2 / 66

第1話-1

「いやぁよかったよかった。危なかったですね」 おそらくウェインより若いであろう赤毛の男が、彼の目の前でへらへら笑いながらカフェオレを飲んでいる。ウェインの目の前にも同じくカフェオレが置かれているが、とても飲む気になれなかった。 ウェインと赤毛の男はつい数十分前まで他人同士だった。ウェインが事故に巻き込まれていた所を赤毛の男が助け出し今に至るのだが、思い出したくも無い出来事だった。 「幻覚は初めてですか?初めてだとびっくりしますよね……落ち着くまで俺も一緒にいるので、少し休んでください」 「な……なあ、あんたは、」 「カフェオレ、飲んでください」 赤毛の男に催促されるまま、カフェオレを煽る。ホットでオーダーされていた事を忘れていたので、驚いて熱湯を噴き出した。舌がヒリヒリする。 「あああ……落ち着いて。平気ですよ。もうすべて終わったんですから」 「げほっ、なんだってんだ、くそっ」 思わず悪態をつく。 赤毛の男は紙ナプキンで机の汚れを拭くと、また自分のカフェオレを飲んだ。 まるで何もなかったかのように。何も起こらなかったかのように。 「ああ、そうだ。俺はチャーリーって言います。あなたの名前は?」 赤毛の男……チャーリーは急に思い出したかのように自分の名前を名乗った。 ウェインは助けてもらった男に名乗らないのはさすがに失礼かと、ウェインだ、と呟くように言った。 「ウェインさん。よろしくお願いしますね。ええと、さきほどは災難でしたね。けど、持っていかれる前に助けられてよかった」 チャーリーは続けて朗らかに、優しい笑みを絶やさず彼に話しかけた。おそらくウェインを安心させるために笑顔なのだろうが、それがかえって彼を不安にさせた。 こいつ、頭いってんじゃねぇのか? 今のところ、ウェインのチャーリーに対する印象はこうだ。俺なんか、まだ手が震えてるっていうのに。なんだこの気色の悪い男は。 しかし、先ほどよりは冷静さを取り戻していたウェインは、改めてその気色の悪い男を見る。 今気づいたが、随分若い。おそらく10代だ。そして体は貧相だが座った状態でも分かるくらい背が高い。顔と、服から微かに覗く首には大量のそばかす。そして、違和感。……こいつ、なんで真夏にこんな厚着をしてるんだ?ジーンズとスニーカーは若者、といった風だがトップスは長袖のオックスフォードシャツ。それに、ボタンを一番上まで止めていて襟には汗が滲んでいる。だが、頑なにボタンを外そうとしない。 「……チャーリー、とか言ったか」 「ん?ええ、そうです」 「おまえ、あんな事があったのに平気なのか?」 「うーん、慣れてるので。あまり疲れは無いですね。今日は病院に行った帰りなので、気分も良いので」 あ、チーズケーキ頼んで良いですか、朝ご飯も食べてないんですよ。チャーリーは店員を呼び、追加でケーキを頼み始めた。良い事したから自分にご褒美ですよ、と女みたいなことまで言い出したので、ウェインはますます気味が悪くなった。 しかし、その気味の悪さはウェインの冷静さを取り戻すのに一役買った。彼はだんだん落ち着いてきて……先ほど遭ったことを頭のなかだけで反芻した。

ともだちにシェアしよう!