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蜂蜜よりも甘いもの… 7
それからシンが戻ってきたのは、レイヴンが気も漫ろに小屋の中の血溜まりをすべて取り除いた後のことだった。シンは「ただいまー」と、散歩にでも出ていたかのようなのんびりとした口調で挨拶をしたかと思うと、マントを取り外しながらシーツを変えたばかりのベッドの上に、仰向けになって寝そべった。
「あ~……疲れたぁ。あの野郎、無駄に重いんだよ」
「ほ、本当に、村まで……?」
「ああ。バレないように山林付近に置いてきた。でかい男だし、外にいても死ぬことはないだろう。大事なアソコは情けで隠しといた」
シンの顔を見るなり、驚きと安堵が入り混じった表情を浮かべたレイヴンだったが、すぐに眉間に皺を寄せてシンの傍に駆け寄った。
寝そべりながらも、シンが服の前を開いて止血の代わりにしていた手拭いを取った為だ。そこにはベタリと、赤黒い血が大輪のように丸を描いて広がっていた。
「血が、こんなに……!」
「少し裂けただけで、内臓はほとんど傷ついてないぞ?」
「でも……」
怪我自体はレイヴンの預かり知らぬところとはいえ、治りかけていたものを壊してしまった起因は自身にあった。自分のせいで人を傷つけてしまったことに対する罪悪感が、レイヴンを苛んだ。
シンは伏せるレイヴンの顔を見つめていたが、おもむろに彼の頬に手を添え、自身の視線と合うように固定した。
「オレが勝手にやったことだ。お前が責任を感じるな」
二つの翡翠が、力強くも真っ直ぐにレイヴンへ断言する。
鳩が豆鉄砲を食ったようだった。レイヴンにとって、罪は押し付けられるもので、責任は背負うものだった。シンをこんな目に遭わせたのも、当然自分の責任だと思っていた。
だが、シンはレイヴンを責めなかった。それ以上、責任の所在を問うこともしない。マキトへ放っていた怒りはとっくにシンからは消えており、ただ疲弊した様子を見せてぐったりと寝そべるだけだ。
(この人を助けて……本当に、良かった……)
この時、何かがレイヴンを突き動かした。
レイヴンはシンの両頬を、その小さな手で包んだかと思うと、実にゆっくりとした動作でそれを行った。
「…………ん、はぁ……ん……んぅ……」
レイヴンの薄い唇は、シンの形良いそれにしっとりと重ねられた。そのまま、レイヴンは自身の舌をそろりと出したかと思うと、シンの唇の隙間に挿し込み、奥にある彼のそれと触れ合った。
児戯のようにぎこちなくも、シンの上で行われるそれは、彼が自分に行うものとは比べ物にならないほどの出来栄えだ。数え切れないほどの転生を繰り返したレイヴンだが、性技……とりわけ、キスに特化した舌技は備わっていない。およそこんな感じだろうかと手探りで行っているのだから、仕方ないといえばそれまでだが、レイヴンは懸命に唇と舌を動かした。
舌を絡めて唾液をシンに与えれば、止血には充分効果がある。だがそれ以上に、こうして顔の角度を変えながらもキスを続けるのは、シンのいつもの軽口を叶える為なのか、それとも……
「は、ぁ……」
空気を含んだ水音を発しながら、レイヴンはシンの唇から顔を離した。短く息の上がる唇はしっとりと濡れており、幼い顔立ちに妙な艶めかしさが乗る。
対して、珍しくも驚いているのか、うっすらと目を見開くシンは、恥ずかしそうに俯くレイヴンをポカンと見つめていた。
「レイ、ヴン?」
「ん…………僕も……勝手にさせて、も、もらいました……」
そう言って返すレイヴンの顔は、すっかり朱に染まっていた。シンから視線を逸らして俯く様は、何とも言えないいじらしさがある。
見つめられていることがむず痒くなったのか、レイヴンは口元を手の甲で隠すと、シンから離れつつこの後のことを提案する。
「あと……あと、僕の血を飲んでください。嫌かも、しれないですけれど……でも、せっかく治りかけていた怪我ですから、少し多めに……ひゃっ!?」
だが、言葉が最後まで続かなかったのは、目の前がぐるりと反転したせいだ。
パチパチと瞬きを繰り返すと、見慣れた天井の下に今しがたまでベッドで寝そべっていたシンの顔があった。
するりと伸びるシンの手が、レイヴンの頬を確かめるように撫でる。そのまま、レイヴンの唇に親指を添えたシンは、慈しむような眼差しを彼に向けた。
「オレの為にその身を捧げてくれるなら、別のものを飲ませてくれるか?」
「別の……んっ……んぅ……!」
何がなんだかわからないといった様子のレイヴンだが、その唇はすぐに塞がれる。触れるだけのキスは苦しくないものの、何度も啄むようにされてレイヴンはもどかしさを感じた。
「ん……シン、さ……」
「オレもあの男のことは言えないな」
離れた唇は半ば自虐的に囁くと、レイヴンの額、瞼、頬、耳朶、首筋など、顔のあらゆる箇所に触れていく。まるで羽根が乗るようなの優しさに、レイヴンの口からは「んっ、んっ」と、短い嬌声が漏れる。
「可愛いな、レイヴンは」
「ん……そ、そんなこと……ぁっ……」
楽しそうに呟くシンの右手は、レイヴンの衣服を卒なく脱がしていった。
今から自分を抱くのだろうか? しかし、ただ抱くだけならば、シンの行うこれには何の意味があるのか? と、情交に至るまでの前戯というものを知らないレイヴンは、擽ったさすら感じるシンの愛撫を受けながら、不安に思っていた。
抱かれることは構わなかった。慣れている、ということもそうだが、シンになら抱かれてもいいと、心のどこかで思っていた。
だとすれば、自分もシンに何かをした方がいいのか。それとも、このまま余計なことをせず、シンに身を委ねていた方がいいのか。そんなことを考えているうちに、服の前側が開かれ、胸から臍までがすっかり顕になる。
「あ……」
「嫌だと思うなら、お前から拒めよ…………止めないけど」
「えっ……んんっ!」
何の為に聞いたのかわからない言葉を残し、シンはレイヴンの胸の愛撫を開始した。プツンと尖る薄紅色の小さな粒のうち一方を口に含むと、飴玉を転がすように舌を使って舐め上げる。ザラリとした舌の感触が、胸の先端から全身へと走り、レイヴンは爪先を鷲のように折り曲げた。
かつて村の男達が、今のシンのように優しく触れたことなどなく、胸を弄られようものなら、苦痛しか感じなかった。
(なのに、なんで……これ、こんなに……)
もう片方の粒も指の腹で擽るように擦られ、もどかしい気持ちになりつつも言葉にはしがたい快楽を感じていた。
「ん、く……シン、さん……そ、れ……やあっ……」
「痛い?」
「……っ」
逃げられない質問をされて、レイヴンは目に涙を浮かべながら首を横に振った。痛いと答えれば、シンはきっと止めたのだろう。だが、実際に痛みは感じておらず、「止めて欲しい」と言えないレイヴンはノーと答えるしかなかった。
そしてシンも本気で止める気はないのだろう。痛がっていないことは、レイヴンの反応で一目瞭然だ。レイヴンの性格を知ってこその意地悪な質問だった。
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