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蜂蜜よりも甘いもの… 8
かといって、無理強いはしなかった。行う愛撫の一つ一つが、赤子にでも触れるような優しいもので、レイヴンの身体の傷に至っては軽くキスを落とす程度に止めていた。
やがてシンの上体が次第にレイヴンの下肢へと下りていくのを、レイヴンは止めなかった。行為に及ぶ前、身体を洗えなかったことが気掛かりだったが、さすがに臍より下には触れないだろう、と高を括っていたのだ。
その予感が、すぐに外れてしまうとは知らずに。
「……ぁ、えっ? や、やだっ……そんな、とこ……!」
「へぇ……こんなとこに、こんなおもしろいものがあったのか」
下衣と下着を脱がされ、両脚を持ち上げられたレイヴンは、それを割り開くようにされ小さな悲鳴を上げた。この時、シンの目に飛び込んでしまったのだ。レイヴンが聖女であると決定付けられた、特殊な痣が。
痣は彼の太腿の内側にあった。脚の付け根よりも少し下の、普段なら絶対に人目につかないであろうところにあったのだ。その形はとても珍しく、手指の関節一つ分の長さの黒い線が、縦に何本も並ぶという縞模様。しかも線の太さは一本一本が不揃いで、細いものから太いものまでが無作為に入り混じっている。
線の端から端までの長さが、およそ子供の指一本分となるそれを、シンは興味津々と細見する。
「バーコード…………ははん。最近はこうなっているのか。趣味が悪いな」
合点がいったとばかりにシンは目を細めつつ、レイヴンの両脚の間に身体を挿し込むと、痣に向かって舌を這わせた。ベロリと脚を舐められたことで、レイヴンの耳が瞬時に薔薇色へと染まる。
「あ……や、やだ……汚い、よぉ……」
「汗が滲んでいるみたいだけど、大丈夫か? 暑い? ……にしても、甘じょっぱい汗だな。レイヴンのは」
「やあっ……味、言わないで……匂いも、嗅がないでぇ……」
今にも泣きそうな声で懇願するレイヴンだが、顔に意地の悪さを浮かべているシンがそれを止めるはずもなく。
レイヴンの脚を両手でしっかりと固定したまま、これでもかというほどキスを落としていった。
「ぅ、あっ……はあっ……はあっ……あ、んっ……やぁ……」
そんな愛撫を繰り返すうちに、レイヴンの剥き出しになった陰茎はすっかり反り勃ち、その先端からはテラテラと透明な汁を滴らせていた。
「ああ、本当に可愛いな。レイヴンは」
はち切れそうなほど勃起するそれの上では、浅く、短い呼吸を繰り返しながら無防備に喘ぐレイヴンの姿があった。扇情的な彼を前に、シンはニヤリと犬歯を見せたかと思うと、大きく口を開いてレイヴンの陰茎を咥え込んだ。
「ひゃうっ!」
レイヴンが一層大きく、身体を震わせた。
剥き出しにされた亀頭と、溢れる先端の小さな孔を、丁寧かつ丹念に舐められる。シンは口と舌を巧みに動かしつつ、時折、括れ部分の裏側も刺激して、レイヴンの反応を楽しんでいた。
自分が男の陰茎を咥えることはあっても、自分の陰茎を誰かに咥えられることはなかった。初めて受ける口淫に対して大いに戸惑うレイヴンは、口端から唾液を零しつつ、嫌々と頭を振った。
「だめ……んっ……汚い……汚い、からあっ……んんっ……おねが……あっ……離し……離して……!」
そんな必死の懇願も、シンが行為を止める理由にはならないらしい。目にうっすらと涙を浮かべるレイヴンにも構うことなく、シンは口淫を続けた。
「んっ……だめ……や、離して……あっ……ああっ……や、あぁ……ああぁっ!」
レイヴンが果てるまでに、時間はさほどかからなかった。彼は大きく背を仰け反らせたかと思うと、同時にシンの口の中で白濁の体液を吐き出した。
そしてすべてを吐き出し終えると、全身の力が彼から抜け落ち、レイヴンは胸を上下させながら酸素を貪った。
ぼんやりと、頭にモヤがかかったように思考が停止する。それまで何をやっていたのか、何を言っていたのか、それすらがわからなくなるような不思議な感覚に、彼はしばし陥った。
