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少しだけ、穏やかな日々 4

 暖炉から鍋を離しつつ中身を確認すると、やはりというべきか底が黒く焦げ付いてしまっている。レイヴンは落胆を含ませた息を吐き、かろうじて無事だった上澄みの部分を掬って深めの椀に盛り付けた。その上から卵を割り入れるも、ところどころに焦げが混じり、見栄えが悪い。  それでも一人分は無事だったことに安堵しつつ、シンに差し出した。 「ちょっと焦げちゃいましたけど、もう食べられます」 「面白いくらい黒いな。この辺とか」 「すみません。なるべく取り除いたんですが……」  慎重に調理をしていたレイヴンの邪魔をしたのはシンなのだが、レイヴンはペコペコと頭を下げる。  起きてしまったことを悔やんでいても仕方がない。レイヴンは自身の昼食を諦め、代わりに山羊の乳を温めることにしたのだが……。 「はい。ここ」  匙と椀を持ったシンがベッドの際に座り、レイヴンを呼び寄せる。トントン、と指で示されるのは割り開かれたシンの脚だ。  それが何を意味するのか、即座にわかったレイヴンはフルフルと首を振った。 「だ、駄目です。だって、僕……」  子供じゃない。そう言いたかったが、「何?」と言わんばかりのシンの顔に、レイヴンは反論するだけ無駄だと悟り、渋々といった様子でシンの下まで近付いた。 「その……ほん、とうに?」  シンを窺うと、「おいで」と誘(いざな)われた。諦めたレイヴンは「失礼します」と断りを入れてから、シンの片脚の上に腰を下ろした。  シンから向かって横向きに座るレイヴン。緊張よりも申し訳無さが先に立つせいか、シンの前で元より小さな身体をさらに縮こませた。 「僕……重くない、ですか?」 「全然」  依然、変わらぬ態度で椀の中身を匙で掬うシンは、黒く焦げた部分が入ったそれを、冷ますことなく口の中へと入れた。 「うん。香ばしくて美味いな、これ」  苦いだろうに、心底味を楽しんでいるかのようにそれを咀嚼しつつ、もう一匙分を掬う。しかし今度は焦げた部分が入っていないそれを、息を吹きかけてからレイヴンの口元まで近付ける。 「あの、これ……」 「ほら、レイヴン。あーん」 「へっ!?」  予想だにしなかったシンの行動に、レイヴンは驚いて声を上げた。  あからさまに戸惑うレイヴン。シンの顔と差し出されるそれを交互に見比べていると、「ほら、冷めるから」と急かされ、控えめながらも口を開け、差し出される匙を咥えた。 「あむ…………もぐもぐ……」  シンはレイヴンの口からゆっくりと匙を引き抜くと、咀嚼しつつも口元を綻ばせる彼を見て、自身もまた微笑みを浮かべた。  その後も、一つの椀に盛り付けられた一人分の料理を、シンとレイヴンは交互に食べた。  咀嚼の合間に、他愛もない雑談が交わされる。 「キノコは干すと味が変わるのか。出汁がよく出ている」 「そう、ですね……。あ、キノコの出汁と溶いた卵を合わせて蒸すと、つるんとした食感になりますよ」 「それも美味そうだな。今度作ってくれ」 「はい。そういえば……シンさんの住むところでは、どんなお料理を中心に食べられるんですか?」 「それは質問? キス三回だぞ?」 「あ……ご、ごめんなさい」  いちいち茶化すことを忘れないシンに、時折頭を下げるレイヴン。  クックッ、と短く笑いつつ、シンはレイヴンへと答える。 「そうだな……。つい最近だとソーセージ……腸詰めというものと酒を飲んだよ。葡萄を使った酒でこれがなかなか美味かった」 「お酒……」 「レイヴンは飲まない?」 「飲んだことがない、です」 「そうか。そもそもレイヴンはいくつなんだ?」 「えっと……二十二です」  レイヴンが歳を答えると、シンが椀の中で匙を落とした。 「な、何か?」 「いや、もうちょい若いかと……」 「う……」  どうやら、シンの中でのレイヴンは二十歳すら越えていなかったらしい。内心気にしていたのか、俯きつつも僅かに唇を尖らせるレイヴンに、シンはあやすように彼の髪を撫でた。 「そう見えるのも、レイヴンの髪色が濃くて長いからかな。いい黒だ」 「切ろうとは、思っているんですけれど……」  さらりと話題を変えられたことに気づきつつ、レイヴンは自身の髪を一房摘むと、尖らせた口元を和らげ苦笑を浮かべる。 「鏡もないので、自分で切ると不揃いになってしまって……でもせめて、シンさんくらいの長さにしたいですね」  そんなシンの髪は、項が隠れる程度の長さをしている。言われて気がついたのか、シンは「あー……」と何かを考えるようにしてから、レイヴンに提案する。 「切ってやろうか?」 「えっ!? い、いえ! そういう意味で言ったんじゃ……」  まさかの提案に、レイヴンは慌てて断りを入れた。対して言い出したシンも本気ではなかったのか、 「まあ、オレも不器用だから上手く切り揃えてやれるという保証はないけれど……こういうのはゴブリンが得意だからなぁ」 「ご、ぶ……りん?」 「はい。あーん」 「あむっ……!」  と、レイヴンの口の中に匙を入れた。  聞き慣れない単語が出て、レイヴンの頭には疑問符が浮かぶも、とにかくシンの手を煩わせることはなくなったと胸を撫で下ろした。  出汁を吸った米を咀嚼し、その美味しさにレイヴンはいちいち顔を綻ばせる。そんな彼の額に、シンは「チュッ」と音を立てて唇を落とした。 「んぐっ!」  驚いてゴクン! と、食べていたものを嚥下する。レイヴンは少しだけ咳き込むも、それまで疑問に思っていたあることをシンへと尋ねた。 「あの、シンさんは……男の人が好き……なんですか?」 「ん? 誰彼の好きを性別で決めたことはないぞ」  即答のそれに、レイヴンはさらなる疑問が湧いた。そしてその答えは意外にも、すぐに返ってきた。 「オレはただ、レイヴンを気に入っているだけ」

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