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聖なる力の秘密 5

 それにしても、顔から火が出るほど恥ずかしくなってしまうのは、いったいなぜなのか。羞恥心など、とうに捨てたはずだった。中性的な容姿をしているとはいえ、レイヴン自身の性自認は男。そして村の男達によってその身を抱かれているとはいえ、彼自身は同性を性の対象として見ているわけではない。  キスも初めてではない。転生を経て繰り返し行われる罰の間、幾度となく弄ばれているのだ。シンに出会い頭、唇を奪われたとはいえ、驚きこそすれ恥ずかしがる理由はないはずだった。  まだ冷めない顔を隠しつつ、視線だけはシンへと戻すレイヴン。対してシンは、レイヴンの返答を元に、さらに何かを考えているようだ。 「体質にしては珍しいな。それとも、何か他に……」  こんな突拍子もない話にその顔から笑みを消し、神妙な面持ちで思考を巡らせているシンの様子を目にして、レイヴンの心は平常心を取り戻しつつあった。 (でも……本当に話して、よかったのかな……)  そして今さらながらの不安が、レイヴンの顔を曇らせた。一度、大きな罪を犯したレイヴンは、それ以上の罪を重ねないよう慎ましく暮らしてきた。村が定めたルールに誰よりも厳粛に、そして忠実に守ってきたのは他でもない彼である。  それを昨日会ったばかりの、それも異国の者だろう人間に己の力を明かしてしまったのだ。  だが、シンの様子からして、もしかしたら村の外……とりわけ異国の方ではこうした力が珍しくないのだろうか? と、レイヴンは自身の胸の前で手を握った。 「レイヴン」 「はい……」 「ちょっとこっち」  名を呼ぶなり、レイヴンに向かって自身の人差し指を内側へクイクイと動かすシン。近くに寄れ、という合図だ。  レイヴンはやや警戒しつつも、おもむろにベッドへと腰を下ろした。  すると、シンはレイヴンの両頬を包むように手を添えると、そのまま自身へと引き寄せた。翡翠の瞳からレイヴン自身の顔が見えるほど、二人の距離は近くなる。 「あ、あの……?」 「大丈夫。取って食やしないから」  僅かに怯えるレイヴンに、シンは屈託なく笑ってみせると、互いの額をコツンと合わせた。 「ひゃうっ」 「可愛い声だな」  驚いて声を上げるレイヴン。シンは茶化すように言いつつも、そのまま瞼を閉じた。  同じく目を瞑るレイヴンは石のように動かず、シンからの反応を待った。  初対面にも関わらず、シンは自分の思った通りに動く男のようだ。よく言えばマイペース。悪く言えば俺様だ。  そんな男を前にして、緊張を感じないではない。もしかしたらまた、唇を奪われるのではないかという恐れもあった。しかし強引さはあるものの、不思議とシンから村の男達のような怖さは感じられなかった。  言うなれば質の違いだ。強張っていた身体が、徐々に氷解していくのがわかる。何より昨日、頬を殴られたという事実を忘れてしまうほどの心地よさを、その手の温もりから感じていた。 「プロテクトがかかっているな。二……いや、三層か。それもかなり強固な……」 「……? ぷ、ろ……てく?」  不意にシンが口を開き、聞き慣れない単語を発した。復唱しようにも言葉がわからない。  そしてレイヴンの疑問に答えることなく、シンは質問を始めた。 「今、この村でレイヴンのような力を持つ人間は、あとどれくらいいる?」 「こ、この村では……僕だけ、です」 「過去にこういった力を持ったやつは現れた?」 「それは僕です」と言いかけそうになるのを堪え、レイヴンは唾を飲み込んでから「はい」と答えた。 「じゃあ最後。自分が記憶喪失、という自覚はあるか?」 (どうしてそんなことまでわかるんだろう?)  シンはレイヴンの心臓を揺らすことが得意なようだ。いよいよ彼の正体が予言者だと信じざるを得なくなり、レイヴンは底知れぬ恐怖を感じつつも、ポツリポツリと告白する。 「…………い、今より…………すごく、すごく、昔の記憶が……思い、出せなくて…………」  もちろん、今ここにいるレイヴンの、幼き頃の話ではない。その重い口を開き告白したのは、苦しき罰から決して逃れることのできない大罪を犯した、始まりの聖女のことだ。  言い終えるなり震えるレイヴンを前に、シンは瞼を開いた。 「なるほど……ちょっとだけ弄るか」  そう言うと、シンは額を離して頬に添えていた両手をレイヴンの蟀谷までずらし上げる。 「シン、さん?」  レイヴンが目を開き視線を上げると、パチン! と頭の中で何かが弾ける音が聞こえた。  痛みはなく、ただ音が鳴っただけ。それだけだった。 「少しだけ開けやすくしといた」  シンはレイヴンから手を離すと、疲れたとばかりに細く長い息を吐いた。 「まあ、これ以上はオレも魔……体力を消耗するし、今は止めておくよ」 「……? はい」  言っていることはわからなかったが、レイヴンは頷くしかなかった。

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