28 / 47
蜂蜜よりも甘いもの… 1
それから数日が過ぎた頃、予期せぬことが起きてしまった。
「罪人レイヴン! 罰を受けろー!」
「罰から逃げるな! 卑怯者ー!」
「怠けているんじゃねえ!」
小屋から少し下った山の中で、レイヴンがせっせと山菜やキノコを採っていた時のことだ。村の子供達が数人、大人に黙ってこっそりと山へ入って来たのだ。目的は山菜やキノコではない。村中の人間が悪者と信じて疑わない人物、レイヴンだ。
集まったのはまだ齢(よわい)十もいっていない小さな子供ばかりだが、村に来ないレイヴンに相当な鬱憤が溜まっているらしく、各々は石を持って彼へと投げつけた。
幸い、それはレイヴンには当たらず、彼は子供達に向かって謝罪の言葉を口にする。
「ごめんね。少し、具合が悪くて……また良くなったら村に行くから……」
しかしそんなレイヴンの言葉は、彼らの耳には入らない。離れた位置から、子供なりの甲高い怒号を飛ばした。
「お前の都合なんか知ったことかよ! 早く村に来いよ!」
「罰を受けろ! 罪人のくせに生意気だ!」
「お前が罰を受けないから、ぼく達が父ちゃんから怒られるんだ!」
「昨日だって……一昨日だって……父ちゃんは母ちゃんを殴って……泣かせて……うう〜!!」
目に涙を滲ませる子供に、レイヴンの胸がチクリと痛んだ。本来ならレイヴンに向けられるはずのすべての鬱憤を、村の男達はその子供ないしは妻に対して晴らしているらしい。
おそらく、子供達はレイヴンが受ける罰の内容までは知らないのだろう。とにかく彼が村に来さえすれば、家庭の中の不穏がなくなると思っているのだ。
手元に石がなくなった子供達は地団駄を踏みながら、レイヴンに当たり散らかした。対してレイヴンは、離れた位置から彼らに向かって謝り続けた。
「ごめんね……ごめんなさい」
「謝っても許されるもんか! このっ……」
先頭に立つ子供が駆け出し、山に埋まった大きな石を掴むと、そのまま両腕を振り上げた。が、反動がつき過ぎたのだろう。子供の身体は石を持ったままぐらりと後転した。
「危ないっ!」
レイヴンが慌てて駆け寄り、子供の身体を両腕で受け止めた。間一髪のところで大事は避けられたのだが、石を手離した子供はしばし茫然として、レイヴンの身体に抱きついた。
「大丈夫? 怪我、してない?」
だが、上から落ちる罪人の言葉にすぐ気を取り直した子供は、心配する彼の身体を突き飛ばした。
「さ、触るな! 罪が移るっ!!」
「痛っ……!」
反動でレイヴンは尻餅をついた。同時に、地面へ手を突いてしまったのだが、そこに運悪く投げ捨てられた石があり、手を切ってしまった。
ダラリと流れる赤い血を目にして、子供は「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げた。そこへ他の子供達も駆け寄り、じりじりと後退していく。
「離れろっ。こいつの傍にいると罰が移るんだ!」
「石はっ? まだあるか!?」
「投げろー!」
子供達からの攻撃は容赦なく再開された。レイヴンは自分の前に両手を翳すと、頭と顔を守るように身を伏せた。
ビシバシと当たる石は、服の上からでも痛みを感じた。これはきっと、彼らが疲弊するまで止まないだろう。
殺すまでの覚悟はなくとも、大人と違って手加減を知らない。当たりどころが悪ければ、この場で命を落とすかもしれなかった。
人を殺めるという罪だけは、背負わせてはならない。それだけは避けなければと、レイヴンは身体を丸めて自分を守った。
憎むべき相手が防御に徹したことで威勢のついた子供達だったが……
「だいたいお前が聖女のくせしてみんなを裏切るからこんな……ヒィッ!」
突然、石のように固まってしまった。
ピタリと攻撃が止んだことを怪訝に思ったレイヴンは、恐る恐る顔を上げた。そして攻撃のあった方向、つまり子供達の方を見ると、彼らはこれでもかと目を見開き、立ち竦んでいた。それも顎が外れんばかりに大きく口を開いて何かを見つめている。その視線は、ある一点……レイヴンの後方へと注がれていた。
(何か……ある?)
大きな影が、自身を覆うように落ちていることに気付いたレイヴンは、唾を飲んでからゆっくりと振り向いた。
そこには、信じられないものが立っていた。
「う、そ……」
レイヴンの目が、子供達同様に見開かれた。驚愕に満ちたその顔は、随分と上に向かっている。
レイヴンの後方にあったもの。それは……
「く、熊ああっ……!!?」
ともだちにシェアしよう!