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んじゃ、お望み通りにしてやるよ 1(※)(☆)
翌日ーー
ポカポカと陽気な日差しのカーテンがすやすやと眠るレイヴンの目元をそっと撫でた。
「……ん」
そっと両瞼を開けると、黒の双眸が射し込む白い木漏れ日を捉え、今が白昼であることを認識する。
のそりと身体を反転させると、そこにはまだぐっすりと眠っている赤髪の男の顔があった。
(シンさん、よく寝てるなぁ……)
いびきこそないものの、規則正しい静かな寝息がレイヴンの額を擽った。無理もない。昨夜、マキトが押しかけたことで起こった惨事により、治りかけていた傷口が開いてしまったのだ。
その後、思わぬ形でレイヴンの体液を摂取したシンは、それがよく効いているのか、苦しむことなく共に就寝したのだ。
肌を密着させて眠るのはこれで何度目だろうか。当初は人の腕を枕にすることが憚られたものの、すっかり慣れたレイヴンは、頭の下にあるシンの腕に自身の頬を擦り寄せた。
「ふふ」
小さく笑うその顔は、実際の年齢よりもうんと幼く、無邪気なものだ。猫のように背を丸め、人の温もりを感じるその様は、一時の幸せを噛み締めているようにも見えた。
起きる様子のないシンの顔を見つめながら、レイヴンはふと思った。
(不思議……初めて会う人なのに、初めてじゃないみたい……)
あの川で出会ったのが、間違いなく初対面だった。シンという名に覚えはなく、また彼のような髪と目の色を持つ人間を、あの日初めて知ったのだ。そうだというのに、今ではすっかり昔からの知己のような、そんなかけがえのない存在となっていた。
友達すらできた試しもないというのに、どうしてそのような感覚に陥るのかと不思議でならなかった。
(それに何だか……知っている人に似ているような……)
シンを起こさないよう、ゆっくりと彼の頬に手を伸ばし、その指先をしなやかな皮膚にそっと乗せる。触れた瞬間はヒヤリと冷たく、それでいてじんわりと温かみを感じるシンの肌は、村の男達と大差があるようには思えない。しかし彼は、村の男達と異なった。その違いは頭の先から爪先まではっきりしているというのに、なぜ今更体温を確かめようとしたのか。
「……ん」
僅かに声を漏らしたシンから、すぐさま手を引くレイヴンはそのまま頭を持ち上げると、衣擦れを立てないようにゆっくりとシーツから身体を引き抜いた。
普段よりも起床が遅かったせいか、身体が鉛のように重く感じる。川で顔を洗えば、少しは気が引き締まるだろうと、手拭いと籠を持って小屋から出た。寝返りを打つシンの背中に向けて、「いってきます」と声には出さず、口元だけを動かした。
空を見上げると、チリチリと照りつける太陽がやや西側に傾いていた。寝入っているとはいえ、日が暮れる前にはシンも起きるだろうか? だとすれば、昼食と夕食、どちらの用意を優先して考えるべきだろうか? せっかく川に行くのだから、作ってもらった釣り竿で川釣りでもすれば、また美味しい岩魚が釣れるだろうか? などと考えながら、川岸まで歩くレイヴンの口角は上がっていた。
とにかく天気が良い。籠を持ってきたのは、顔を洗ったら山で山菜やキノコを採るつもりだったからだ。昨日の収穫が芳しくなかったことや、小屋にある食材を鍋に使ってしまった為、棚の中が空になってしまったのだ。熊肉が余っているとはいえ、野菜類が不足するのは感心しない。それにキノコはシンも大いに気に入っている食べ物だ。たくさん採って帰れば彼も喜ぶだろう。レイヴンの行動は、すっかりシンが基準となっていた。
もちろん、マキトのことを考えないではなかった。あの後、彼は家族の下に戻れたのだろうかという心配はあった。また同じ男として、幾ばくかの同情もある。しかし今、自分が村まで出向き姿を見せれば、マキトと同じく性欲を持て余した男達に捕まり、罰せられるかもしれない。マキトの時は未遂で済んだものの、今度ばかりはそうはいかないだろう。
あと二日。傷口が開いたとはいえ、宣言通り二日でシンはこの村から去るだろう。せめてシンがこの村を去るまでは、シンの温もりだけを感じていたいと、レイヴンは願った。
小屋から少し離れた上流付近で顔を洗う。冷たい水が、今は気持ちが良い。
ふと川に映る自身の首元が目に飛び込んだ。きらりと光るそこには、シンから貰った翡翠が輝いていた。自分には勿体ないと苦笑しながら、レイヴンは指先で転がした。
よほど気に入ったのだろう。レイヴンはぼうっと、砂利の上に尻をつけながら翡翠を見つめていた。それが時間として、どれだけかかったのかわからない。しかし、気が抜けていたのは確かだった。
背後で、ジャリ……と人の足音がするまでは。
「シンさ……、……っ!?」
「なんだぁ? ピンピンしてんじゃねーか。うちの聖女様はよぉ」
「熊に食われた! って言うもんだから、いったいどんな死に方してんのかと思ったのに……」
「傷一つねえじゃねえか!」
レイヴンが振り向くと、そこには村の男三人が蟀谷に筋を立てながら彼を見下ろしていた。
刹那、心臓が止まったかのように動けなくなったレイヴンだったが、すぐに彼らの前で立ち上がった。
カチカチと奥歯を鳴らしながらも、必死に言葉を絞り出そうとするレイヴンは、彼らに尋ねた。
「ど、どうして……ここまで……?」
すると先頭の大男が、一瞬だけ目を丸くさせた後、ハン! と鼻で笑った。
「どうして? どうしてだぁ? 俺達がこんな山奥までわざわざ出向く理由なんざ、一つだろうが」
声を高らかにしてそう言うと、男はズカズカとレイヴンに近寄り、そのまま容赦なくレイヴンの鳩尾を蹴り上げた。
「がっ!?」
短い悲鳴がレイヴンの口から発せられた。ぐるんと目の前が反転するかのような感覚に加え、ピタリと呼吸が止まる。酸素が遮断された身体は反射的に咳き込むと同時に、何も入ってない胃からは多量の体液が押し出された。
「う、ぐ……ゲホゲホッ……ゲホッ!」
その場に倒れたレイヴンは、苦しそうに鳩尾を押さえ蹲る。ボロボロと溢れる涙が顔を濡らし、彼を囲む男達はゲラゲラと嘲笑った。
「昨日はガキ共が世話になったなぁ、レイヴン。いや、早く礼を言わなくちゃならんかったのに、今朝まで口を割らなくてよぉ。とりあえず、食われてないみたいでよかった、よかった! そんでどうだった? サボりにサボったこの数日間のご感想は!」
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