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第271話 願望

九条は祐羽の姿を見つけ体を起こすと、組んでいた腕を解いた。 それからポケットへと両手を入れていつもの無表情を浮かべ自分が来るのを待っている。 「すみませんっ」 祐羽は遅くなった事を心底申し訳なく思いながら、慌てて駆け寄った。 目の前まで小走りで近づいて待たせてしまった事を謝る。 これで九条が怒っていたら…と思うと気が気でない。 「いや、いい」 下げた頭を上げて九条を見上げると、その整った顔で見つめられていた。 どうやら怒ってはいない様だ。 逆にその目で見つめられて気持ちが修復されていくのは気のせいだろうし、優しい光が宿って見えるのは、少し傷ついた心を慰めて欲しい願望かもしれない。 「あのっ、それじゃぁイルカ見に行きますか?」 「あぁ、もう始まるな」 祐羽は自分のせいで、せっかくの水族館を九条が楽しめなかったらいけないと、敢えて意識し明るい声を出した。 「イルカ、楽しみですね」 「そうだな」 祐羽が歩き始めると直ぐに九条も隣に並んできた。 そして二人で他の客の後ろへと続く。 イルカショー会場へと向かう通路は明るく、腕を組んで歩く必要もなくてホッとする反面、何故か胸もモヤモヤとする。 確かに男同士で腕を組んで歩くのは可笑しいかもしれない。 見た人は不思議に、はたまた好奇の目で見るかもしれない。 けれど腕を組んで歩いたのは、ドキドキしたが同時に心地よかったのだ。 もう1度だけでも腕を組んでみたいとも思ってしまうのは何故だろうか? もうそんな事をする機会はないだろうが…。 それにしても僕と九条さんって、やっぱりバランスとれてないよね。 こうやって一緒に並んでる事だっておかしいんだもん…。 祐羽は今日何度目になるのか分からない溜め息をそっと吐いた。 そんな祐羽を九条は一瞥したのだった。

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