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重い心

街の様子までは記憶に殆ど無かったが、この建物だけは嫌でも覚えていた。 「ここって…」 この高級感溢れる外観は、間違えようもない。 九条の住むマンションだった。 甦る九条の整った顔。 あれ以来頻繁に思い出していた顔も、会うことが今後無いと思い始めてからは自然と忘れていった顔。 いや、忘れようと努力して片隅にしまっていた顔。 それが、これからまた会うのだと分かった途端に、一気にあの恐ろしく整った顔を思い出してしまう。 忘れていたのではなくて、忘れたかっただけだという事に気がつく。 頭の奥底に眠らせた九条との一晩の記憶は、強烈だった。 断片的なものが次々と頭を駆け巡る。 怖くて、痛くて、泣いて…漸く辛い場所から解放されたのに、またこうして連れてこられてしまった。 どうにか逃げる方法は…。 「着いたぞ」 黒の高級車が地下の車寄せに静かに停まると、中瀬が祐羽に声を掛けた。 「社長が待ってるから早くしろ。機嫌損ねるとヤバい人だから」 中瀬にしてみれば脅しているつもりはないのだろうが、祐羽には車から降りるのを拒むには十分な理由になった。 「嫌だ、嫌っ」 「はっ?!」 「怖いから…降りたくないです」 祐羽は首を振って降りるのを拒否した。 そんな様子に、中瀬が眉間に皺を寄せる。 「なっ、バカかお前は!!ここまで来といて今更~そうやってごねてる間に時間が過ぎていくだろうがっ!社長は時間の無駄が大嫌いなんだよ!俺達がもう直ぐ着くことはさっき連絡入れてんだから遅くなったらヤバいのぉ~!!」 焦っているのか、今までの中瀬と違う。 口調は変わらないが、顔が何処か必死だ。 「そんな事言われたって…っ」 九条が神経質だったり短気なのは、あの言動でなんとなくだが分かる。 だからといって、自分は行きたくないのだから。 悪魔の根城に好き好んで入る人間が何処にいるというのか…。

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