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元・聖女 レイヴン 4
間もなくして、レイヴンは衣服をすべて身につけると、麻袋を手に部屋を後にした。
レイヴンがいたそこは海岸近くの掘っ立て小屋だった。扉の向こうは真っ青な海が辺り一面に広がっており、彼の頬をさざ波に乗る潮風が優しく撫でた。
叩かれた頬にそっと触れた。ぷっくりと盛り上がるそこからは、じわじわとした痛みが広がっている。
しばしぼうっと海を眺めていると、海岸の方から女達の話し声が聞こえた。彼女達はレイヴンを見て顔を顰めながら、ひそひそと何かを話している。急に恥ずかしくなったレイヴンは、髪で顔を隠すようにしながら、こっそりと山側へ向かった。
レイヴンの生まれた村は閉鎖的だった。海に面するその小さな村は他の村との交流を図らず、独自のルールで成り立っていた。いわゆる村社会なのだが、村人の生活は常に逼迫しており、困窮していた。しかしこの村は、村社会とならざるを得ない理由があった。
それは何百年も昔に聖女として誕生した人間が、その身に宿った聖なる力を私利私欲の為に費やし、挙句の果てには村の半分を燃やしてしまうという大罪を犯したことが原因だった。近隣の村にも及んだその被害は甚大で、すぐさま聖女は捕らえられた。家族や家、畑や家畜を失った村人は聖女にあらゆる暴行を加えた後、谷底へと突き落としたのだ。
元々、聖女が生まれることで有名だったその村は、人々の活気で満ちあふれていた。人口も多く、食べるものにも困らないほど村人達は裕福に暮らしていた。その力にあやかりたいと、近隣だけでなくはるばる山を越えてやってくる者もおり、村は自然と豊かになっていった。
そもそもこの村での聖女とは、姿かたちは他の人間と何ら変わりなく、翼を生やして空を飛ぶこともなければ口から火を吐くこともない、ごく普通の人間の女だ。唯一異なる点は、他者の怪我や病気を治す不思議な治癒能力があることだった。
また聖女としての力に目覚める者は、その村で生まれたことだけが条件であり、誰がその時代の聖女になるかはわからない。聖なる力と呼ぶ治癒能力も、一部の人間が十二歳から十八歳の間に突如として目覚めるのだ。
その特殊な能力に目覚める者が一人現れると、同時期に同じ力を持つ聖女が他に生まれることはない。また、その時代の聖女が死んでも現存する女にその力は宿らない。つまり聖女とは、村で生まれてから数年後に特殊な能力に目覚めた者のことを指し、その時代の聖女が死んだ場合はその後に生まれた別の誰かが聖女としての力を受け継ぐ、ということだ。
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