。 「あの。真島の、ことなんですけど」  来たか、と如月は身構えた。いつ切り出すかと思っていたのだが。 「本当に、別れちゃうんですか」

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