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命令
「無理無理と何度言えば気が済むんだ?」
明らかに『うるさい』と九条の顔に描いてある。
それは仕方ないだろう。
無理なものは無理なのだから。
「で、でも…、本当に無理です!!」
「いいから電話しろ、逆らうな」
「逆らうなって…、そんな」
命令口調で言われて祐羽は声の勢いを落とした。
怖い。
これが本来の九条なのだろうか。
中瀬の言っていた逆らえないという言葉が、脳裏を過った。
整いすぎて怖いくらいの無表情に、威圧的なオーラ。
低く感情の籠っていない声と、有無を言わせない口調で祐羽は体を硬直させた。
先程までの九条には会話が出来たが、今は声を掛けることさえ恐ろしい。
少ししか顔を合わせていないとはいえ、こんな九条を目の当たりにしたのは初めてで、体が震えそうになる。
その一歩手前で、なんとか気力を使ってこの場に座っていた。
逆らうな。
逆らえばどうなるか…。
それは考えただけでも恐ろしい。
恐らく…というか確実によくない事になるのは火を見るよりも明らかだ。
けれど返事が出来るはずもない。
「…無理です。泊まるなんて…出来ません…」
どうなるか分からない恐怖で唇を震わせつつも、祐羽はそう言い切った。
ぐっと拳を握って。
ただでさえ白い手は、力を入れているせいで益々白い。
自分は間違った事は言っていない。
それに未成年の自分をこうして勝手に連れてきたのは拉致だ。
これは罪に問われても、九条は文句を言えない立場にいる。
けれど、九条に手錠を掛けることの出来る人間など居ないのではないか?
この男ならどんな手を使ってでも、上手く渡り歩いて行くだろう。
この男には勝てない…。
逆らうだけ無駄。
自分だけならまだしも、両親にも危害が及ぶ可能性が高い。
高い…?
いや、確実にこの男は手を下してくるだろう確信がある。
「何か勘違いしてるようだな?」
九条が一段と低い声を出した。
「これは決定事項だ。お前は黙って従え」
それは祐羽に選択肢の一切無い命令だった。
どうにもならない状況に、祐羽の視界は滲んだ。
「お願いします…。帰らせて下さい…帰らせてぇ…っ」
その声は涙に濡れていた。
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