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んじゃ、お望み通りにしてやるよ 6
レイヴンの頭の中で、ある一つの情景が映し出される。今の自分ではなく、過去の自分が経験した出来事ゆえか、それはどこか他人事のように静かに語られた。
「昔は今とは比べ物にならないほど村が栄えいて、いつも活気に満ちていました。僕も聖女として周りから尊ばれ、持て囃され、特別に扱われていました。僕自身もこの力を、村の為に惜しむことなく使っていました。でも僕は……人を殺しました。殺した人は、この村の首領候補の男性で、若く、賢く、力もあり、村中の人々から好かれていました。そんな彼を、当時の僕は山へ呼び出し、深い谷底へと突き落としました。殺した理由は朧げで、はっきりと思い出せませんが……たぶん、妬ましかったんだと思います。僕が聖女として村の為に身を粉にして働いているのに、何の努力もせずに皆から好かれる彼が……」
そこまで言って、饒舌になる自分にハッとした。まるで誰かに明かす時、過去に犯した罪の理由を、予め用意していたかのように、口からつらつらと出たからだ。
レイヴンはゴクン、と唾を飲み込み、息を整えてから再び話し出した。
「それから、殺した後で村に火を放ちました。えっと……人殺しの罪を有耶無耶にしたくて……です。それが僕の罪です。そして罪人の僕は、それ以来ずっとこの村で聖女として生まれては死に、生まれては死にと、転生を繰り返し生きています。これでもう何度目の転生になるのか、数えるのも止めてしまいましたけれど……過去の僕も、今の僕も、別の誰かであって同じ自分です。今の僕は村の人達に対して直接害を与えたわけじゃないけれど、罪を犯した自分も自分だから……だから、村の人達が僕に死ねと言うのなら、それも仕方のないことだと思います……でも……」
それ以上は語れなかった。自分が今ここで死んだとしても再び転生し、この村で生を受けることになる。殺しても無駄。それはレイヴン自身ではなく、村人達にとっての絶望になる。
簡潔にではあるが、自身の罪をすべて告白したレイヴン。シンの顔は見上げるのも怖く、カタカタと全身を震わせた。何度経験していようが、やはり死ぬのは恐ろしい。痛みや苦しみを感じることもそうだが、ただ一度きりの……シンと出会った今の自分の生が終わるのかと思うと、怖くて仕方なかった。
(次、また生まれ変わったら……シンさんはいない)
どこまでも自分勝手な望みに、胸が苦しくなる。こんな身勝手な性根だから、過去の自分は人を殺めたのだろうか。
(本、当に……?)
疑いそうになるのを、レイヴンは首を振って遮った。今更考えても、記憶が都合よく捏造されるだけ。思い出したことがすべてだと、自身に言い聞かせた。
そこにシンが一言、レイヴンの思考を切るように言った。
「おかしい」
レイヴンは怖々とした様子でシンの顔を覗き込むと、彼は村人達へ説いた時と同様の、真剣な面持ちでこちらを見ていた。
「今の話はかなりおかしいぞ、レイヴン。人を殺めた後に村を燃やした? それじゃあ意味がない。人殺しを有耶無耶にしたくて火を放つのならば、順序が逆だろう。どさくさに紛れて殺せばいい。それに動機もしっくり……いや、おもしろくない」
「おもしろくないって……」
人を殺めることの理由に、おもしろいものなどあるのだろうかと、レイヴンは唇を尖らせる。そのむくれたような表情に、シンはニヤリと口角を持ち上げた。
「やっぱりな。お前のように心根が優しく、賢くて感受性豊かな人間が、嫉妬という理由で人を殺したりなんかできるわけがねえんだよ。オレのような得体の知れないやつを助けたことがいい例だ」
何がおもしろいのか、実に楽しそうに笑みを見せるシンが、こんな時だというのにやはり綺麗だとレイヴンは思ってしまった。それほど綺麗な笑みだった。
それよりも、今のはどういう意味だろうか。自分が罪を告白したというのに違うと断言する理由が、レイヴンにはわからなかった。
(そういえば、記憶喪失だって……シンさんは見抜いていた……)
シンに尋ねればわかるのだろうか。そう思い口を開こうとした時、
「ああそうだ。お前のその体質のような転生だけどな。今回限りで終わるぞ」
と、サラリと重大なことを宣言された。開きかけたレイヴンの口からは、「え……?」と蚊の鳴くような小さな声が発せられた。
人々の怒りの声が増幅する中、シンは自分のことについて少しだけ語った。
「本来なら、オレは人の理に干渉できない。お前達の間に起こるいざこざに関しても、手出しも足出しもできない身だ。それがこうして、"たまたま"とはいえこの村にやって来た。さすがのオレでもこれは不測の事態だったが、レイヴンと出会ったのは僥倖だった」
そして平伏しながらも怒りの形相をこちらへ向ける村人達に対し、再び問いかける。
「今のオレは寛容だ。人の理にも、少しばかりは干渉しよう。このオレが直々に裁いてやるから、今一度お前達に問うぞ。ここにいる大罪人のレイヴンを、本当に殺していいんだな?」
「殺せえ!!」
一分の隙もない村人達からの返答に、シンは愉快に笑った。
「んじゃ、お望み通りにしてやるよ」
そう言ってパチン、と指を鳴らす。
途端、地の底からの地響きと共に、足元の地面が大きく前後左右へと揺れ出した。
「うわああっ……地面が、地面が割れている!?」
「なん、なんだ!?」
「や、山がっ……山が崩壊しているぞ!」
砂が土台の地面に大きなヒビのような亀裂が入り、ガクン、ガクンと段階的にシンとレイヴンは下へ沈んでいく。レイヴンが暮らしていた山は大きく揺れ動き、心なしかこちらへと傾いているように見えた。まるで天変地異。いや、天地がひっくり返るような現象に、村人達は叫換し、混乱する。それでも、彼らの魔法は解けないでいるのか、皆が蠢く地面に貼り付いたままだ。
「この……この化け物め……! 村に何をしたぁ!?」
男が一人、シンに食ってかかった。先に沈み行くシンは「化け物ねぇ」と煩わしそうに呟くと、男の質問にこう答えた。
「オレはこの村に何もしていない。ただ、お前らの望み通りに、レイヴンをこの世界から消すだけさ」
清々しく言い切るシンだが、彼はレイヴンが離れないよう強く抱いた。
轟音と共にどんどんと沈んでいく地面の割れ目からは、先の見えない闇が顔を出していた。怒りよりも、恐怖に顔を歪める村人の一人がこう叫んだ。
「ああっ……神様! 神様! お助けくださいい!」
「聖女は殺せというのに、神は乞い願うんだな。都合が良い……そんなんだから、罪(シン)なんてもんを呼んだんじゃねえの?」
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