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第180話 すごした時間は

「だだいま」 玄関で靴を脱いでリビングに居る母・香織に声を掛けると、優しい声で迎えてくれる。 「おかえり、ゆうくん。どうだった?」 「え…、うん。まぁ、楽しかったよ」 「そう良かったわねぇ」 笑顔で心底喜んでくれている顔を見て、なんとも複雑な気持ちになる。 本当はヤクザの家で過ごしていたなんて、この優しい母は思いもしないのだろう。 そんな母と自分を心底可愛がってくれている父に、これからとんでもない事を打ち明けるのだ。 まさか息子がそんな事態に陥っているなんて、一体どんな反応を見せるだろうか? 驚くだろうし、おかしな事に巻き込まれてるというショックも受けるかもしれない。 「じゃぁ、荷物置いてくるね」 自室へ戻りながらも頭の中は、帰りの車内でのやり取りやこれまでの事が脳裏を過る。 無理矢理体を奪われたのは、生まれて初めての事で大きなショックだった。 今も体に残された九条の感覚はしっかり覚えているし、あの時の記憶は染み着いて離れない。 真っ白な壁につけられた傷だ。 それから脅されたし、これからの無茶な事も約束させられたのだから、心底恐ろしく嫌な事に違いない。 違いないのに、何故だろうか? 今日の九条と過ごした時間を振り返ると、それだけじゃないものもある。 自分の為にしてくれた事や一緒にソファでテレビを観たり、九条の作った料理をご馳走になったり。 ソファから九条が料理をしている姿を見るのはちょっと楽しかった。 それから映画を観てつい泣いてしまった自分を慰めてくれたのは、事実で…。 不意に大きく暖かな手の平の感触が甦ってきて、思わず頭を触ってしまう。 慰めてくれたんだよね…九条さん。 何だか急に胸の辺りがキュッ…となった。

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