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シンという男 4
そうこうしているうちに男は満足したのか、銀糸を引きながらゆっくりとレイヴンから唇を離した。
「あー……満足。ごちそうさま」
そう言って、男は堪能したとばかりに微笑んだ。下唇を舐める様が何とも艶めかしく映った。
対して、レイヴンは乱れる呼吸を必死で抑え込みながら、
「はあっ……はあ……あ、あ、あのっ……はあっ……な、な、なっ……!?」
と、真っ赤になる自身の困惑をそのまま目の前の男にぶつけた。
なぜ、このようなことをするのか? そう尋ねたいだけなのに、上手く言葉にすることができなかった。長いこと己の感情を抑え込むしかなかった人間だ。それだけ人と話すことに慣れていないのだ。
だが、男にはレイヴンが何を言いたいのかがわかったらしい。特に悪びれた様子もなく、あっけらかんとした調子で言葉だけの謝罪を口にした。
「ああ、悪い。目の前に天使が現れたのかと思ったら、つい……」
「へっ……?」
「ん? ここ、天国なんだろう?」
あまりにも堂々とした様子で尋ねる男に、レイヴンは拍子抜けしてしまった。
天使とはいったい何だ? いや、たとえ天使だとしても、いきなり人の唇を奪うことが村の外の常識なのか? レイヴンの脳内はさらに混乱を増した。
「違う?」
男が再び、レイヴンへと問いかける。罵倒や叱責以外の言葉は久々に耳にした。また、男の言葉かけは酷く優しげで、まるで大人が子供へ尋ねかけるような安心感を覚えた。
レイヴンは首を振った。
「は、はい。ここは……天国、というところではなく……」
(村の名前は言っちゃ駄目だよね……)
一瞬の間を置いた後、レイヴンは今いる場所を自分一人が暮らしている山だと答えた。
「ふうん? 山、ねぇ……」
男は特に訝しむ様子もなく呟いた。
「つまり、オレはまだ生きているということか」
「あ……はい。でも……」
瀕死であることに変わりはない。無我夢中で助けたものの、レイヴンはこれからについて思い悩んだ。
村のルールは厳格だ。この村が近隣より迫害されて以降、この村もまた、外からの人間の侵入を拒むようになった。目の前の男は明らかに他村……いや、他国の人間だろう。身元もわからない人間を勝手に助けたとなれば、最悪の場合、殺されてしまうかもしれない。
そしてそれを行ったレイヴン自身も。
(力も、使っちゃったし……)
裂いた親指を隠すように内側へぎゅっと握りしめる。相手の気が失われていたとはいえ、レイヴンは聖なる力を使った。だがその行為は、村が強いるルールの最重要事項。
レイヴンの力は今や、村の外では法度だった。
「止血されているけれど、大怪我をしていることに変わりはないので……あまり、無茶はしない方がいいと思います……」
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