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蜂蜜よりも甘いもの… 1

 それから数日が過ぎた頃、予期せぬことが起きてしまった。 「罪人レイヴン! 罰を受けろー!」 「罰から逃げるな! 卑怯者ー!」 「怠けているんじゃねえ!」  小屋から少し下った山の中で、レイヴンがせっせと山菜やキノコを採っていた時のことだ。村の子供達が数人、大人に黙ってこっそりと山へ入って来たのだ。目的は山菜やキノコではない。村中の人間が悪者と信じて疑わない人物、レイヴンだ。  集まったのはまだ齢(よわい)十もいっていない小さな子供ばかりだが、村に来ないレイヴンに相当な鬱憤が溜まっているらしく、各々は石を持って彼へと投げつけた。  幸い、それはレイヴンには当たらず、彼は子供達に向かって謝罪の言葉を口にする。 「ごめんね。少し、具合が悪くて……また良くなったら村に行くから……」  しかしそんなレイヴンの言葉は、彼らの耳には入らない。離れた位置から、子供なりの甲高い怒号を飛ばした。 「お前の都合なんか知ったことかよ! 早く村に来いよ!」 「罰を受けろ! 罪人のくせに生意気だ!」 「お前が罰を受けないから、ぼく達が父ちゃんから怒られるんだ!」 「昨日だって……一昨日だって……父ちゃんは母ちゃんを殴って……泣かせて……うう〜!!」  目に涙を滲ませる子供に、レイヴンの胸がチクリと痛んだ。本来ならレイヴンに向けられるはずのすべての鬱憤を、村の男達はその子供ないしは妻に対して晴らしているらしい。  おそらく、子供達はレイヴンが受ける罰の内容までは知らないのだろう。とにかく彼が村に来さえすれば、家庭の中の不穏がなくなると思っているのだ。  手元に石がなくなった子供達は地団駄を踏みながら、レイヴンに当たり散らかした。対してレイヴンは、離れた位置から彼らに向かって謝り続けた。 「ごめんね……ごめんなさい」 「謝っても許されるもんか! このっ……」  先頭に立つ子供が駆け出し、山に埋まった大きな石を掴むと、そのまま両腕を振り上げた。が、反動がつき過ぎたのだろう。子供の身体は石を持ったままぐらりと後転した。 「危ないっ!」  レイヴンが慌てて駆け寄り、子供の身体を両腕で受け止めた。間一髪のところで大事は避けられたのだが、石を手離した子供はしばし茫然として、レイヴンの身体に抱きついた。 「大丈夫? 怪我、してない?」  だが、上から落ちる罪人の言葉にすぐ気を取り直した子供は、心配する彼の身体を突き飛ばした。 「さ、触るな! 罪が移るっ!!」 「痛っ……!」  反動でレイヴンは尻餅をついた。同時に、地面へ手を突いてしまったのだが、そこに運悪く投げ捨てられた石があり、手を切ってしまった。  ダラリと流れる赤い血を目にして、子供は「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げた。そこへ他の子供達も駆け寄り、じりじりと後退していく。 「離れろっ。こいつの傍にいると罰が移るんだ!」 「石はっ? まだあるか!?」 「投げろー!」  子供達からの攻撃は容赦なく再開された。レイヴンは自分の前に両手を翳すと、頭と顔を守るように身を伏せた。  ビシバシと当たる石は、服の上からでも痛みを感じた。これはきっと、彼らが疲弊するまで止まないだろう。  殺すまでの覚悟はなくとも、大人と違って手加減を知らない。当たりどころが悪ければ、この場で命を落とすかもしれなかった。  人を殺めるという罪だけは、背負わせてはならない。それだけは避けなければと、レイヴンは身体を丸めて自分を守った。  憎むべき相手が防御に徹したことで威勢のついた子供達だったが…… 「だいたいお前が聖女のくせしてみんなを裏切るからこんな……ヒィッ!」  突然、石のように固まってしまった。  ピタリと攻撃が止んだことを怪訝に思ったレイヴンは、恐る恐る顔を上げた。そして攻撃のあった方向、つまり子供達の方を見ると、彼らはこれでもかと目を見開き、立ち竦んでいた。それも顎が外れんばかりに大きく口を開いて何かを見つめている。その視線は、ある一点……レイヴンの後方へと注がれていた。 (何か……ある?)  大きな影が、自身を覆うように落ちていることに気付いたレイヴンは、唾を飲んでからゆっくりと振り向いた。  そこには、信じられないものが立っていた。 「う、そ……」  レイヴンの目が、子供達同様に見開かれた。驚愕に満ちたその顔は、随分と上に向かっている。  レイヴンの後方にあったもの。それは…… 「く、熊ああっ……!!?」

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