そこから現実へと引き戻されたのは、ゴクンという何かを嚥下した音を耳にした時だった。
「ん……蜂蜜もキスも甘いけれど、これは甘さが段違いだな」
「へ……?」
一瞬、何を言われたのかがわからず、間抜けた声を漏らしたレイヴン。パチパチと瞬きをすると溜まった涙が零れて、目の前の男の顔がはっきりと映った。
一方、上体を起こしたシンはというと、レイヴンと目が合うなり、満足そうにニヤリと笑った。
「ごちそうさま」
「……っ、っ、っ!!?」
急ぎ起き上がったレイヴンは、慌てて剥き出しとなった下肢を抑えた。頭から首までが、すっかり茹でた蛸状態だ。
また、シンに対して何かを言いたいようだが、言葉が見つからないのか結局は何も言えずにただ俯いてしまう。それが羞恥からくるものなのか、怒りからくるものなのかはわからない。ただただ、彼は餌を求める金魚のように口を開閉させていた。
「嫌だったか?」
悪びれた様子もなく、シンが顔を覗き込む。レイヴンは逃げるように背を向けながら、必死に言葉を振り絞った。
「……っ……だ、だ……だって…………だって…………!」
「だって?」
「か…………っ…………からだ…………洗って、なぃ……」
「昨日の今日でそんなに汚れてないだろう」
「で、でも……」
吃りながら、レイヴンは申し訳無さそうに、ぎゅっと瞼を瞑った。
「…………きた、ない…………から……僕の、なんて…………だから…………シンさんの、口が……穢れ、ちゃう……」
罪人だから、と消え入るような声で最後に付け加えたその背中が、シンの目には普段の何倍も小さく見えた。
シンは宙を見上げながら頤に指を添え、「ふむ」と何かを考える仕草を見せたかと思うと、ある質問をレイヴンへ向けた。
「なあ、レイヴン。石は好きか?」
「……いし?」
藪から棒の質問に、そろりと半身振り返るレイヴンは、訝しげな表情を浮かべた。
するとシンは、パッと片手の平を顔の前に上げてみせると、
「礼代わりに、おもしろいものを見せてやるよ」
そう言って、自身の左側の瞳に指の腹を這わせた。直接眼球に触れるという恐ろしい行為を、平然とやってのけるシンは、再びその指をゆっくりと離しながらレイヴンの前に差し出した。そこには、彼の瞳と同じ色の、一粒の美しい翡翠がコロンと乗っていた。
声なく驚くレイヴンは、パッとシンの瞳を覗き込んだ。見れば、シンの両目には瞳がきちんと二つあった。
「あの……これは?」
「ただの石だよ。売ればそこそこ高くつく。どうしても食うに困るようなら換金してもいいし、物と交換してもいい。普段はお守りとして肌身につけてもいいし、例えばこうやって……」
と、どこから出したのか知れない銀のチェーンを右手に持つと、上手く石を取り付けて首飾りにしてみせる。それをシンは、そのままレイヴンの首にかけてやった。
「うん。指輪よりはこっちの方がいいな。よく似合ってる」
鎖骨下に輝く翡翠を眺めて、レイヴンは「綺麗……」と感想を漏らした。
すかさずシンが、茶目っ気たっぷりに自身の目元に向けて指を差した。
「こんな目ん玉から出しても、汚いって思わなかった?」
「あ…………ふふっ」
レイヴンはそれまで、自身が口にした言葉を振り返り、小さく苦笑した。
そしてもう一度、照れたようにその翡翠を眺めながら、その顔に微笑みを浮かべた。
「ありがとう、ございます。大切にします」
それは確かに喜びだった。レイヴンは生まれて初めての感情に戸惑いながらも、その翡翠を嬉しそうに眺めていた。
あと二日。彼と一緒にいる時間を……もしかしたら、これで最後になるかもしれない誰かと過ごすこの時間を大切にしようと、レイヴンは心に誓った。
しかしこの夜が、シンとレイヴンが小屋で過ごす最後の日となることを、この時の彼ら……いや彼は、知る由もなかった。
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