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プロローグ 1

 その日は去年と同じ、雪のちらつく寒い夜だった。白い小さな紙袋を持った逢坂瀬那(おうさかせな)の足取りは弾み、その心は温かさに満ちていた。この袋の中には高級な腕時計が入っている。しかし自分のために買ったものではない。 (優成が欲しがってた初期ロットの時計が手に入ってよかった。これ……喜んでくれるかな)  瀬那には西山優成(にしやまゆうせい)という恋人がおり、交際期間は今日を境に四年目に入ろうとしている。優成と出会ったのは、新宿のとある店だった。初めて入ったゲイバーは落ち着かなくて、そんな瀬那に優成が声をかけてきたのである。  自身がゲイだと自覚したのは学生の頃で、これまで両親や親しい友人にもカミングアウトはしていない。だから初めてできた恋人のやさしさにあまえて、幸せいっぱいの中で三年間を過ごしていた。自分に優成はもったいないくらいだと思っている。  街はどこもかしこもクリスマス色に染まり、街路樹は美しくライトアップされていた。そんな中を足取りも軽やかに待ち合わせ場所へと向かっている。  三年前の今日、駅前に設置された大きなクリスマスツリーの下で告白された瀬那は、友達関係から晴れて優成の恋人となった。その日は優成の誕生日でもありクリスマス当日でもあった。三つもイベントが重なる記念日。去年もその前も、お互いにかけがえのない思い出を作り、そして熱い夜を過ごした。  その記念日が今年も始まる。思い出の場所で待ち合わせをして、レストランへ行って、このプレゼントを渡す。優成もきっとなにか準備してくれているだろう。こういう記念日を大事にするなんて少し女性っぽいかもしれないが、瀬那にとってはとても大切な日なのだ。  瀬那はクリスマスツリーの下までやってきた。時間はまだ十八時過ぎだ。他にも待ち合わせをする人がたくさんいて、辺りは楽しそうな空気に満ちている。その空気を感じながら、はぁっ、と冷えた指先に息を吹きかけた。  ――指先がこんなに冷えているじゃないか。  そう言って瀬那の手を取ってくれた去年のクリスマスの日。人目を気にせずに自分の頬に手を押しつけ、息を吹きかけてくれた。やさしく微笑みかけられて、鼓動が外まで音が聞こえるくらいドキドキしていたのを覚えている。そんなあまい雰囲気と優成のやさしさを感じたくて、今日も手袋をしてこなかった。  冬の冷たい風が瀬那のサラサラとした茶色の髪を揺らす。それと同じ色の瞳が寒さに潤んだ。色白の肌は頬だけがほんのりピンクに染まり、指に息を吹きかけた唇も冷気に晒され震えている。  瀬那の隣に長身の男性が立った。待ち合わせなのだろうか。小柄な瀬那は、その人を風よけにするように体を隠す。食べても太らない体は正直いって貧相だ。でも冬は洋服を着込めるので、自分の細さを隠せて好都合だった。だから薄着になる夏は苦手である。  優成は華奢な瀬那とは真逆だ。趣味は筋トレ、プロテイン。ガチムチとまではいかないが、腹筋は割れているし、瀬那の体を軽々と持ち上げるなんて造作なかった。  天然パーマの髪は少しウェーブしており、毛先に動きがある感じが羨ましかった。彼が選ぶ洋服もセンスがいい。瀬那の部屋のインテリアもすべて優成がおしゃれにコーディネートしてくれた。  多少は自己中心的なところがあるけれど、あまいマスクと声で「ごめん」と言って抱きしめられると、どんなことでも許せてしまう。優成がいなくなったら、きっと瀬那は生きていけないだろう。それくらいにはのめり込んで、自覚するほど依存してしまっていた。

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